09.おじさん、決別する

「スキル:支配」


(っ……!?)


 リキオンがジサンに初撃を加えようとする刹那、サラが呟くようにスキル名を口にする。


 と、同時にリキオンはジサンへ向けていた凶悪な大爪をサラへと向ける。


 金属がぶつかり合うような音が円状の広間に響き渡る。


 それはリキオンの攻撃をジサンが剣で防いだ結果であった。


「ま、マスター……?」


 実際のところ、ジサンにとってもサラにとってもリキオンの攻撃など取るに足らないものであったかもしれない。


 言ってしまえば意味のない無駄な行動であるが、結果的に、二人は、お互いに庇い合う。



 サラが誕生したその瞬間からジサンへ抱いていた忠誠心の正体はジサンのこの行動にあった。


 ジサンは鴨が生まれて初めて見たものを親だと思い込む……いわゆる”刷り込み”と呼ばれる現象の類だろうと考えていたが、そうではなかった。


 ジサンは無意識だったのか、心のどこかで意識していたのかは本人にも不明瞭であったが、終始、使役したモンスターを可能な限り、護り、傷付けないような立ち回りを続けていたのだ。


 AIがモンスター達に心を宿したのか、それはわからない。しかし、モンスター達は確かにジサンの姿を見ていた。


 例え、配合されたとしても、その思い、その感情に近しい何かは脈々と受け継がれていた。


 サラは言葉が使えた。だから顕在化したというだけだ。

 それまでもモンスター達はジサンへの惜しみない感謝と忠誠心を抱いていた。



「スキル:魔刃斬」



 口に出す必要はない。実際、今まで一度も口に出してなど来なかった。


 だが、その時、ジサンは不思議とそのスキル名を言葉にしていた。


 魔刃斬は単なる強力な斬撃だ。


 ジサンは剣を右下から左上に掬い上げるように振り抜く。


「えっ……」


 思わず声をあげたのは茂木彩香であった。


「グギャアアアア゛アアア゛アア」


 耳に入ってくるのはリキオンの呻き声。

 目に映るのは一瞬にして吹き飛ぶHPゲージ。

 そして、真っ二つに分割された巨大蜘蛛の肉塊であった。


「うそ……うそ……有り得ない……魔公爵を一撃?」


 彼女の動揺は至極、真っ当なものであった。


 通常、魔公爵とは上級者、四人でパーティを組み、綿密な連携の元、小一時間かけて倒すものである。


「一体、どんなカラクリを……」


 彼女が何らかのチートを疑うのはむしろ自然かもしれない。


 しかし、カラクリなどなかった。


 純粋な数値差の暴力であった。


 簡単なファンファーレが流れる。


 リザルトが表示され、ボス討伐の報酬が表示される。


[首12 首都圏のバスを一ルート開通する]


(…………)


 AIに支配されて以降、交通手段は極端に制限されており、上位ボスを倒すことで少しずつ解放されていく仕組みとなっていた。地上に行く予定のないジサンにとっては全く無用のものであった。


「お見事です。マスター……」


「あぁ……」


 讃えてくれるサラに、ジサンは自然に応えることができていた。


「す、すっごーい! 小嶋くん!」


 離れた場所にいた茂木彩香が何事もなかったかのようにジサンを賞賛する。


(…………)


 厚顔無恥とはこのことだ……と心の中で思うが、ジサンは何もしない。

 もはやどうでもいいと思えたのだ。


「貴様……どの面下げて……!」


「止めろ、サラ」


「っっっ……! はわぁあああ!」


(え……)


 サラは両手を頬に宛がい、愉悦の表情を浮かべる。


「マスター……! 初めて私の名を……!」


(え……? そうだったか……?)


「茂木さん、すみませんが、パーティは解散です」


「えっ……」


「もう二度と会うこともないでしょう……」


「っ!!」


「では……」


 それだけ言って、ジサンは”地下帰還”を使用する。


 彼の元いた92階層へ。


 ジサンの人生にある種の呪いをかけた茂木彩香に対し、どうでもいいと思えたことは、彼の中にあったモヤモヤした何かをいくらか取り払った。



 ◇



(………………やはりいる)


 92階層の|生活施設(ベースキャンプ)に戻ったジサンは自身の背後に山羊娘の姿を捉える。


(…………)


 だが、少しだけ安心してしまった自分がいることをジサン自身も否定できなかった。


「どうして逃がしたのに? お前は野良モンスターに戻ったんじゃないのか?」


「あ、はいっっ……!」


 ジサンに急にまとまった長さの言葉を投げかけられ、サラは少しだけ驚いたような姿を見せる。


「えーと、確かに野良モンスターになりました。故に行動は自由です」


「なるほど…………その…………もう一度、テイムすることはできるのか?」


「っっっ! 何と有り難いお言葉……! 私のような若輩者を今一度、マスターの従者として仕えさせていただけるなど光栄の至り、感激の極っ……」


「わ、わかった! それはいいから結論を教えてくれ」


「あ、はい…………その……大変恐縮で身を裂くような思いではございますが、現在のマスターのテイム武器では私をテイムすることは……」


「……そうか」


 ジサンは自身の衝動性を後悔する。


「で、ですが!」


(……ん?)


「幸いなことに、私には、”プレイアブル権限”が付与されています」


「プレイアブル権限?」


「はい! つまりプレイヤーとして立ち振る舞う権利です」


「……お、おう……」


「な、なので……マスターさえよければですが……私とパーティを組んでいただけないでしょうか?」


 サラは緊張した様子でジサンに伺いを立てる。



 ◇



 彼女がパーティとなることを承諾してくれた”おじさん”はイビキをかきながらも気持ちよさそうに眠っている。


 普段はひたすらに最下層を目指すジサンであるが、久しぶりの出来事に疲れたのか、二人きりで貸し切りの生活施設ベースキャンプで昼寝をしてしまったようだ。


「すぐに戻ってきますね……マスター」



 ◇



 茂木彩香には二つの選択肢があった。


 一つは、ダンジョン脱出アイテムを使用する。


 もう一つは、仲間がいる生活施設まで自力で戻る


 ダンジョン脱出アイテムは使用すると地上まで戻ってしまう。必死の思いで30階まで進んできたのが、無になってしまう。


 この階層にはモンスターが出現しなかったし、きっと大丈夫だ。


 その楽観視が彼女を苦難に陥らせていた。


「……くそっ! 何でこんなにいるの!! やばい……」


 茂木彩香のMP及び回復アイテムは底を突きつつあった。


 ダンジョン脱出アイテムは使用時に多少の時間を要する。今にして思えば、ジサンと別れた直後、あのボス部屋で使用するのが最後のチャンスだった……という後悔が頭を過る。


 が、その時、突如、モンスター達が茂木彩香から逃げていく。


 た、助かった……運がいい……! 早く脱出アイテムを……


 彼女がそう思った、その時、何かがヒタヒタと近づいてくる。


 薄暗いダンジョンの奥から紅い瞳が二つぼんやりと浮かび上がる。


「ひっ……!!」


 その存在の脅威的な威圧感に茂木彩香は身体の動かし方を忘れる。




 徘徊型ユニークシンボル ボスランク:大魔王 “サラ” がそこにいた。

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