128.勇者さん、空振る

「そんなわけで魔物使役をできるようになったんです!」


 ツキハは嬉しそうにジサンに語りかける。


「そんなわけで……と、さらっと言いますがね、付き合わされた我々は、それはもう大変だったんですよ!」


 ユウタが苦々しい表情で口を挟む。

 いつもニコニコしているチユもなぜかこの時は真顔になっており、ジサンは幾分の恐怖を覚える。


「そ、そうだったんですね……」


「わ、わかってるわよ! か、感謝してるわよ……」


 ツキハは少し照れくさそうに誰にも視線を合わせないように謝意を告げる。


「っ……まぁ、いいんだけどよ……」


 今後はユウタが背中を見せる。


(…………)


 何だかんだ付き合ってくれる仲間がいるというのは……とジサンは少し羨望を抱く。


 が、ふと傍らの山羊娘に気が付く。


 ここにいる山羊娘は、いつも何も言わずに付いて来てくれているなと、その羨望の誤りに気付く。


「……?」


 チラリとジサンに視線を向けられたサラは不思議そうにキョトンとしている。


「そ、それでですね、大分、遅くなってしまいましたが、紹介します。こちらはモンスターの”ライゲキ”です!」


 ツキハはライゲキを掌で指す。


「…………」


 ようやくのご紹介に到ったわけだが、当人のライゲキはあまり反応リアクションすることもなく黙っている。


 一方、ジサンは純粋に驚く。

 と、同時に身近にテイム仲間が増えたことを内心、嬉しく思う。


 そして、見たことのないそのライゲキというモンスターに興味を持つ。


「ほらっ、ライゲキ! ちゃんと挨拶しなさい!」


「……どうも……」


 ツキハに促され、仕方なしというように、ライゲキは一言、発する。


「あ、どうもです……」


 ジサンもオウム返しするように挨拶する。

 その質素な挨拶とは裏腹に思う。


(……喋るんだな。すご……)


 喋るモンスターはそこまで珍しくもないのだが、その大半がボスリストに名を連ねるモンスターであり、テイムできる喋るモンスターとなるとそう多くはない。テイム初心者のツキハがその喋るモンスターを所持しているのは、ジサンからすると、それなりに驚くべき事態であった。


「全く、シャイなんだから……」


 ツキハはライゲキの無愛想な態度に対し、腰に手を当てて、困ったなぁというように眉を八の字にするが、それ以上をいることはしない。


「このライゲキはですね、”ゆにーくしんぼる?”というらしく、一人しかいないらしいですよ」


 ツキハは誇らしげというよりは、その価値がわかっていないようで、純粋な子供のように言う。


「な、何と……!?」


 ジサンはそれを聞き、後日、レンタルをお願いできないだろうかと真っ先に思う。


 ユニーク・シンボルはツキハの言う通り、ワールドに一体しか存在しないモンスターだ。サラ、ディクロはもちろん、他に精霊のフレアやシード、シゲサトの保有する邪龍ドラドもユニーク・シンボルである。

 これらのモンスターは基本的に他プレイヤーはテイムすることができないが、牧場で使用できるレンタルを利用すれば図鑑は埋めることができる。


 ジサンはそんなことを考えながら、チラリとライゲキの方を見る。


「っ……!」


 そして、その姿に驚くことになる。それは……


(こ、このモンスター…………目つき怖っ……!)


 目つきが怖かったからだ。


 このことにより、レンタルはだいぶ後にしよう……と思い直すのであった。



 ◇



「あ、有難うございます!」


 ジサンから魔帝:リバドの報酬であった”仙女の釣竿”を受け取ったツキハは頭を下げる。


 元々、ジサンらが月丸隊に会いに来たのはこれが目的であった。ジサン側からメッセージをしたのだが、タイミング悪く、月丸隊は牧場帰還権を使用済みであり、回復するまでに一週間程掛かるということであった。幸い、どちらもトウキョウ近辺にいたため、ジサンらが月丸隊のいる場所に伺うという流れになったのである。


「いえいえ、元はといえば、ツキハさんからいただいた”黄金の釣餌”のおかげですから」


「えっ? そうなんですか? 役に立ったのなら、よかったです。……って、あれ? そういえば黄金の釣餌って……」


 ツキハはライゲキの方をチラリと見る。


「……どうしました?」


「あ、いや、何でもないです」


(……?)


 ツキハは誤魔化すように手を胸の前で交差させるように手を振る。


「……ん?」


「釣竿有難うございます! 大切に使います! ……って、えーと……あっ! こんなところに偶然にも海がありま……」


 ツキハが何かを言いかけたその時であった。


「ん……?」


 ジサンに通話呼び出しの通知が来る。


「あっ……失礼……取っても?」


「ど、どうぞ……」


 ツキハは幾分、不安そうな顔でそれを許可する。


「どうした……? あぁ……あぁ…………えっ!?」


「……っ!」


 ジサンの通話相手に対する驚きの声と呼応するように、ツキハの顔も動揺の色を見せる。


「そうか……わかった。すぐに戻る」


「っ……」


 ツキハの心境は、心配の中に、少しだけ落胆が混じっていた。


「すみません、ちょっと急用が……」


「はい……そんな気がしました……」


「す、すみません……」


 ツキハの反応がなぜか芳しくないことに、ジサンは少々、不安になる。


「っ……! いえ、急ぎのようですので……!」


 ツキハはどんな事情かはわからないが、きっと重要なことなのだろうと理解した。この状況で後ろ髪を引いてはいけないと、落胆の気持ちを押し殺して、努めて平静を装うように笑顔で言う。

 それが功を奏してしまい、ジサンは安心し、別れを告げる。


「はい、すみません……それでは……」


 そんなツキハが最後にちょっとだけ勇気を出して、ジサンの出発を遅らせても誰も責めはしないだろう。


「あ、あの……!」


「……?」


「こ、今度、テイムのコツとか教えてください……!」


「……私でよければ」



 ◇



 おじさんが去っていた昼下がりの海岸沿いで、静かに波音がさざめく。


 ここはトウキョウ湾岸エリアのとあるダンジョン――


 チユがぼそりと呟く。


「ツキハちゃん……せっかく偶然を装って待ち合わせ場所を海の近くにしたのにね……」


「……やめたれ」


 ユウタがそれを制止する。


「…………」


 ツキハは小刻みにプルプルと震えていた。



 ◇



 なお、ジサンが戻ったのは牧場の卵が動いたという……あれ以来、卵を見つめ続け、ついに幻覚を見たディクロの誤報告によるものであった。


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