第18話 演習ですよ1

新入生が学園生活に慣れ始めて、最初のテストが終了した位から、学園内では授業中にも『演習』の言葉が出てくる。


 ゲームの世界と同じように、この世界には野生動物と魔物がいる。基本、魔物は地球で言う所の野生動物と同じような扱いだ。だが、普通の動物とは違って魔物は瘴気を纏い体の中に核となる物を持っている。そして、人間や動物を襲うのだ。

 それらが時々大発生をする事がある。状況が悪ければ、村が一つ壊滅状態に追い込まれる事だってあるのだから、魔物は危険な生物で有無を言わさず討伐対象となっている。

 リナニエラ自身、冒険者として採集クエストをしている時に魔物に何度か遭遇した事があるが、それほど怖いとは思わなかった。だが、こちらに襲い掛かってきたからもちろん返り討ちにしたのだが……。


「演習かあ」


 廊下を歩きながら、リナニエラはボソリと呟いた。普段一緒に行動しているチェーリアはステラと一緒に食事を摂っている。本来なら自分も一緒に食事をしている筈だったのだが、今日は少し訳が違う。


「全く、お昼の時間に呼び出して何の用なのかしら」

 

 ボソリと呟くと、リナニエラは空腹を訴える胃の辺りを押さえた。リナニエラが食事を我慢して向かっている場所は、魔法科の教師が集まる職員室だ。実は、朝リナニエラは担任から昼に提出物を集めて持って来るようにと言われてしまったのだ。面倒だとは思ったものの、教師の言う事に逆らう事は出来ない。

 なるべく急いで用事を済まそうと足早に歩いていれば、魔法科の生徒の何人かがリナニエラへと手を振って来る。それに会釈をするとリナニエラは更に歩く足を速めた。


 ジェラルドとの衝突の後、リナニエラは魔法科の面々からこうやって手を振られる事が増えた。今まで何度か貴族課の生徒に理不尽な事を言われる事があった魔法科の生徒だったが、自分がジェラルドの言葉を突っぱね、彼とアリッサが自宅謹慎になった事で、学園側も対策に動いたのだ。そのきっかけを作った自分に対しての感謝という意味なのだろう。


『まだ、殿下達は謹慎中だから、本当に平和』

 

 息を吐いて、リナニエラはジェラルド達とのトラブルのその後を考える。

 最初、ジェラルドとアリッサはリナニエラの召喚獣を奪おうとした事と風紀を乱した事で三日間の自宅謹慎となった。だが、自宅謹慎だというのに二人は学校に出なくても良いと判断をして、街中でデートをしていたのが見つかったそうだ。それが原因で、更に一週間彼らの自宅謹慎の期間は追加された。今度自宅謹慎を破った時は更に厳しい罰を課すという話が学園からあったらしく、今回の謹慎はおとなしくしているという噂だ。

 自業自得なのだが、全く懲りない二人だ。


『まあ私からすれば、ストレッサーがいないから本当に楽なんだけど』


 頭の中で不謹慎な事を考えながらリナニエラは廊下を曲がる。『演習』の言葉が出始めると、入学して最初の大きな行事だからか、何だか学園内が浮き立っているような空気が漂っているように感じる。

 今も自分が歩いている隣で話をしている生徒の話題は演習についてのようだ。『演習』という単語が聞こえてくる。

 ちらりとそちらへ目をやった後、リナニエラは廊下を進んだ。


「失礼します」


 中に入れば、色とりどりのローブを身にまとった教師たちの姿が目に入ってきた。個性をローブで表現しているのだろうか、あまりに個性的な色がたくさんある光景にリナニエラは一瞬目を奪われた。くらりと頭が回るような感覚がして、一度目を閉じた後、リナニエラは自分の担任である教師の元へと歩みよった。


「先生、頼まれていた提出物を集めてきました」


 そう言って机の上にどんと一クラス分のノートを置いてやれば、担任の教師は目を丸くした。どうやら、リナニエラ一人で一クラス分のノートを持ってくる事を想定していなかったらしい。


「あ、ああ。ありがとう。どうやって持って来たんだ? 一クラス分なんて随分重いだろうに」


 戸惑いながらも礼を口にした後、教師が尋ねてくる言葉に、リナニエラは『ああ』と自分の手を見た。


「まず、自分の腕に強化魔法をかけて筋力を増強した後、重力魔法でノートの重みを少し減らしております」


 そう言えば、彼は『ほぉ』と感心した顔をした。


 基本、許可されていない時の攻撃魔法や、魅了、洗脳といった禁忌魔法、人の迷惑になるような魔法の使い方を除けば、学園内で魔法を使う事は特段禁止されていない。その代わり、学園内で誰がどんな魔法を使ったかは、生徒、外部の人間を含めてちゃんと記録、保存をされているという。しかるべき事があれば、それを開示するという話は入学の時にされた気がする。


 そこから考えると、リナニエラの魔法の使い方は間違っていない。だが、ここまで細かい事に、魔法を使う人間が少ないという事だけだ。


「オースティン嬢は、魔法制御が得意なのだな。普通はそういう細かい作業に魔法を使おうとしても、制御が難しいんだが」

「そうなんですか?」


 そう言われて、リナニエラは自分の手を見て首を傾げた。


「難しい……ねえ」


 思わず言葉が漏れた。 

 リナニエラ自身、先ほどのような魔法を使う事に余り難しさを感じた事は無かった。それというのも、リナニエラは前世の記憶が戻ってからずっと、魔力循環を行っていたからだ。基本、魔力循環は魔法をスムーズに使う為に行うサブ的な訓練だ。

 だが、前世で異世界転生の本を読みまくり、魔法に憧れてテンションが上がり切った当時七歳のリナニエラにはそんな知識は無かった。

 『魔法を磨く』イコール『魔力循環』と思っていたからだ。

 とにかく、自分の中にある魔力を使いこなせるように毎日魔法を循環させ、時々小さな光を起こして魔法を消費させるという日々。

 そんな日々を過ごしていたせいだろう。こういった、細かい魔法での作業に、リナニエラは苦を感じていなかった。


「普通の人はそうなんだよ。どちらかと言えば派手な物が魔法だと思っている人が多いから」

 

 納得できないという顔でもしていたのだろう。補足するように続いた教師の言葉に、リナニエラは苦笑する。確かに自分も幼い頃は見栄えが派手な魔法を覚えたいという気持ちが強かった。だが、実際日常で役に立つのは派手な攻撃魔法よりは地味ではあるものの、生活魔法の方や補助魔法の方だ。だが、それに気が付いている生徒は少ない。


「……確かにそうですね」


 過去の自分を思い出して、リナニエラが返事をすれば、彼は小さく笑った。

 

「オースティン嬢は本当に何というか――。魔法が好きなのだな」

「ええ。そうですが?」


 しみじみと口にされた言葉に、リナニエラは悪びれる事無く返事をした後、首を傾げる。この魔法が当たり前の世界にいて、魔法が嫌いな人間なんているのだろうか。そんな事を考えていれば、担任の教師は額に手を当てた後、『そうでなければ、あの点数は無いか』とつぶやいた。その言葉の意味が分からずに、リナニエラが目をしばたかせていれば、彼は思い出したように、手をたたいた。


「そうだ。来月の演習の班が発表になる。オースティン嬢は冒険者としても登録をしているのだったな」

「はい。魔法科では冒険者登録が推奨とも聞いておりましたので」


 教師の質問に答えれば、彼は微妙な顔をしながらもうなずいた後、一枚の羊皮紙を手渡してきた。


「これは?」


 普段、生徒に渡される紙は木や草の繊維で作った少し黄ばんだ色をした紙だ。そこに、前世でいう所の輪転機のようなもので同じ内容を刷っているのだと、聞いた事がある。その紙に書かれた内容に目をおとせば、そこに書いてあるのは、『冒険者』として登録されている生徒たちへの連絡のようだ。

 中身を読めば、そこに書かれていたのは、演習の時有事があれば、『生徒』としてではなく、『冒険者』として活動をしてほしいというものだった。


「もちろん、ギルドを通して冒険者には依頼を出す。その中に君も含まれるという事だ」

「わかりました。生徒としてはどのくらいの人間が冒険者として?」

「魔法科、騎士科については、一定数の生徒が冒険者として登録している。その中でもDクラスを超えた生徒に依頼をしているんだ。君は確かCクラスだったね」


『さすがに、E,Fクラスの生徒には危険だろう』と続いた言葉に、リナニエラは頷いた。確かに、教師の言う事は理には適っているだろう。


「承りました。有事の際には、班行動を無視して行動する事は大丈夫なのですね?」


 一応確認しておく。何かあった時、冒険者としての任務を優先して、演習の授業をさぼって成績が悪かったなんて事になったら、目も当てられないからだ。念押しするように尋ねれば、彼は苦笑するとうなずいてみせる。


「そこは、全科、全教科の教師が承知している話だ。まあ、過去の演習から考えれば、そうそうおかしな事は起こらないがね」


 のんびりとした口調で、担任が口にする言葉に、リナニエラは微妙な顔をした。

彼は『おかしな事は起こらない』と話をしているけれども、実際、ゲームの中ではとんでもない事が起こるのだ。

 それは森の中で、いきなり魔物が大発生する事だ。

 普段の森は普通の獣が8、魔物が2の割合で出現するのだが、その時だけはほぼ9割が魔物しかも通常の倍以上の数が発生するのだ。野生動物すら襲う魔物達。

演習中の突然の出来事で、パニックになる生徒達。あの場面は、ゲームの中でも印象に残っている。


『あそこの場面だけやたらとリアルだったんだよなぁ』


 元々、自分が転生したこのゲーム ―タイトルすら覚えていないけれども― を作った会社は、ロールプレイングゲームや、シュミレーションゲームを得意としている会社でCGがきれいな事で有名だった。

 その会社が何を考えたのか突然作られた乙女ゲームが、今リナニエラがいるゲームなのだ。そのせいなのだろうか、やたらと魔物の描写がリアルなのだ。

 あの時の自分は、乙女ゲームの中でも、ロールプレイングゲームのような感覚を味わえて喜んでいたけれど、ちゃんとした乙女ゲームをやろうとしていたお姉さま方にはさぞかし不気味な物だったろう。ソフトを貸してくれた同僚が『話は面白いけど、ちょっとスチルが……』と言っていたのはおそらくこの辺りのバランスの事で間違いはないだろう。


「どうかしたのか?」

「いいえっ!」


 ついつい前世の事に思いを馳せてしまえば、怪訝そうな顔をして、担任が尋ねてくる。それに、何でもないと返事をした後、リナニエラは職員室を出た。


「演習かぁ……。面倒くさいんだよねえ」


 廊下を歩きながら、リナニエラはひとりごちる。

演習は所属する科、能力によって班が決められる。各科の生徒が必ず一人は入る事になるのだ。

 なるべく生徒の班の能力が均等になるように分けた後、森の中で与えられた課題をこなしながら一日過ごす。

 その時の食事や携行品も班で打ち合わせをして決めるのが慣例となっている。

 とはいえ、貴族科、騎士科、魔法科と授業のカリキュラムが違うため、科が違えば同じ班と言えども顔をあわせる事はほとんどできない。連絡は取り合うものの、それは書面だけのやりとりだけで演習の時に初めて班員と顔をあわせるという事も珍しくないのだ。


『さて、どんな人に当たるやら……』


 出来れば、穏便に一日が住んでくれるような人が良いなと考えて、リナニエラはため息をつきながら、教室へと戻った。


 

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