第38話 幸せの報告

 次の週末、美澄は美也とともに、胡一郎と絹子の結婚式の相談に乗っていた。

「では、お食事はこのプランで、式の進行はこちらになります」

 手慣れた様子で美也が案内する。そういえば美澄と太郎坊の結婚式のときも、美也がプランを案内してくれていた。

 天堂ホテルでの披露宴は数は少ないがないわけではないらしく、一応ちゃんとしたプランが組まれている。

 ホテル内に神社もチャペルもないため、町で一番大きな神社に行って式を挙げてもらい、ホテルで披露宴という形になる。

 胡左衛門と柴助の大喧嘩から一週間、県内は梅雨入りして、今もしとしとと雨が降っていた。

「でもそんなに急いで披露宴しなくても……」

 2人が出した日程は、今月末の土曜日だった。準備まで一ヶ月しかない。

 太郎坊と美澄の結婚式も急に決まったものだったから、準備期間はそんなものだったが、普通はもっと準備に時間をかけるものではないだろうか。

 そう思って美澄が口を挟むと、胡一郎と絹子ははにかんで顔を見合わせた。

「赤ちゃんができたんです」

「だから、早く式をあげたくて」

「わぁーおめでとうございます! それ太郎さんは知ってます?」

「いえ、まだ言ってません」

「太郎さんも知ったら喜ぶわ。今呼んできます」

 今頃太郎坊は事務所で仕事をしているはずだ。きっとこの吉報を聞けば喜ぶだろう。呼びに行こうと立ち上がる美澄を、美也が制した。

「お待ちください」

「え?」

「こういうときは百太を使うんですよ。百太!」

 悪戯っぽく笑って美也が百目の百太を呼ぶ。そうするとテーブルの真ん中に目が開いた。

「人使いが荒いですよ、美也さん」

「話は聞いたでしょう。坊ちゃんを呼んできて」

「分かりました」

 目が閉じ、すうっと消えたかと思うと、事務所のドアが開いて太郎坊が走って出てきた。

「早い」

「でしょう?」

「胡一郎たちから大事な話があるって、なに?」

 百太から大事な話があるから来いとでも行われたのだろう。不安そうな顔の太郎坊がラウンジにやってきた。

「太郎。絹子に赤ちゃんができた」

「え? 本当に?」

「うん」

「よかった! それじゃあ準備しっかりしないと!」

「だから早く式を挙げたくて、美也さんと美澄さんにはご迷惑をおかけします」

「いえいえ、こちらは全然」

「そうですよ! 無事式を終わらせて、元気な赤ちゃんを産んでくださいね」

「ありがとうございます」

 幸せそうに笑う2人に、美澄も太郎坊と顔を合わせて笑う。

 でもまだ前途は多難だ。

 決めなくてはいけないことは多いし、なによりあの父親たちが首を縦に振っていない。

「ドレスと白無垢はレンタルで決めてらっしゃいましたよね?」

「ええ、今日の午前中に」

「あとは列席者の名簿ですが……」

「みな親戚で近所に住んでいるので、一応出欠の封書は出しますが、確定だと思ってください」

「胡一郎、お父さんたちは来てくれるの?」

 2人が出した名簿には、もちろん胡左衛門と柴助の名前がある。それを見た太郎坊がそう聞くが、胡一郎はゆっくりと首を振った。

「まだ説得中。といっても話を聞いてもらえない状態だけど」

「父様に白無垢姿見せたいのに……」

「絹子……今は母さんに説得を頼んでる途中なんだ」

「そっか」

 暗くなる雰囲気を、美也が察して話題を変える。

「お2人とも、まだ決めることはたくさんありますよ」

「そ、そうですよ。披露宴で流す音楽とかムービーとかどうします」

 リストを見ながら、美澄も援護する。ほんの数ヶ月前に自分たちの結婚式をあげたのだ。覚えていることはたくさんある。身内のみという規模も似ているから、アドバイスがしやすい。

「そうだった……音楽は絹子の好きなアーティストで決めて、ムービーなぁ……」

「それならこれ使ってよ」

 そう言って太郎坊がポケットから写真を取り出す。それは先日クローゼットから引っ張り出してきたものだ。

「わ、懐かしい!」

「本当! 胡一郎くんも太郎くんも小さい」

「これ小学校のときのだ。こっちは高校」

「3人で撮ったのもあるわ」

「胡一郎たちが忙しいと思って探しておいたよ」

「太郎……ありがと」

「ありがとう、太郎くん」

 素直に感謝を述べる2人に、太郎坊も嬉しそうだ。

「ムービーはこちらで作って、音楽と一緒に来週渡せるようにしておきます」

「そうですか。では式の流れを書いた紙はこちらになります。金額はこちらです」

「美也、少し勉強してやって」

「言われなくてもわかってますよ」

 そう笑って、美也が電卓を叩く。

「胡一郎さんも絹子さんも小さい頃から存じてますからね。他のみなも楽しみにしてますよ」

「ありがとうございます」

「今日の打ち合わせは以上になります。何か質問はありますか?」

「いえ、大丈夫です。太郎の実家は信頼がおけますし」

「それはありがとうございます」

 次の打ち合わせは来週の土曜日ということになった。一ヶ月しかない準備期間に決めることはいっぱいある。

 ロビーに飾ってある時計が5時を指して、音が鳴る。午後からずっと打ち合わせをしていたから2人も疲れているだろう。

 それでも2人の顔は幸せそうだった。

 2人が立ち上がって帰ろうとしたとき、入り口が開いて一気に賑やかな声が聞こえてきた。

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