107.おじさん、湖上開戦

 盲点であった。


 ジサンがルィから告げられた回答は……


[ルィ:テイム条件を満たせばいいだけだよ]


 テイム条件を満たすとは、要するに戦闘の開始から終了までテイム武器を装備した状態でテイム武器により止めを刺すということだ。

 言われてみればテイム選択で“いいえ”を選択したモンスターは消滅せずに去っていくようなエフェクトになる。

 公開ボスは強制的に、この“いいえ”を選択した状態と同じになるという原理のようだ。


「申し訳ないですが、こちらは手を抜くことはできません」


「ドラマチック演出権限とやらがないってことですか?」


「……! お詳しいですね……」


 リバドは驚いたような口調だ。もっともぬいぐるみのような目からはあまり表情は読み取れないのだが……

 ドラマチック演出権限とは、かつてジサンがサラから聞いたボスが有することがある権限のことであった。

 ドラマチック演出権限を持つと、そのままの意味であるがボスの権限でゲームをドラマチックに演出することができる。つまり状況に応じて、相手に対して手加減をすることもできるということらしい。

 サラもジサンに、この権限は有していないと伝えていた。


(さて……どうするか……)


 ジサンは考える。リバドを消滅させないということは理論上、クリア可能だ。

 しかし、それはリスクを伴う。魔帝という未知の領域の敵に対し、テイム武器で挑むのはそれなりにリスクが高い。


 もちろん、こちらには魔帝より格上の大魔王がいるが、プレイヤーとボスでは、仕様がかなり異なることを考えると油断はできない。

 自身には死亡フラグ破損なる現象があり、これも有利な要素であることは間違いないが、検証が不十分であり、安全を保証するものとは言い難い。


「ちなみにですが、私のフィールドには離脱許可権限はあります」


「ん……?」


 リバドは何やら聞きなれない言葉を発する。


「つまり、そのままではありますが、私との戦闘からは逃げることができるということです。私は別の湖へワープしますので、再び探していただく必要がありますが……」


「なるほどです……」


「オーナー、やりましょう!」


「おっ?」


「きっと俺達なら大丈夫です! それに別の誰かに先を越されてしまったら、結局、熊紳士は消滅してしまうと思うのです」


(……他人が倒してしまうことまでは気にしなくてもいいとは思うが……だが……)



 ◇



 湖上のフィールド――

 フィールドの大半を円状の湖が占めている。

 湖の外周は陸地となっている。また、湖上にも大人、一人が立てる程度の浮石が点々と配置されている。プレイヤーらの初期配置は外周の陸地となっていた。


 湖の中心には原理不明だが、水面に浮遊している巨大なクマのぬいぐるみが一体、仁王立ちしている。


「改めて……私は魔帝:リバド。貴方達には多少の情が芽生えているのは私とて同じ……ですが、魔帝としての誇りをもって貴方達を制する」


 湖の中央にいるリバドとはそれなりに距離が離れており、リバド自身も大声を上げているわけではなかったが、フィールド内は声が通りやすくなっているのか、ジサンらの耳にその宣言はしっかりと届いていた。


「それでは……」


 そうリバドが呟くとHPゲージが急速に充填される。


(いや……しかし、これは……)


 ジサンは思う。リバドに離脱許可権限があるのも頷ける。


 水上戦への対策なしでは、非常に戦い辛いフィールドである。


「っ……」


 と、戦闘を開始したリバドの方を見ると、その場から動かずにその広大な湖に釣り糸を垂らしている。


(……何だ?)


 と、すぐにリバドの釣り糸が振動する。


(っ!?)


「えぇえええええ!」


 シゲサトが叫ぶ。


 リバドが釣り上げたのは首長竜のような巨大なモンスターであった。


「特性:釣召喚……である」


 リバドは本来、明かす必要のない特性名を呟きながら、おもむろに首長竜に跨る。


 そして……


「魔法:テラ・スプラッシュ!!」


 リバドのその宣言と共に首長竜が雁首を激しくしならせる。


「やば……! サラ、避けるぞ!」


 ジサンは思わず叫ぶ。


 予想されるは水上からの強力な遠距離水魔法攻撃――


 その予想通り、首長竜の頭部から極太の水柱がジサンら目掛けて突き進む。


「スキル! 龍の守り!!」


(っ……!)


 だが、ジサンの回避行動は無駄に終わる。


 水柱の進行は不可視の領域に阻止され、轟音を残し、霧散する。


「ここは俺達に任せてください!」


 大型の妙に神々しい龍に跨るドラグーンさんが高らかに宣言する。

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