29.おじさん、召喚獣を知る

 怒れる魔法少女が敵陣の動きを止めている間に、一目散に逃げていた観客達は徐々にフィールドから消えていく。


 どうやらフィールドの中心から一定の距離遠ざかると、フィールドの外に脱出可能なようだ。


 周囲を見ると、勇敢な人達が10名程度、武装して各々の武器を構えている。


(……うむ、では退散するか)


 と、ここは勇敢な方々に任せて……とジサンが方向転換しようとすると、逆方向への小さな抵抗を感じる。


 見ると、サラがジサンの袖を二本の指で摘まんでいた。


「……どうした?」


「マスター……デス・オルカは結構レアモンスターみたいです」


「……!!」


[シー・デーモン]


[デス・オルカ]


 よく見ると、確かにトレーナーとシャチにはモンスター名が表示されていた。


「……致し方ない」


 ジサンの行動判断基準の上位はモンスター図鑑の収集に占められている。


[レイドバトルモード]

[難易度:魔公爵程度×3]

[報酬:参加者全員にレアアイテム”ダンジョン・マイルストーン”]

[罰則:バス:チバ ボウソウ4の没収]


 気が付くとレイドバトルモードという文字がポップしていた。


 ■仕様変更④

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 ④レイドボスの実装

 4人上限のパーティ枠を超えた総力戦で挑める強大なボス戦を用意します。勝てば報酬、負ければ罰則のハラハラドキドキバトル! 熱い戦いを期待します。奮ってご参加ください。


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(……なるほど、全員で戦えるというわけか。報酬の方はよくわからないが、罰則の方ってもしかして……)


「負けたら帰るのに一苦労しそうですね」


(……中々にいやらしい)


「って、あなたは……!」


「しっ……、今はそんな時じゃない」


「し、失礼しました……ご一緒できて光栄です」


(ん……?)


 その場に残った真面目そうな戦士風情の男が魔法少女に声を掛けようとするが、少女はそれを制止する。


「って、あなた! そんな子供を……すぐに逃げなさい!」


「えっ……?」


 真面目そうな戦士は今度はジサンの方に着目する。


(ど、どうしよう……確かに周囲には子供はいない。少女もなかなか幼く見えるが、ギリギリセーフと言ったところか……)


「ごめんなさい……私、脚を怪我していて……一歩たりとも動けないのです」


 サラが機転を利かせる。


「え? 一歩も……? では、背負って……」


「ごめんなさい……私、高所恐怖症で……」


「え? そんなに高いかな……では……仕方ない……なるべく下がっていなさい」


「あ、はい……」


「魔公爵3体ならやってやれないことはない! 誰かが命懸けで得た交通網をみすみす奪われるわけにはいかない!! 皆、行くぞ!」


 真面目そうな戦士が残った者達を鼓舞する。


「うぉおおおおおおお!!」


 皆、その合図と共にモンスターに向かって、突撃する。



 ◇



 プレイヤー達とモンスターとの激しい戦いが繰り広げられている。


 三体のシー・デーモンのうち、一体は倒した。

 残りのシー・デーモンとデス・オルカも残HPは1/3程度である。


 戦いも終盤だ。


 流石にこの場に残るだけあって、皆、最低限のステータス、プレイヤースキルを保有しているようであった。


 また、時折、少女が絶妙なタイミングで治癒魔法をかけ、プレイヤー達の瀕死を回避していた。


(……あの子、うまいなぁ)


 ジサンは驚いていた。


「そろそろ出せるか……一気に決める」


(……ん?)


 魔法少女がそんなことを言う。


「魔法:オルカ・スプラッシュ……」


「おぉおおお!!」


 歓声が上がる。


 少女の魔法宣言と共に、どこからともなく巨大な”シャチ”が現れる。


 シャチはどこか誇らしげに主人の周りを一周、廻ってみせる。


「……これは……」


「マスター……召喚魔法です」


(……つまり……召喚獣……)


 モンスターではなかったが、その単語はなかなかに胸を高鳴らせ、ジサンの目には、杖を構えるその少女が可憐でありながらも勇ましく映った。


「シャチショーを台無しにし、あまつさえ、シャチの美しくもシンプルなデザインを魔改造した罪は深い……」


 少女は静かに呟く。


「行って……! 本物のシャチを見せてやれ!」


 その掛け声と共に、召喚獣のシャチが生み出した巨大な大波が魔改造されたシャチ達に荒々しく襲い掛かる。


 その一撃で、シー・デーモン、デス・オルカがそれぞれ二体ずつ撃滅した。


 デス・オルカが一体だけ残っていた。水属性耐性があったおかげで辛うじて耐えられたのだろう。


(…………あ、やば……テイム厳しいか……)


「スキル:支配」


「……!?」


 サラがスキルの宣言をすると、最後に残っていたオルカが猛烈な勢いで、ジサンとサラの元に接近してくる。


「まずい!!」


 真面目な戦士が叫ぶ。


「っ…………!」


 少女も僅かな焦燥の表情を浮かべている。


 しかし……彼らの焦燥は杞憂に終わる。


 デス・オルカのHPはいつの間にか1になり、なぜかその場で制止している。


 そして、討伐時の消滅エフェクトではなく、他のプレイヤーが見慣れない消滅エフェクトと共に姿を消す。



 ファンファーレが流れる。



 周囲にいた大抵のプレイヤー達は思う。


 なんかよくわからんが、大丈夫だったからいっか!


 一瞬の静寂の後、勝利の歓声が沸き起こる。



 ◇



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 ■魔具:ダンジョン・マイルストーン


【効果】

 任意のダンジョンにおいて自身がそのダンジョンで到達した最深層までの任意階層へ帰還できる。パーティメンバーも同行できる。3回使用すると消滅する。

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(回数制限はあるものの……地下帰還の効果と同じ……まぁ、今後、使わないとも言い切れないな……)


 ジサンは報酬を確認しながらそう思う。


(……さて、退散するか)


「あなた何者?」


「え……?」


 その場を去ろうとするジサンに魔法少女が話しかけてくる。


「さっきの斬撃、疾すぎ」


(……目立たないように高速スキル:陰剣いんけんを使ったのがかえってまずかったか……)


「……まぁ、お気になさらず……」


「あ……」


 誤魔化して……いや、全く誤魔化せないままジサンはそそくさとその場を去る。


 サラはシャチのことで意気投合したからか、珍しく去り際に手を振っていた。



 ◇



 その晩、掲示板にて回帰日も安全でない旨が伝えられていた


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 476 名無しさん  ID:8ihtieajt9a

 偶然、キサさんがいたのが不幸中の幸い


 478 名無しさん  ID:jet0ja9jda

 >>476

 まじか。羨まし過ぎる


 480名無しさん  ID:oajt49eajgd

 >>476

 キサちゃんこそ正義


 481名無しさん  ID:4jajdjgdiaj

 >>476

 キサちゃんこそ正義


 485名無しさん  ID:gh8a9q0jgaj

 >>476

 キサちゃんこそ正義


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 流石にジサンも気づく。


 どうしてもパーティの筆頭である二人、ツキハとミズカに目が行きがちで気付くことができなかった。

 しかし、言われてみれば確かに彼女は第三、第一魔王の討伐に関わっていたウォーター・キャットのメンバー”ヒール・ウィザードのキサ”であり、全国にその幼さを残しつつも端正な顔立ちが晒されていた。


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 第一魔王:ロデラ

 ┗討伐パーティ<ウォーター・キャット>

  ┝ミズカ クラス:魔女

  ┝ユウタ クラス:長槍兵

 ⇒┗キサ  クラス:ヒール・ウィザード

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(……さて、明日はカモガワオーシャンダンジョンに行って、明後日はトウキョウに戻るか)




 そう思っていたジサンであったが、トウキョウへの道中にて偶然、”モンスター牧場”を発見してしまう。

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