112.大魔王さん、友達

「ねぇねぇ、逃げないでよ、お嬢さん」


 ズケの姿をした人物が余裕ありげに自身との距離を詰めてくる。


 ダメだ……力の差があり過ぎる。それに何で名称が表示されているの?

 名称が表示されるのは……“モンスター”の証だ。


 グロウよりも遥かに早く、その男を一途に思う眼鏡の少女“アン”は、生命の危機を感じていた。


 このままじゃグロウが……


 人にはそれぞれ行動原理、すなわち行動の優先順位がある。


 グロウにとっての最優先事項――少なくとも志は、シゲサトを守ることが最優先であったのと同じように、アンにとっての最優先事項はグロウを守ることであった。


 それが仮に、可能な限り尊重してきた守る対象の最優先事項を無碍にするものであったとしてもだ。


 アンは逃走を図りながらもメニューを開き、懸命にメッセージを打ち込む。


「助けを求めてるのかな? 無駄なんだけどなぁ……」


 うるさいっ――


[さとたすけておねがい]


 相手の言葉など聞き入れずがむしゃらに書きなぐったSOSが彼女の運命を変える。



 ◇



「た、大変だ……! 行かなきゃ!」


「えっ?」


 誰かからのメッセージを見たシゲサトはにわかに慌てだす。


「ど、どうしたんですか?」


「え、えーと、アンちゃんからこれが……!」


 シゲサトはジサンにメッセージウィンドウを見せる。


「な、なんと……!」


「ごめんなさい、オーナー、また後で!」


 シゲサトは駆け出す。何が何だかわからなかったが、プライドの高いアンからこんなメッセージが来るなんてよっぽどのことであることはすぐにわかった。

 アン達がどこにいるかは定かではなかったが、とにかく数時間前に彼らと遭遇した場所を目指す。


「って、え? オーナー?」


 シゲサトは一人で探すつもりであったが、ジサンも付いてきていた。


「お、オーナーは……オーナーを巻き込むわけには……」


「……まだパーティは解散していませんよ」


「っ……! あ、有難うございます……」


 シゲサトにとってその言葉は心強く、そして何より嬉しかった。



 ◇



「この辺の……はず……! ……なんだけど」


 全速力で駆け抜けてきたシゲサトは足を止める。


 アンからの第二報は、場所ポイントを示していた。

 その場所はビワコに来た時に彼らと遭遇した場所とそう離れてはおらず、結果的にシゲサトの最初の勘が的中しており、ほとんど最短時間でそこへ辿り着くことができた。


 しかし……


「いない……」


「そ、そうですね……」


 シゲサトの言う通り、指定された場所に来たはずなのに、アン達の姿は見当たらない。


「もしかして、もう……」


 シゲサトは不安そうな顔をする。


「モンスターの固有フィールドの気配があるな……」


「えっ?」


 それまであまり干渉しない様子であったサラが発した言葉にシゲサトは不思議そうな顔をする。


「モンスターのフィールド? 入れるのか?」


「いえ、マスター……モンスターの固有フィールドに外部のプレイヤーは入ることはできません」


「プレイヤーは入れない……か」


「どうしよう……! その中にグロウくんとアンちゃんが……? 二人が死んじゃう……」


 シゲサトは絶望の表情を見せる。


(……)


 あんな関係でもシゲサトくんにとっては友達だったのであろうか……


 ジサンは何かを考えるように俯く。


 しかし、このフィールドにはプレイヤーしか入れない。それはつまりサラなら入れる。

 だが、そうすれば、よく知らない二人のためにサラを危険に晒すことになる。

 サラの実力は信頼している。だが、信頼と心配は両立する。

 中にいるのが魔神であったらどうする?


「マスター……私、行きます」


「えっ?」


 それはジサンにとって、非常に意外な申し出であった。


「だ、だが、サラ……もし俺に気を使っているなら……」


「それもあります。マスターはお人好しですからね。だけど、それだけじゃないんです」


「……?」


「サラは行きたいのです。初めてマスター以外の人間を……恥ずかしながら少しだけ気に入ってしまったのです……」


 サラはそう言って、一瞬だけシゲサトの方に視線を送る。

 シゲサトはやきもきしているようでこちらには気付いていない。


「サラ……」


 サラは少し恥ずかしそうに頬を染めながらもジサンのことを見つめている。


「それは友達って奴かもしれないな……」


「えっ? あ、あの友達ですかっ? 確かにデータアーカイブにそのような単語は定義されていますが……」


「恐らくな。俺にもいないからわからんが……」


(幼少期にはいたのかもしれないが……)


「ふふ、この定義ですと、マスターにもいるんじゃありませんか?」


「えっ……? そ、そうかな……」


 ジサンは頭を掻く。


「……頼む。サラ」


「はい! マスター!」


 サラは目を細めて笑ってみせる。



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