113.大魔王さん、ひと暴れ

「……」


 アンは言葉を失う。


 現れたのはシゲサトではなかった。

 だが、その特徴的な容姿は確かに見覚えがあった。シゲサトと共にいた二人のうちの一人。角のコスチュームを付けた少女であった。


 そして、その少女が“サラ”という名前であることが文字情報として強く印象付けられる。


「お、お前……何者だ?」


 当然の疑問だ。

 ウルトマという男性は焦りの表情と共にその少女に問い掛ける。


「見てわからぬか? ここに書いてあるだろ?」


 そう言いながら褐色の少女は自身の表記名を指差す。


「お前、モンスターだったのか!?」


「主らがその問いを投げかけるのは少々、滑稽であるように思えるが? しかし、我の記憶の限り、主はプレイヤーであったと思うが、同類であったか?」


「っ……!」


「まぁ、どうでもいい。我はここに愉快な談笑をしに来たわけではない。離れている時間は極力、短いに越したことはないのだから」


 ウルトマはその言葉の細かい意図はわからなかったが、早々にけりをつけるつもりであるニュアンスは読み取れた。そして、その通りに彼女は速やかに行動に移行する。


「スキル:支配」


「っ……! な、何だこれ……」

「体が……勝手に……」


 それぞれグロウとアンを追い詰めていたウルトマとパンマはカクカクと不自然な動きをしながら、ターゲットから離れるようにフィールドの中心部へ誘われる。


「グロウ!」


 アンは急いで半放心状態で尻餅をつくグロウの元へ駆け寄る。

 この時点で、このサラというモンスターが自身らを助けに来てくれたのではないかという希望的観測であった公算の確度が高いと認識できた。


「思ったより抵抗されるが、雑魚にはよく効くな」


 サラはあざけるように笑みを浮かべながら、そんなことを言う。


「さてさて、もう少し踊ってもらおうか? ……魔法:“レイン・レイ”」


「っっっ……!」


 モンスターとしてのサラは現時点ではプレイアブルモードでは解放されていない魔法やスキルを使用することができる。


 サラの周囲には無数の淡い水色の発光体が漂い始める。

 発光体はやや不規則な動きで周回している。

 そして、その発光体の一つ一つからはまるで予告線であるかのように白い線が真っ直ぐに伸び、無数の線の重なりは美しくすらある。


「ま、まじかよ……」


 だが、その線が指し示す領域範囲内に居る者からすれば、それは死刑宣告に等しく。


 雨のような光の線は二匹の哀れなモンスターに襲い掛かる。



 ◇



 サラがモンスターの固有フィールドへ向かった頃――


「オーナー……もしかしてサラちゃんって……」


 モンスターなんじゃないか……

 シゲサトの続く言葉はそれだろう。


「……」


 サラはずっと隠してきたその事実を本意ではないにせよ、明かした形である。


「……そうなんだ」


「あはは……道理で可愛いわけだよ! 納得!」


「えっ?」


「あの可愛さは……ちょっと卑怯だよね」


「そ、そうか……?」


「うんうん」


 シゲサトは目を細めて、ジサンに微笑み掛ける。


「……有難う……サラちゃん……」


 そして、祈るように目を瞑る。


 その時であった。


 シゲサトの体に激しい斬撃エフェクトが発生する。


「えっ?」


 シゲサトは何が起こったのかわからない様子で目を見開いているが、為すすべなく、そのHPゲージは一瞬にして消し飛ぶ。


 迂闊であった。リバドとの戦闘直後、アンからのSOSメッセージが来たことで、シゲサトは減少していたHPを回復することを失念していたのだ。


 シゲサトはその場に崩れ落ちるように倒れ込む。


「シゲサトくんっ……!」


 ジサンは慌てて、倒れ込むシゲサトに駆け寄る。

 そして状況把握に努める。


 シゲサトは意識を失っているようであったが、胸部は前後にゆっくりと動いている。


(この状態は……大丈夫……死んではいない)


 それはいわゆる“行動停止”状態であった。

 ジサンはかつてその状態であったツキハを担いで移動させたことがある。

 プレイヤー間の攻撃により、HPがゼロになった場合、プレイヤーは30分間の行動停止状態となる。


「……」


 そして改めて……ジサンは立ち上がり、そして、まるで待っていたかのように剣を肩に置くような体勢で立っていたその出来事の発生源たる人物を見つめる。


「……どういうつもりだ?」


「君と差しで戦ってみたくてね……匿名希望のアングラ・ナイトさん」


「っ……!?」


 その人物は白い武装に身を包み、緩い表情をしたスライムの被り物をしていた。



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