103.おじさん、急く

 カスミガウラのシクイドリ、イナワシロコのナイスクリームに続き、ビワコにおける魔帝:リバド挑戦条件の最後の指定ターゲットはマナ・ナマズという魔魚であった。


 つまりここへ来て初めての釣りモンスターである。


 ジサンは釣竿を所持していたが、シゲサトは持っていなかったため、ビワコ東部に併設されているクエスト斡旋所でレンタルすることにする。


 そして、斡旋所を出て、真っ直ぐにビワコへ向かう。


「随分遅かったな……しかし、やはり来たんだね、シゲサト……あれだけ止めたのに……」


「!?」


 ダンジョンエリアに入るとすぐに待ち伏せしていたと思われる二名の人物が立ち塞がる。


「グロウくん……」


 シゲサトが名前を呼んだようにそれはシゲサトの身を案じ、これまでも魔帝攻略を止めさせようとしてきたP・Owerのグロウとそれに付帯しているアンという女性である。


「まさかトウホクエリアから離れてまで追ってくるとは思わなかったよ」


 ジサンからすると、あれだけ突き放されたのに、それでも追ってくるのもなかなかに予想外であった。


「その程度のことで止めるようなら最初からやりはしない」


「……そう……それで一応、聞くけど何の用……?」


「何度でも言うが危険だ。引き返すんだ」


 グロウは真剣な顔付きで言う。


「却下だね。こっちもここまで来るのに結構、苦労してるんだ。さぁ、行きましょう! オーナー」


「あ、はい」


 シゲサトに急に呼ばれたジサンは慌てて返事する。


「ならば力尽くで止めることになる。今回は前回のようなミスは踏まない」


 前回、引き止められた時は、ダンジョン外であり、プレイヤー間の戦闘不能エリアにより、グロウの実力行使は未遂に終わったのであった。しかし、今回は確かにすでにダンジョンエリアに入っている。


「……ところでシゲサト、そのおっさん、どこの誰だか知らないが分かっているのかい?」


「……何?」


 グロウが意味深なことを言い、シゲサトは立ち去ろうとした足を止める。


「シゲサト……お前、本当は仙女の釣竿なんて欲しくないんだろ?」


「……!」


「魔帝を倒すために、その薄汚れたおっさんを利用しているだけなんだろ? 随分と打算的になったじゃないか……」


「…………」


 シゲサトは俯き、地面を見つめながら立ち尽くし、なぜか反論しない。


 どうしたものかとジサンは少々、困ってしまう。


 しかし、意外な人物か口を開く。



「おい……小僧……今、何と言った……?」



「え……? っ……!?」


 グロウは突如、呟いた褐色肌の少女を視認し、そして、動揺を露わにする。


 サラの見た目に何か変化があったわけではないが、凄まじい殺意を本能的に感じたのであろう。


「小僧……薄汚れた……とはどういう意味か知っているか?」


「っ……!?」


「ちょっ、サラちゃん、今の発言は代わりに謝るから! グロウくんを殺すのは止めて……!」


 ルール上、プレイヤー同士の殺しは不可能。故にシゲサトの殺すのは止めてという発言は合理的な発言ではなかったが、サラが放った殺意には、そう感じさせるほどのプレッシャーがあったのだろう。


「っ……! こ、殺す?」


 グロウもシゲサトの発言の合理性のなさには気づいていたが、どこか否定することができなかった。


「お、お願いだよ……! サラちゃん」


「謝るのは奴であろう?」


「……!」


 もっともなサラの発言にシゲサトは言葉を失う。


「サラ、止めてくれ」


 ジサンは努めて優しい口調で言う。


「っ……! し、しかし、マスター……」


「気持ちは嬉しいが……」


(早く釣りに行きたいんだ……!)

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