109.クマさん、切り札

 サラに首長竜を倒された後、リバドは巨大な亀を釣り上げた。


 亀は首長竜より防御性能は高く、終盤まで生存した。

 一方で攻撃性能は低く、シゲサト、ドラドへのダメージに対し、フェアリー・スライムの回復のインターバルが安定して追いつく……いわゆる“パターン”に入った。


 激しい戦いであった。

 しかし、それほど長くはなかった。


 サラは”黒魔弾”の二撃目は控えているようだ。

 それを放てば、当初の目標を果たせなくなるからであろう。


(……そろそろだな)


 リバドのHPも残り僅かである。

 リバドを消滅させずに倒すためにはジサンのテイム武器で止めを刺さなければならない。

 ジサンは良い所取りのようで気が引ける思いも多少あったが、ここまでパーティメンバーに頑張ってもらったものを台無しにするわけにはいかない。テイム武器装備による弱体化デバフが付いており、不安要素はあるものの最後は接近戦を仕掛ける必要がある。


「サラ、頼む」


「了解です……マスター……」


 サラは承諾する。

 少しだけ快諾とはいかない様子だ。毎度のことであるが、信頼と心配は別物のようだ。

 それでも最後は主人の背中を押す。


「いってらっしゃいませ……! 魔法……ムーヴ!」



 ◇



「来ましたか……」


「どうも」


 サラの転移魔法により、ジサンは巨大亀の上に移動する。


 リバドの残HPを考慮し、シゲサトらも攻撃を止めている。

 おかげで先程までの喧騒と打って変わり、戦場は妙に静まりかえっている。


 リバドは背中を向けている。今、斬りつければそれで終わりなのかもしれないが、それは野暮であるような……それでいて、迂闊に踏み込んでは危険であるような……そんな威圧感もある。


「本来、このような使い方はしたくはないのですがね……」


 リバドはそう言いながら釣竿を剣のように構えながら振り返る。


「まさかここまで力量に差があるとは思いませんでしたよ……先の会話から貴方達が私に対し、テイム条件を満たそうとしていたのは理解していました」


 リバドはゆっくりとまるで諭すように語る。


「消滅せずに済む。それには少なからず安心した部分もあるでしょう。貴方達同様、我々も消滅した後、どうなるのかは知らないのです。安心した部分もある。それは紛れもない事実です。と、同時に屈辱でもあるのです」


「……」


「貴方達には、ドラマチック演出権限があるようですね。それを行使されることは魔帝ランクを付与された者として、容易には受け入れ難いことなのです」


「それは悪いことを……した……かもしれない……」


 今からでも、テイム武器を外した方がいいのだろうか。ジサンは思う。

 だが、ジサンはそうしなかった。なぜならそれはパーティメンバーと共に決めたことだ。


「……簡単にはブレないか。それでこそ……か……」


「すまないな」


「謝られる筋合いはない。そして、勘違いするべきではない。そう、まだ終わりではない。私の切り札は盤面を返す……」


「っ!?」


 その言葉と同時にリバドから底知れぬプレッシャーを感じ、それがハッタリではないことを感じさせる。


「往くぞ……!」


 戦闘開始から終始、その場から動くことのなかったリバドがジサンとの距離を縮めるように一歩踏み出す。


「スキル:釣果輪転!!」


 スキル:釣果輪転はリバドが宣言したように盤面を引っくり返すほどのポテンシャルを秘めていた。

 その効果は相手に一太刀を入れることでパーティメンバー全員のHPを残り1/15にした上で、魔法、スキルを発動直後の状態……つまり次のインターバル回復まで使用できない状態にする、正に切り札に相応しい技であった。



「スキル:残刀」



「……っっ!?」


 だが、何も切り札は彼だけの専売特許ではなかった。


 釣果輪転を放った以前、リバドが正面に見ていたはずの男は今は後ろにいた。互いの剣技が交差することで数秒前と立ち位置が逆になったのだろう。


 リバドのHPは不思議なことに少しだけ回復する。

 それは彼の現HPが1/15よりも少なかったからだ。

 リバドは最終的にそれに気づくことはできなかったが、魔法、スキルも使用できなくなる。


 そして、次の瞬間には自身の身体に激しい斬撃エフェクトが発生していることに気が付く。


 リバドの微量に回復した残HP……1/15はそのエフェクトにより刈り取られる。

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