71.おじさん、アロハ

「マスター! 綺麗な海ですね! わぁー!」


 サラがエメラルドグリーンの海水をチャプチャプと撫でている。


 水着姿のサラは、上背は無くとも胸部及び腰回りはしっかりと女性のそれであり、元気に動けば、柔らかな部位もまた楽しそうに波を打つ。


 ここは”ハワイ”……温暖な気候、南国の植物、そして広々とした美しいビーチ……


 ジサンらはついにネコマルを討伐し、悲願の海外への航路を獲得した……わけではない。


 そんなことをしなくとも、もっとお手軽に海外に行くことができたのである。


 そう。ここはイワキ・ハワイヤン・ダンジョン。


 ジョウバンのハワイとはここのことである。


「で、何で、主はそんな恰好をしておるのじゃ?」


「えっ!?」


 サラが挙動不審の人物に問う。


「え、えーと……ビキニ水着はちょっと……本当はオーナーみたいのがいいんだけど……」


 シゲサトが上半身裸の水着姿であるジサンを羨ましそうにジッと見る。


 ジサンの体は引き締まっているわけでもないが、それ程、贅沢もしないためか、中年特有のメタボリックさもない。


 ジサンはリアル・ファンタジーはステータスによる数値に支配されており、元の身体能力はあまり重要ではないことがよくわかる程度には凡庸な体つきをしていた。


「あぁ、俺も海パンで砂浜を闊歩したいよぉ」


「はぁ……」


 サラは”何言ってんだこいつ”とでも言いたげにシゲサトに訝しげな視線を送る。


 それもそのはずだ。

 ダイビングならまだしも、この美しいビーチにおいて全身を包み隠すようなウェットスーツ姿のシゲサトはかなり不審であったし……何より少々、残念であった。


「そもそも主であろう? ここに来たいと言ったのは」


「そ、そうだけどさぁ……」


 シゲサトは簡単に論破され、たじたじとしている。


 最近出来たダンジョンに珍しいドラゴンがいるらしいんです! 寄り道してもいいですか? 確かにそう言ったのは無類のドラゴン好きことドラグーンのシゲサトであった。


「ユニーク・シンボル:邪龍ドラド……どこにいるんだろうなぁ。こんなリゾートに邪龍なんて本当にいるのかなぁ」


 シゲサトが呟く。


「そ、それよりマスター! あのウネウネしたものは何ですか!?」


 サラがシゲサトへの関心を失い、好奇心を次の対象物に向ける。


「ん……? ウォーター・スライダーじゃないか?」


「ウォーター・スライダー!?」


「要は滑り台だけど……」


「た、楽しそうですね!」


 サラは目が輝かせる。


 確かに子供は喜びそうなアトラクションだなとジサンは思う。


「……いってみるか?」


「いいんですか……!?」


 ここはイワキ・ハワイヤン・ダンジョン。


 疑似的なハワイであると同時にスパ・リゾートとしての側面も兼ね備えていた。



 ◇




(って、ちょっと待て……)


「そろそろ、いきますよ! マスター!」


 ウォーター・スライダーの滑り口にはジサン、及びジサンの股の間に鎮座するサラが滑降の時を待っている。


(なにゆえこうなった……)


「あれ? オーナー、お顔が赤いようですが……? どうかされましたか……?」


「い、いや……」


「んん~? サラなんてマスターの子供みたいなものですから……大丈夫ですよね?」


 サラは大魔王の本性を垣間見えさせるかのような悪そうな顔で振り返りながらジサンの顔を覗き込む。


「あ、あぁ……勿論だ」


 ジサンは努めて冷静に返答する。


(勿論であるのだが……この地肌の接触面積は流石に……)


「もう……マスターってばぁ」


 サラが今度は困り顔を向けてくる。


(元はと言えば、サラが絶対に滑りたいけど、一人で滑るのが怖いとか言い出したからじゃないかぁ!)


 ジサンは心の中で抗議する。


「人の目もあるから、多少、恥ずか……」


「さぁ! 行きますよ!!」


「おっ!」


 ジサンが苦し紛れの言い訳をしようとした時、サラが腕によるブレーキを外す。

 そのまま水流に押され、勢いよく滑り出す。


「きゃぁあああああ!! あははははは!! たっのしぃいいいいい!!」


「gいぎhgじぇkf」


 ぽよよん。



 ◇



「どうしたのです? マスター、そんな……水の中に籠って……」


「オーナー? そろそろ行きましょうよ?」


 サラとシゲサトが無垢な顔を向ける。


「ちょっと待て……瞑想中だ」


 スライダーの終着点の水溜りにて、ジサンは賢者へのクラスチェンジを検討する。


「わぁああああい! 楽しいよぉ! これ!」


「愉悦」


(!?)


 と、ジサンが悟りの境地に近付こうとしていると、次のグループがスライダーから滑り落ちてくる。


「「あ」」


 その中の一人、銀髪に二本のおさげ、水着姿の時でも帽子を被っている少女とサラが互いの存在に気が付く。


「あれ? どこかであったことあるような?」


 ミディアムで明るい雰囲気の美少女が銀髪の女の子に問い掛ける。


「シャチフレ」


 それはカスカベ外郭地下ダンジョンの入口で遭遇したウォーター・キャットの面々であった。


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