第37話 父たちの対決

「胡左衛門、なんでここにおるんじゃ!」

「相変わらず声のデカい狸だな。五月蠅い」

 すましたように聞き流すのは胡左衛門だ。

 どうやら同じ時間に到着したらしい。

 今日の柴助はお面をしておらず、2人ともスーツ姿に素顔をさらしている。その顔は表情は違えども、胡一郎と絹子によく似ていた。

「父さん」

「父様」

 お互いを牽制している胡左衛門と柴助に、胡一郎と絹子が声をかける。そうするといがみ合っていた2人の声が幾分和らいだ気がした。

「ああ、胡一郎。先についていたのか」

「おお、絹子。一緒に来ればよかったのに」

 そう言って自身の子に近寄る姿は父親そのものだ。

「全くなんでこんな日に狸に会わねばならんのだ」

「それはこっちの台詞じゃあ。絹子の大事な日に、なして狐の顔を見んにゃいけんのじゃ」

「「で、お前の結婚したい相手はどこだ?」」

 見事なユニゾンで胡左衛門と柴助が聞く。

 声がかぶったことにまた2人がにらみ合った。それを胡一郎と絹子が止める。

「父さん、僕の結婚したい人はここにいます」

「父様、私も同じよ」

「は?」

「へ?」

「「まさか」」

 父親同士の顔が青ざめる。

 お互いの子同士が付き合っていると思っていなかった2人が、悲鳴じみた声を上げる。

「こ、胡一郎、それは本当に言っているのか?」

「絹子、本当に狐の息子とか?」

「そうです、父さん」

「ええ、父様」

 胡一郎と絹子が頷いて、そっと手を繋いで寄り添う。

 それを見た胡左衛門と柴助がお互いをぎっと睨みつける。

「よくもうちの息子をたぶらかしてくれたな!」

「それはこっちの台詞じゃあ。うちの可愛い絹子に手ぇ出しよって!」

「なんだと!?」

「たぶらかしは狐の十八番じゃろうが!」

「よくもうちの息子を貶めてくれたのう」

「うちの絹子をたぶらかしよってなんじゃ!」

 当事者である胡一郎と絹子を取り残して、父親たちの口げんかはヒートアップする。

 外の雨は粒が大きくなり、本降りになった。胡左衛門と柴助の顔には黄色の毛と茶色い毛が生えだしている。耳が顔を出すのも時間の問題かもしれない。

「た、太郎さん……」

「なに、美澄さん……」

「これは私の厄は関係ないよね?」

「ないよ! だ、大丈夫だから、美澄さんは僕の側を離れないで」

「わ、わかった」

 2人の霊力が漏れ、床が揺れる。天井のシャンデリアは揺れ、電灯がちかちかと点滅する。

「柴助ぇ! 絶対許さんぞ!」

「胡左衛門! こちらこそ許せるか!」

 窓に叩きつける雨粒が大きくなった頃、2人の頭から獣耳が顔を出し、顔が狐と狸そのものになてきた。

「父さん、やめてください!」

「父様!」

 子たちの叫びも聞こえないのか、2人ともにらみ合ったまま霊力を放つ状態だ。それはただの人間である美澄にも見えるくらいあたりにバチバチと放たれている。

「2人とも! もうちょっと冷静に話し合ってはいかがですか!」

 痺れを切らした美澄が、そう叫ぶ。竹刀が手元にない今、訴えられるのは口だけだ。

「美澄さん!」

 太郎坊が美澄の口を塞ごうとするが、それを手で阻止する。

「いい大人がなに喧嘩してるんですか! 仲良くしているお子さんたちを見習ったらどうです!?」

「人間ごときが」

「小娘が我らの間に口を挟むな」

 2人の霊力が美澄に向かって放たれる。

「きゃっ!」

「美澄さんっ!」

 キンっと高い音がして、床に雪芽にもらった根付けの石が砕けていた。ポケットに入れていたスマートフォンにつけていたのが、外に出ていたらしい。

「太郎さん、これ……」

「雪女の厄除け石が美澄さんを守ってくれたんだよ。でも、そろそろこれは危ないな」

 太郎坊がそう言うと、受付から雷鳴坊が出てきた。

「派手にやっていると思ったら、これはこれは……」

 呆れたようにそう言って、美澄たちの前に立ちふさがる。

「太郎たちは受付の中に入ってなさい」

「わかった。行こう、美澄さん、胡一郎、絹子」

「でも、父さんたちが……」

「うちの父さんに任せとくといいよ」

 心配そうな胡一郎と絹子の背中を押して、太郎坊と美澄も受付の裏に隠れる。

「胡左衛門、柴助」

「雷鳴坊か……」

「今は口出さないでもらおうか」

「うちのホテルだ、口出させて貰おう」

 獣の顔になった2人が、雷鳴坊を睨む。それに動じることなく、雷鳴坊が口を開く。

「我が子の幸せを願えんとは何事か!」

 雷鳴坊が大声を出した瞬間、雷が落ち、ふっとあたりが暗くなった。

「あらやだ停電? そこまでしないでって言ったのに。ブレーカーブレーカー」

 事務所から顔を出した櫻子がのんびりとそう言う。しばらくするとまた電灯が点いた。

 胡左衛門と柴助は少しだけ頭が冷えたのか、獣の顔から人の顔に戻っている。

 霊力を使ったからか、肩で息をしている胡左衛門も柴助もすっかり人間の姿だ。

 そうして胡左衛門が胡一郎を呼ぶ。

「胡一郎!」

「なに、父さん」

「狸の娘と添い遂げたいというのなら、勘当だ」

「そんな……」

「絹子、儂も認めんからな」

「父様!」

 泣き崩れそうになる絹子を胡一郎が支える。それを一瞥して、胡左衛門も柴助も来たときと同じように2人で出て行き、それを青次が見送る。

 外は大雨が落ち着き、しとしととした小雨になっている。それでもホテルの中は重苦しい空気になっていた。

「全く、胡左衛門も柴助も大人げない」

「雷鳴坊様、ありがとうごうざいます。父たちを止めてくださって」

「2人とも負けるでないぞ?」

「はい! 結婚するのはもう決めていますので、あとは父たちの説得だけです。たった今失敗しましたけど……」

「たまには強硬手段も必要かもしれんな」

「え?」

 胡一郎と絹子の不安そうな顔を吹き飛ばすように雷鳴坊が笑う。

「なに、我が子の幸せを願わん親はおらん。ただ少し意地をはっているだけよ」

「だといいのですが……」

 それから2人も一緒に昼食を取った。

 今日のために米とぎ婆のおヨネが用意したのは、大人のお子さまランチだった。チキンライスにハンバーグ、エビフライに唐揚げにサラダ。みなが気を揉んで疲れているだろうからという、おヨネなりの配慮だった。

「美澄さんも、父たちを怒っていただいてありがとうございました」

「怖かったでしょう。霊力をぶつけるなんて」

「いえ、私が勝手にやったことですから。竹刀を持っていたら叩きに行っています」

「はは、太郎はよいお嫁さんをもらったようだ」

 胡一郎と絹子の顔に少しだけ笑みが戻る。

 結婚式が無事にできるよう、美澄は自分にできることを精一杯しようと思った。


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