第34話 冒険の先のめでたし
その夜、お風呂から上がって寝室に行くと、先にお風呂をすませていた太郎坊が、クローゼットに頭を突っ込んでなにやら探していた。
「なにしてるの?」
「写真」
「写真?」
「胡一郎たちの結婚式で使うかなって」
クローゼットから生還した太郎坊の手にはアルバムがあり、段ボールが引きずり出された。
「わぁ、これ全部写真?」
「小さい頃のは倉庫に入ってるよ。僕たちの結婚式でも使ったのは上の方にあるんだけど」
ほぼお付き合い期間のなかった太郎坊と美澄は、お互いの知らない幼い頃の写真を結婚式のムービーで初めて見たと言っても過言ではない。
準備で忙しかったから、写真だけ渡すと、パソコンが得意な豆腐小僧の東吾がぱぱっと動画を作ってくれたのだ。
段ボールを開けると綺麗にアルバムが並んでいた。
「見ていい?」
「いいよ」
アルバムを開けると、高校生の太郎坊がこちらを向いて笑っていた。その横には胡一郎と絹子もいる。
「仲いいんだね」
「ん?」
太郎坊が寄ってきて、美澄の手元にあるアルバムをのぞき込む。
「ああ、胡一郎と絹子? お互い妖怪だってわかってたしね。これは学園祭のときだな」
「なにをしたの?」
「定番のお化け屋敷。一年のときは3人とも同じクラスだったから、一緒にやったよ。こっちは遠足。これはクラスの写真部のやつが撮ったやつ」
「太郎さんと胡一郎さんっていつも一緒ね」
「妬ける?」
「太郎さんは妬いてほしがりね」
「だって美澄さんから愛されてるみたいじゃない?」
「……みたい、じゃないでしょ」
太郎坊の腕が美澄の肩に回される。そのまま後ろから抱きしめられる形になった。
「太郎さん?」
「意外と殺し文句だね、美澄さんのそれ」
「そう?」
「そうだよ」
「ねぇ、もっと写真見ていい?」
「いいよ。今度美澄さんの実家に行ったとき、美澄さんの昔の写真見せてくれたらね」
「いいわよ」
別のアルバムを見ると、中学校の入学式が出てきた。思春期なのか少しだけそっぽを向いた太郎坊と今より若い櫻子、そして変わらない雷鳴坊が中学校の門の前で写っている。
その次のページは中学入学のお祝いなのか、今と変わらない従業員のメンツと一緒に撮った写真が何枚も貼られていた。
「みんな変わらないのね」
「妖怪だからね」
「胡一郎さんと絹子さんも太郎さんみたいに人間とのハーフなの?」
「ううん。2人とも純血だよ。お母さんも狐と狸の妖怪。どっちもお母さんが強くてね。お母さん同士は仲いいみたい」
「そうなんだ。じゃあ今回の結婚もお母さんが許してくれてるみたいだし、スムーズにいくんじゃない?」
「どうだろう」
ぎゅっと太郎坊の腕に力が込められる。甘えられているのだとわかったから、そっとその胸に身体を預けた。
「胡一郎さんと絹子さん、いつから付き合ってるの?」
「高2。バレンタインのときに胡一郎が告白したんだよ」
「素敵ね」
「胡一郎からも絹子からも相談されまくってたなぁ。あの頃は」
「告白のあとは?」
「告白の後も。2人とも相談事は僕にするんだもん。大学は2人とも九州に行ったんだけど、それでも相談があると電話やメールがあったよ」
「……無事お許しが出るといいわね」
「うん」
太郎坊も不安なのだろう。大事な幼なじみたちの結婚がうまくいくかどうかわからなくて。
励ますように回された腕をぽんぽんと叩くと、いつになく気弱な声が返ってきた。
「胡一郎も絹子も頑固だから、最後は絶対結婚すると思う。でもどうせなら祝福されて結婚してほしい」
「そうね」
開かれたアルバムの中には、幼気なく笑う高校生の3人がいる。将来結婚で悩むことがあるなんて知らない笑顔がそこにある。
「ところで太郎さん」
「ん?」
「ちょっとアルバム広げすぎちゃったかもしれないわ」
「あー」
ふと見回すと、あちらこちらにアルバムが散乱している。あれこれと見ているうちに、どんどん広げてしまったらしい。
「アルバムって見てると時間が過ぎるし、広げちゃうんだよね……片付けなきゃ」
「いいよ。どうせ胡一郎の結婚式用の写真探してやらないといけないと思うし」
「胡一郎さんのとこにも同じのがあるんじゃないの?」
「結婚式の準備って忙しかったから、手伝ってやりたい」
太郎坊と美澄の結婚式は決まってから一ヶ月しかなかったから、とにかく大変だった。いくら身内しか呼ばないこじんまりとした式だったとしても、決めることは多い。
その負担を少しでも減らしてやりたい太郎坊の気持ちはよくわかる。
「なら、これはこのままかしら?」
「そういうこと」
「写真が痛んじゃうから開いてるのは閉じるわよ」
「うん」
開いていたアルバムを閉じて、端に寄せて、重ねる。それだけでもベッドへの道が開通した。
閉じるたびにまだ見ていないページがちらりと見えて、見たい気持ちを必死におさえるのが大変だった。どのページにも見知らぬ太郎坊がいるのだから。
「もうこんな時間だし、寝ましょ」
「そうだね」
立ち上がろうとした美澄の身体がふわりと浮く。太郎坊にお姫様抱っこされているのだと気がついたのは、目の前に太郎坊の顔があったからだ。
「ベッドまで運ぶよ」
「いいわよ。すぐそこなんだから」
「すぐそこまでだから運ばせてよ」
「……」
大事なものを運ぶように、太郎坊がベッドに美澄を置く。そうしてそのまま横に寝転がった。
「顔合わせ、うまくいくといいなぁ」
「そうね……そうやって友達思いの太郎さん、私好きよ」
素直にそう言ってみると、きょとんとした顔の太郎坊がこちらを見ていた。
「太郎さん?」
「だって美澄さんが好きとか言ってくれるの珍しいじゃない」
「まぁ、たまには」
「僕からプロポーズしたし、僕ばっかり好きなのかと思ってた」
「ちょっと冒険してみたくなったのよね」
「冒険!?」
あの日、「結婚してください」と言った太郎坊の目線の先にあるものを一緒に見たくなった。
太郎坊が差し出した愛情という湖の中に、飛び込んでしまいたくなったのだ。
そこは案の定心地が良くて、自分の中の気持ちの変化がよくわかった。自分がこんなにも素直に人を好きになれるのだと知ったのは結婚してからだ。
「美澄さんのその冒険の先にはなにがあるの?」
「めでたしめでたしってやつよ」
「それは素敵だね」
「でしょう?」
くすくす笑って、ベッドサイドに置いてあるリモコンで部屋の電気を常夜灯に変える。ふっと暗くなった中でも、太郎坊が笑っているのが見えた。
「おやすみ、美澄さん」
「おやすみ、太郎さん」
一日の最後に見るのが、好きな人の笑顔であることがこんなにも幸せなんだと、美澄は思いながら眠りについた。
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