第43話 変身の魔法
絹子の母親に案内されて、部屋に入ると、白無垢姿の絹子がいた。綿帽子はまだかぶっていないが、着付けられ髪を結われ、あとは化粧をするだけだ。
「おはようございます、絹子さん。本日はおめでとうございます」
「美澄さん、おはようございます。ホテルの方も忙しいのに、わがままきいてくださってありがとうございます」
「わがままだなんて、一生に一度のことですから、どんどんわがまま言ってください」
美澄がそう言えば、嬉しそうに笑う絹子がいる。これから化粧をすれば、とても綺麗になるだろう。一生で一番綺麗な日を、柴助にも見せてやりたいと思った。
「お化粧していきますね。体調はどうですか?」
「大丈夫ですわ」
「気分が悪くなったりしたら、すぐに言ってくださいね」
「はい」
持ってきた化粧ボックスを開けて、化粧水と乳液を出す。それをコットンにたっぷり乗せると、絹子の顔に塗っていく。
「今日は天気が良くてよかったですね」
「そうですね」
「太郎さんはお天気雨が降るだろうと言ってましたが」
「狐の嫁取りですからね」
化粧水、乳液と塗っていったら、今度は化粧下地をしっかり塗っていく。その上にコンシーラーを塗って肌の色味を調整すると、今度はファンデーションだ。
「今日は長丁場ですし、お写真もたくさん撮られるでしょうから、しっかり塗っていきますね」
「お願いします」
「お色直しのときに、化粧直しは一応しますので」
「はい」
眉を整え、チークを乗せる。そうしてアイラインを引いていくと、顔つきが変わっていくようだった。アイシャドウをしっかりと塗って、マスカラを塗る。白無垢に映えるように、少し朱色の入った赤の口紅を引いた。
「できましたよ」
「凄い。私じゃないみたいです!」
「一番綺麗な日ですからね」
「父様にも見せたかった……」
「まだ来ないと決まったわけじゃありませんよ!」
くすんと今にも泣きそうな絹子を美澄が励ます。
「お母さんが引きずってでも連れてくると仰ってましたし、お義父さんもなにやら画策しているようですし」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「全然! 太郎さんの大切なお友達ですもの」
「では美澄さん、私ともお友達になってくださいませんか?」
「え?」
高校までの友達は、美澄が東京に行ったことによって疎遠になった。東京の友達はもちろん今はすぐ会える距離にいない。
ここでの美澄の友達はほぼいないと言っていい。
「ダメですか?」
「いえ! 嬉しいです! 地元での友達とはみんな疎遠になっていたので」
「よかったですわ」
ほっとして笑顔になる絹子に、美澄もほっとする。今泣き出されては、せっかくの化粧が崩れてしまうし、結婚式の日に悲しい涙は流させたくなかった。
竹刀がないなら、そこら辺の木の棒でも持って殴り込みに行ってやろうかと思っていると、締め切った襖の向こうから太郎坊の声がした。
「美澄さん、お化粧終わった?」
「終わったわよ。あとは綿帽子かぶせてもらってできあがり」
襖を開けると、太郎坊と一緒に胡一郎と母親たちがいる。ちょうど着付け終わったのか、胡一郎は羽織袴姿になっていた。
胡一郎の着付けを終えた着付け担当の女性が、絹子の控え室に入ってくる。
「胡一郎さんの準備も終わったんですね」
「入っても?」
「ちょっと待ってください」
振り返ると、着付けを担当した女性が綿帽子をかぶせるところだった。かぶせ終わって女性からOKをもらったら、外に声をかける。
「入っていいそうです」
「まぁー綺麗よぉ、絹子」
「絹子ちゃん、綺麗になって。ほら、胡一郎。言うことないの?」
「え? う、うん。綺麗になってる」
「そういうとこはお父さんそっくりなんだから」
「私も美澄さんにお化粧直ししてもらいたいわぁ」
「いいわね、私もお願いしようかしら」
わいわいとみなが楽しそうに控え室に入ってくる。
今日は幸せな日なのだ。
ほんの少し前にあった自分の結婚式を思い出す。
両親が綺麗だと誉めてくれて、航平が馬子にも衣装だと言って母親に叩かれたり、太郎坊が手放して喜んでくれたり、雷鳴坊と櫻子が嬉しそうにしていたり。
そんなのが当たり前の日でなくてはいけない。
「太郎さん、ちょっと……」
「ん?」
賑やかな控え室を太郎坊の腕を掴んで出る。
「美澄さん、どうしたの?」
「竹刀じゃなくても、木の棒でもいいから持って、胡一郎さんと絹子さんの実家に行くわよ」
「え!?」
「だってせっかくの結婚式なのよ? 父親が来てくれないのは可愛そうだわ。殴ってでも連れてきましょう。時間はまだあるし」
「美澄さんはときどき過激だなぁ」
「だって……」
「父さんがもうすぐ到着するってよ」
そう言って太郎坊に見せられたスマホの画面には、雷鳴坊から「もうすぐそっちに行くよ」と書いてあり、ハートマークのおまけつきだった。
確かにあとで行くとは言っていたが、これはどういうことなのだろう。そう思って太郎坊を見ると、いつもの笑顔が返ってきた。
「なんか画策してたから、それが上手くいったんじゃない?」
「あの2人が来るの!?」
「そう願いたいね」
「どっちなのよ、もう」
やきもきしていたら、控え室から美澄を呼ぶ胡一郎の声がする。
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