魔法ともふもふが好きなんですそれ以外は勘弁してください

もりした

第1話 恋よりは魔法です 

「よしっと!」


 図書館の片隅の机の上におかれたたくさんの本、それらに囲まれながらリナニエラはにししと笑みを浮かべた。そこにあるのは、たくさんの魔法に書かれた本だ。小さな子供が読むような魔法の教本から、専門家が読むような難しい本もあった。それを一つ一つ手にとりながら、ページをめくる。


「やっぱり、子供の本もバカにならないわね。簡単だけど真理が書いてあるわ」


 子供用の魔法の教本を手にして、ページをめくれば大きな文字と分かりやすい言葉でかかれた文面が目に飛び込んでくる。ある意味、曲解して書かれているわけではないので、文章としてはシンプルだ。今、学園で魔法の授業を受けているせいか、この絵本が教科書のどこにつながっているのかがわかるからか、


『ほぉほぉ』


と考え込んでしまうところがいっぱいだ。

 今まで授業で習っていたのとは違う切り口で魔法の事を知れた気がして、リナニエラは引き込まれるようにして、文面を目で追う。文字を追いながら、内容を咀嚼して自分の知識にする。そして、得た知識を自分の手元に置くために、必要な部分を目で追いながら、ノートへと書き連ねていった。


「ふぅ」


 どれくらいの時間が経ったのか、気が付けば図書館の窓からさしこんでいた日差しはオレンジ色に変化していた。どうやら、リナニエラはかなりの時間集中をしていたようだ。その証拠に、ずっと書き連ねていたノートにはぎっしりと文字が並んでいる。


「やだ、手が黒くなってしまっているわ」


 インクでかいているときに何度か引きずってしまったのだろうか、リナニエラの右手には黒いインクがところどころ付着していた。それを見て、一つ息を吐いた後、浄化魔法で手をキレイにする。


「こういうところは、魔法があるから便利よね」


 一人つぶやいて、リナニエラは自分の周囲にある本を片付ける事にした。そろそろ図書館も閉館の時間だ。この図書館の主である司書のクレアに何かを言われる前に帰る方がよいだろう。一度、本に夢中になって閉館時間ギリギリになった時、彼女の怒りはすさまじかった。あれをもう一度受ける気にはなれない。

手早く本を借りてきた本棚に入れた後、リナニエラは自分が勉強のために座っていた机に戻った。


「あ……」


 だが、席へと戻れば自分が座っていた場所の正面に一人の男子生徒が座っているのが見える。見覚えのある姿にリナニエラは顔をしかめた。


「何かご用かしら? 騎士課様」


 つんけんとした態度でそういえば、『騎士課様』と呼ばれた少年は苦笑しながら、リナニエラはを見つめる。彼を騎士課だと呼ぶのは、彼の制服のネクタイが騎士課の色である緑のラインだからだ。


「おいおい、騎士課様はないんじゃないですか?」


 苦笑いで話しかけてくる黒髪の少年に、リナニエラは目を細めた。『騎士課』と呼ぶのは、彼の名前を知らないからだ。

 別に呼ぶつもりもないけれども――


「そっちこそ、私には婚約者がおります。うかつに近寄らないでいただきたいわ」


ここ最近、図書館で絡まれる事を暗にさしながら、チクリと嫌味を言えば、彼の口元がゆがんだ笑みを形どった。


「婚約者……ねぇ」


 少し考えるような言葉とそぶりに、リナニエラは顔をしかめる。正直、リナニエラは彼は苦手だ。名前も知らない騎士課の生徒だという事は知っている。その黒髪は、闇よりも深く鋭い眼光を持った瞳は、金とも銀ともつかない複雑な光を発している。その目に見つめられると、なんだか自分の奥底にある感情まで見透かされてしまいそうで、リナニエラは怖くなってしまうのだ。

 それを気取られないように、強気な態度で彼を見つめれば、司書室の方からコツコツと足音が聞こえてくる。どうやらタイムリミットのようだ。鞄の中に、インクやノートをしまうと、リナニエラは近づいてきたクレアに会釈をした後そそくさと、図書館から出た。廊下に出れば、授業が終わった直後は人が多かったそこも、今はしんとしている。


「やだ、遅くなってしまったかしら?」


 いつもよりも、廊下が暗い事に気が付いて、リナニエラがつぶやけば、後ろから追いかけてきた男子生徒がライトで周囲を照らす。

 ぼんやりと自分の周りだけ明るくなったそれに、思わず彼を見上げれば『ここから戻るには少しくらいだろ?』と返してくる。それに素直に礼を言って歩き始めれば、窓の外ちょうど中庭に当たる場所から、少女の楽しそうな笑い声が聞こえた。

 見れば、そこにいるのは自分の婚約者であるこの国の第三王子であるジェラルドと男爵令嬢であるアリッサだった。他にも何人か男子生徒がたむろっているのが見えて、リナニエラは顔をしかめた。


「気になるのか? 婚約者殿が他の女性に気を取られているのが」


 隣を歩く男子生徒がにやにやとしながら尋ねてくるけれども、リナニエラはそれに首を横に振った。


「……別にそうじゃありませんわ。あそこにいる方々は皆さま婚約者がいらっしゃる方々ですけれども、お相手の皆様は知っていらっしゃるのかしらと」


 他人事のようにつぶやけば、なぜか隣の彼は額に手をあてて首を横に振った。

「君は腹が立たないのか?」


 直球で尋ねられる言葉。それに、リナニエラは口元をゆがめる。


「そうですね。人として最低限のマナーを守れない方に怒りを覚えてやきもきしても生産的じゃありませんわ。それなら、魔法理論を読んでいた方がマシです」


 きっぱりと言い切れば、隣を歩く彼はプッと思わず噴き出した。そのまま肩を揺らして笑う姿に、リナニエラはぽかんとした顔をする。ライトの魔法で顔がしっかり見えるせいか、彼が本当に笑っているのがわかって、なんとなく、面白くない。


「君は面白いな」


 くつくつと肩を揺らして笑う男子生徒は自分の目じりにたまった涙を指で拭った後、リナニエラはの髪の毛をなでた。


「な、なんですの?」


 いきなりなれなれしい態度になった彼に、思わず警戒すれば、彼は笑いながら両手を肩のあたりまで上げる。どうやら、謝罪のつもりのようだ。それに、ため息をついた後、リナニエラは廊下の突き当りまで行くと、頭を下げる。


「私はここから馬車乗り場に向かいます。あなた様もお気をつけて」


 ありがとうございますと付け加えれば、『カインだ』と彼の言葉が返ってきた。


「? え?」


 何を言われたのか分からずに、首を傾げれば彼は『俺の名前』と付け加えてくる。


「カ、カイン様ですか?」

「今度会ったらそう呼んでくれ」


 そう言われて、リナニエラに背中を向けて歩き始めたカインをぽかんとした顔で見つめる。


「何?今の?」


 いきなりやってきた嵐のようなカイン彼の態度に、リナニエラは戸惑う事しかできなかった。

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