10.おじさん、ダンジョンおじさんを引退
って、よく見ると小嶋くんと一緒にいた……
茂木彩香は自身が恐怖を抱いていた対象が先ほどまでジサンと一緒にいた子供であると認識し、安堵する。
なぜ自分はこんな子にあんなに恐怖を覚えていたのかと急に恥ずかしくなる。
「お嬢ちゃん、どうしてこんなところに?」
茂木彩香は呑気に質問する。
「えーと、殺そうかなと思いまして」
サラはニコリと微笑むように言う。
「っっっ……!? お、お嬢ちゃん、な、何を……?」
「マスターに害を及ぼす因子は消しておく方がいいんじゃないかって思ったのです」
少女は淡々と物騒なことを言う。
極めて不気味ではあるが、茂木彩香は自分が生命の危機に瀕していないという理由(いいわけ)を本能的にいくつか見出す。
子供の戯言だ。殺すという意味をわからずに言っているだけ。
(本当にそうだろうか? 妙にその言葉が本気であるように思えた)
もしそうでないとしても、自分がこんな子供に負けるはずがない。
(本当にそうだろうか? この少女からは底知れぬ威圧感を感じる。だからこそ先刻、恐怖を覚えた)
もしそうでないとしても、プレイヤー同士の攻撃は不可能…………
これだ! 何だ、よかった……何を動揺しているのだ。絶対に大丈夫じゃないか。
前の二つが否定されたとしてもこれだけはゲームに設定された絶対のルールだ。ゲームのルールは良くも悪くも絶対に否定されない。
「お嬢ちゃん、知ってるわよね? プレイヤー同士は攻撃ができないのよ?」
「知ってるよー、でも我は元々、モンスターだし」
「っ!?」
そんな馬鹿な……言葉を解するモンスターが!? 茂木彩香は知らなかった。
実際には、魔王ランク以上のモンスターには言葉を解する者も珍しくはない。
ただし、それを知ることができるプレイヤーはほんの一握りであったのも事実だ。
「そ、そんなわけ……」
「まだ、信じられないかな? でもさ、ほら、これを見てごらんよ」
茂木彩香は言われるがままにサラが指差すものを見る。そこには幾重にも重なるように表示されたHPゲージがあった。
このような表示のされ方をするのはボスモンスターだけだ。
それも、ゲージ数が尋常でない。
「プレイヤーになるとHPは減っちゃうんだけどね。その代わり回避行動権限が付与されるけど」
サラが何か言っているが、茂木彩香の耳にはほとんど入っていなかった。
いよいよ本格的に生命の存続が絶望的であることに気づき、内臓がざわつき、呼吸が荒くなる。
「な……何で……こんな……ことを……?」
「何でって…………罰ゲームだよ? ごめんね……でも普通、気づくよね?」
「っっっ…………!!」
「安心してください……一番痛いのにしておきますから」
「………………や、やめ」
「それじゃ、バイバーイ」
サラが掌を茂木彩香に向ける。
それまでニコニコしていたサラの顔つきが無表情になる。
「ひっ……ひぃい……」
茂木彩香は恐怖のあまり、失禁する。
サラから放たれた漆黒の
「い、いやぁああああああ゛ああああ゛ああ」
◇
「ああああ゛あああ゛ああああ…………! …………あ゛?」
「…………えっ、どうした、サイカ……」
「…………」
「えっ……ってか、ちょ……それ……どうした……?」
「っっ……!!」
茂木彩香は本来のパーティメンバーの待つ30階の生活施設に転送されていた。
◇
「……なんちゃって……冗談ですよ。殺しはしません。マスターがそれをしなかったのだから……よかったね。無事に仲間の元に帰れて♪」
サラは独り言を呟く。
こんな女で穢しちゃダメだよね。
なんたって、今日はマスターとパーティになって初めての夜があるのだから。
一人、テンションが上がっているサラであった。
◇
翌朝、ジサンは他にやることもないので、ダンジョン攻略を再開しようと考える。
サラはパーティメンバーとなったため、モンスターは別途、一体使役可能であった。
(少し騒がしくなりそうだな……)
ジサンは少々、未来に不安を覚えつつ、ふと、サラの方を見ると、何やら少し頬を膨らませていた。
(……何だ?)
据膳食わぬは何とやらですよ……マスター……! などと思っているとは想像もつかないジサンは……
(って、もしかして……この子は外の世界に行きたいのか? 俺は保護者として、この子に外の世界を見せてあげなきゃいけないのでは……?)
と、あらぬ方向に思考が向かっていた。
「サラ…………」
「は、はい! マスター」
「…………ダンジョンを出るぞ」
「はい! …………って、え!?」
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