34.おじさん、初めてのギルド
「マスター……! めっちゃ山! めっちゃ山だよ!!」
サラは車窓に映るタニガワ連峰を眺めながら窓に貼り付いている。
「あぁ……だが、バスではあまり
「はーい」
バス内では月丸隊の面々は軽く変装していた。
二人と三人は少し離れた席に座っていた。
誰がするでもなく……いや、後からバスに乗り込んだジサンが少し離れたところに座ったのだ。
だが、月丸隊の面々もそれに悪い顔はしなかった。
ツキハだけは内心、少し残念がっていたかもしれない。
「でも……ツキハちゃんがまさか切り替えていくとはねー……私、それもありだと思うわ」
バスの中で、ジェネラル・ヒーラーのチユが感心するように言う。
「ちょっ! 何言ってるの!?」
「だはは! 確かに
「人を当て馬みたいに言うな!」
「あらっ……”人を負け犬みたいに言うな”って言わないところ見ると、割と本気だったりするの?」
「っっっ!」
ツキハは赤くなる。
ツキハは、確かに自分が悪く言われることよりも、ジサンが代替品のように言われることの方が不快だった。
「おいおい、マジか……」
「いいじゃない! 優しそうな人だし……」
「えっ!? って、まだそんなんじゃない!」
「"まだ"って……ツキハちゃん、可愛い……」
チユが口に手をあてて、あらあら……とでも言いたげな仕草で言う。
「っっっ!」
お姉さん気質のチユに、割といつも簡単にマウントを取られるツキハであった。
◇
『終点です。下車ください』
自動走行。
運転手のいないバスの中にアナウンスが流れる。
「着いたのですか? マスター?」
「いや、まだ先は長いぞ」
ジサンらと月丸隊が降り立ったのはナガノはカルイザワ。
夏の避暑地として有名だが、秋真っ盛りの10月だと少し肌寒さを感じる。
「次のバス停まで結構、歩くみたい」
バスを降りると、ツキハが話しかけてくる。
「そうですか」
珍しいことではない。
バスが開通していなかったり、そもそも無いときもある。
交通手段を制限されているリアル・ファンタジーにおいては日常茶飯事であり、そんな時は基本的に目的地へ徒歩でいくしかないのだ。
「でもさ、旅の醍醐味は寄り道でしょ?」
チユが奥ゆかしいことを言う。
ジサンもそれについては確かに……と共感するのであった。
「しかし、これ、ダンジョンを迂回するより、突っ切った方が早そうだな」
聖騎士のユウタが男らしいことを言う。
「あらあら……通り道に斡旋所もあるわね」
「よし! せっかくだからクエストないか確認してから行こう! いいですか? ジサンさん……!」
「あ、はい……」
◇
「え? 初めて!?」
クエスト斡旋所に入り、ジサンはツキハに、ありのままを伝えると驚かれる。
「あ、はい……」
「何で……」
「えーと……特に理由はないのですが……」
ジサンは行かない理由を聞かれているのに、行く理由について答えてしまい、非常に味気ない回答となる。
行かない主な理由は斡旋所で紹介されるボスリストのボスはテイム対象ではないからだ。
そのことを答えたらそれはそれで微妙な空気になっていたかもしれないが……
「そ、そうですか……それじゃあ、軽くですが案内しますね!」
「すみません」
「まず、これが斡旋所の受付嬢、通称、NVCさんです」
「ドウモコンニチハ」
そこには、頭の天辺から足の先まで、完璧に均整のとれた……神秘的な雰囲気を持つ何となく
彼女は仕様変更前からいた唯一のNPCであった。
各地のクエスト斡旋所に配置されており、どの斡旋所を利用しても同じ見た目をしている。
ジサンはふと、なぜNPCではなくNVCなのだろうかと思う。
「実はこいつ……」
「ツキハサン、口ガ軽イデスネ」
「えっ!?」
「尻ハ軽クナイト思ッテイタノデスガ……」
「何? あんたもう一回倒されたい?」
「イエ、遠慮シテオキマス」
「まぁ、いいわ……そこのカルイザワ・アウトレット・ダンジョン内で適当なクエストある?」
「魔騎士:メンティス ガ……オ勧メデス」
「今更、魔騎士? 魔公爵以上はいないの?」
魔騎士とは魔公爵の一つ下のランクであった。
「残念ナガラ、現在、カルイザワ・アウトレット・ダンジョン デハ魔騎士ランクガ最高デス」
「そう、まぁ、いつも魔公爵ランク以上がいるわけじゃないし、仕方ないわね」
「魔騎士デハアリマスガ、報酬ハ ナカナカ変ワッテオリマス」
「何?」
「”買物チケット”ト言ウモノデス。カルイザワ・アウトレット・ダンジョン ハ ダンジョン内デ買イ物ガデキル珍シイダンジョンデス。”買物チケット”ハモンスター達ガ経営スルダンジョン内ノオ店ヲ利用スルノニ必要ニナリマス」
「なるほど……確かにちょっと変わってるわね」
「チナミニ、クエストハパーティー分、受注デキマスノデソノ辺ハゴ心配ナク」
「気が利きますね!」
ツキハは皮肉っぽく言う。
「えーと、ジサンさん、パーティはどうしますか?」
「私とサラの二人で大丈夫です。テイムモンスターもいますし」
「わ、わかりました……」
「それではえーと、月丸隊と……そちらはまだパーティ名の登録がお済みでないようですが……」
(パーティ名……)
確かに今まで一度も決めて来なかったな……
「後から変えられるのか?」
「ハイ、可能デス」
「じゃあ、サラ……適当に決めてくれ」
「え? 私ですか?」
サラは一瞬、戸惑いながら何やら考え始める。
「マスターとサラ……マスターサラ……マッサラ……」
(……お?)
「”マスターとサラ”でお願いします」
(結局、戻ってるじゃねえか!)
「承知シマシタ。デハ……”月丸隊”、”マスターとサラ”ニ ソレゾレ メンティス一体ノ討伐ニテ発注イタシマス」
「どうも!」
「カルイザワ・アウトレット・ダンジョンニハ武器、防具ハモチロン、珍シイ魔具モ売ッテイルヨウデス。存分ニ楽シンデキテクダサイ」
(珍しい魔具……多少、気になるな)
「デハ本日モ素晴ラシイ冒険ライフヲ」
それが NVCさんの決め台詞であった。
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