10 誰だって理想を求めている

 また誰かが頼みにやって来る。フェイシーは話を聞いて、青い花を渡していた。

「ありがとう、それじゃあね」

感謝と別れを告げる相手を、フェイシーは笑顔で見送っていると、この前の女性がいつの間にか近くにやってきた。どこかでこっそり聞き耳を立てていたのかもしれない。開口一番、

「不公平よ。私にも頂戴よ。そんな人なんかより」

と強い口調で言った。

フェイシーはまっすぐに彼女を見ようとした。彼女の恐ろしい顔が、視界に映った。この前追い出したのはあなたの方だと、言うこともできた。でも、フェイシーはそれよりも、知りたかった。

「それなら教えてください。本当の夢は何ですか」

「だから言ってるじゃない。もっといい生活、それと家族ために、それがほしいのよ」

「本当にしたいことは何ですか」

フェイシーはもう決めていた、お人好しだって言われてもいい。便利屋だって言われても構わない。それでも、わかりたいものがあるから。

「だーかーらぁ」

「私が当ててもいいのです」

「はい?」

「あなたを理解したいんです」

そう呟くと、青い花が出てくる。

「そう、それよそれ!」

女性はフェイシーの呟きが聞こえなかったのか、それとも青い花しか興味がなかったのか、花を見て鼻の穴を大きくして興奮する。今しないとすぐに消えてしまうかもしれないという強迫観念に駆られたのか、会話するのも忘れて、フェイシーの手からもぎ取る。力強く、バチンと手が当たり、痛みを感じたけれども、フェイシーの心は揺れなかった。

「愛されたいんですか?」

相手は止まる。

「何言ってるの?」

「本当は認められたいのに認められない。辛いと思っているのに誰も分かってくれない。だからせめて、人に嫌われない人になりたい」

 フェイシーはまっすぐに彼女を見た。

私は人間だって、いい人だって、そう思いたかった。そう思われたかった。蝶人形なんて、意味のないものではなくて、人形ではなくて、人間になりたかった。この苦しみをわかってくれる人はいなかった。寄り添ってくれる人がいても、苦しみの形を知って、感じているのは私だけだった。

でも私には青い花を作る魔法がある、とフェイシーは思い直す。だからギブ・アンド・テイクにはなれるかもしれない。でも、やりたくてもできない人もいる。有益であることが、完全に嫌われない最低限の条件であるかのように努力して、疲弊して、そして苦しんでいる人たちが、どれだけいるだろう。

「どうしてそう言わなかったんですか」

青い花は、相手の手の中で枯れていく。願いの叶え終わった花は、老いて散っていく。役目を終えたから……私も花が出せなくなってしまったら、こうなってしまうのだろうか? フェイシーはふと思ってしまった。

 そんなことを考えるのは怖い。でも、考えてしまう。結局、自分のことしか考えていない。だから彼女を責めることはできない。

「醜い自分を認めたくなかったから、ですか」

彼女の目に恐怖が浮かんでいた。得体の知れないものに対する恐怖がそこにあった。

「じゃあどうしろっていうのよ……!」

女性はまた声を荒立てた。何かを責めることでしか、自分の気持ちを表現できないほど、許せない何かがあるのだろう。その気持ちが心を麻痺させてしまって、本当の自分をわからなくしてしまっている。

「わかりません」

「はあ?」

「あなたが本当にしたかったことは、あなたにしかわからないから」

いろんなものがあって、優しい夫がいて、息子がいて……絵に描いたような生活をするのが本心かもしれない。もちろん豊かな生活を否定するべきではない。でも、何かを得るには、何かを捨てないといけないこともある。一歩を踏み出せない苦しみは、痛いほどわかる。私もそうだったから……。

「……」

女性は立ち尽くしてフェイシーを見つめていた。しかし、弾かれたように、

「やっぱりあんた、役立たずね!」

と言って、そのあとは聞き取れない言葉を叫びながら、去っていった。フェイシーはどうしようもない感情に襲われた。

「ごめんなさい、こんな伝え方しか、私にはできないんです……困らせてしまいました」



また別の日、フェイシーが外出していると、切り株に腰を下ろしているおじいちゃんを見つけた。それはよく見ると、雨宿りの時に出会った老人だった。老人はフェイシーを見てもあまり感情を動かさず、ただ深いため息をついた。

「人生ってなんだったんだろうな」

老人がそれを考えつづけていたことは、その一言だけを聞いても、伝わってきた。

「50、60も生きたら十分じゃないか? これだけ生きて、生きる意味がわからないんだから、死んでもいいじゃないか」

老人の肩があまりにも小さく見えて、フェイシーは咄嗟に言った。

「生きてください」

「お嬢ちゃんはまだ若いから」

わからないんだと、老人はまたつぶやいて、深いため息をついた。フェイシーは今伝えないと、「またいつか」は来ないような気がして、言い返した。

「他の人は生きてるじゃないですか」

「他の人がなんだ? 俺の話をしているんだよ、今は。目指してたけど何もできなかった。もう今更やる年じゃない。歳をとりすぎた」

「そんなことありません。何かを始めるのに、遅すぎるなんてないと思います。人によって、『大切なもの』を見つける時期も、見つけ方も、手に入れる方法も違うと思うんです。だから私は……」

 みんなすごいと思う。成長する方法はそれぞれ違う。みんな、それぞれの方法で成長して、輝こうとしている。みんな、頑張って生きている。私のやり方は、他の人と同じではないかもしれない。でも、みんな、自分の運命を探している。おじいちゃんも、きっと自分の運命を探している。私はきっと、それを尊敬している。一人一人、違った生き方がある。それでいいと思う。与えられた人生を、環境を、どう使うか、そこに輝きが生まれる余地がある。その輝きは誰かの希望になる。その希望が生きる勇気につながる。

「私は思うんです。命の大切さを言われるより、あなたが大切だって言われる方が嬉しいって。だから、死のうとしないでください。生きる意味はあります」

老人には、フェイシーが眩しすぎるように映ったのか、終始俯いたまま目を合わせようとはしなかった。

「うん、うん、わかったから。今は一人になりたい気分なんだ。一匹狼は一人にさせてくれよ」

「……!」

フェイシーは何か言おうとしたけれど、それ以上の言葉が出てこなかった。これが今の自分の限界のように思えた。

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