第35話 大事な日の朝
胡一郎と絹子の家族の顔合わせの日は土曜日だった。
朝起きて美澄が太郎坊と一緒にリビングに行くと、魚を焼くいい匂いがしてきた。ソファーでは櫻子がくつろいでいて、台所では雷鳴坊が動いている。
今朝の朝食を作っているのはどうやら雷鳴坊らしい。いつも雷鳴坊が作るときはパン食が多いが、今日はご飯食のようだ。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう。まだご飯できないから、美澄さんは素振りして、太郎坊は見てたらいい」
台所の中から、雷鳴坊がそう声をかける。
それに甘えて美澄はすぐに竹刀を取って、庭に降りた。
「今日はしっかり素振りしないと」
「どうして?」
「まだあの柴助……さんと胡左衛門……さんが来るんだし、もしなにかあったらよ」
「美澄さんはなにもしなくていいの」
「でも……」
「そういえば、雪芽さんにもらった根付け持ってる?」
「ええ。スマホにつけてるわ」
「肌身離さず持っててね。美澄さんを守ってくれるから」
「わかったわ」
会話をそこで切り、素振りに専念する。太郎坊の視線を浴びながらの素振りももう慣れた。
今日は胡一郎と絹子にとって大事な日だ。なんといっても犬猿の仲である胡左衛門と柴助が対峙して、しかも結婚の許しを得なくてはいけないのだから。
美澄にできることなどなにもないかもしれないが、太郎坊がそわそわしているからか、美澄も落ち着かなくなる。
素振りは逆立った美澄の心を優しく撫でてくれるようで、日課の100回が終わる頃にはいつもの美澄に戻った気がした。
「98、99、100!」
「お疲れさま、美澄さん。今日も素敵だったよ」
「最初は全然ダメダメだったけどね」
「どうして?」
「だって、なんかそわそわしちゃって……」
「ごめんね、僕がそわそわしちゃってるから」
「それは仕方ないわよ。大事な友達の大切な日だもの」
「そうだけど」
「大丈夫よ、素振りをしたらいつも通りなの。お腹空いちゃったわ」
美澄がそう言うタイミングで、台所から声がかけられる。
「2人とも、朝ご飯ができたよ」
「行こう、美澄さん」
「うん」
2人で中に入れば、ダイニングテーブルの上には品数の多い朝ご飯が置かれていた。
卵焼きに鯵の開きを焼いたもの、ほうれん草のお浸しに納豆、生卵に味付けのり、それにご飯と大根のお味噌汁が今日の朝食だ。
「ホテルの朝ご飯みたい……」
「父さんどうしたの?」
「あの2人が今日来ると思ったら、しっかり食べておかないとな!」
「朝からはりきっちゃって今日は自分が作るって言って聞かなかったのよ、お父さんったら」
どうやら雷鳴坊も、今日の顔合わせに緊張しているようだ。
「僕たちの顔合わせの時だって、そんなに作ってなかったよ」
「あの2人が顔を合わせるのは太郎坊が高校の時以来だからな。しかもその時は、学校で争うわけにはいかないから大人しくしとったが、今日はうちのホテルだからなにするかわからん」
そう言いながら雷鳴坊が味噌汁をよそう。それをダイニングテーブルに運び終わると、朝食の準備が終わった。
全員が自分の席に座ると、いただきますと言って食べ始める。
「来るのは何時だったかな?」
「11時。でも胡一郎たちはちょっと早く来るって」
「2人とも子供たちが付き合ってるって知らないのよね?」
櫻子が面白そうに聞く。雷鳴坊とは反対に、リラックスしていつも通りだ。
「知らないはずだよ」
「柴助なぞ、愛娘に彼氏がいたというだけで卒倒しそうだな」
「そうだねぇ」
「まぁ、うちには美澄さんがいるからな」
「え!?」
「もー父さん! 美澄さんに危ないことさせるつもりはないからね!」
「わかってるわかってる」
ケラケラ笑って、いつの間にか今朝もいつもと同じ朝食風景だ。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
全員綺麗にたいらげて、そう言うと、一斉に片付け始める。自分の使った茶碗や皿を流し台に持って行くと、洗うのは雷鳴坊と太郎坊の役目だ。
その間に櫻子と美澄は化粧をしたりと準備をするのが、いつの間にかできた習慣になっている。
雷鳴坊と太郎坊曰く、女性の方が支度に時間がかかるからというものらしい。
2階の自室で化粧をして、制服を着て戻って来ると、櫻子の支度も終わっていて、雷鳴坊と太郎坊の片付けも終わっていた。
「お待たせしました」
「大丈夫だよ、美澄さん。今終わったところだから」
「それじゃあ出勤しようか」
「はい」
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