第21話 それは恋のような

「あれ? 平花が化けてる。珍しいね」

 声がして、太郎坊がひょっこりと事務所に顔を出す。

「青次が風邪を引いてしまって、平花が代わりにドアマンをすることになったんです」

 チェックアウトとチェックインの客の受付簿を見ていた美也がそう答える。

「美澄さんが人の化粧してるとこ見たかったなぁ」

「いつも私が化粧してるところ見てるでしょ」

 美澄が言うと、信じられないものを見る目で美也も平花も太郎坊を見る。

「坊ちゃん、女性の化粧姿を見るもんじゃありませんよ」

「そうですよぉ。ありえないです……」

「だって、美澄さんの化粧してる姿、素敵なんだよ。どんどん綺麗になっていくし」

「まさか着替えとか覗いてないでしょうね?」

「それはしてないよ」

「若奥様、なにか嫌なことをされたら仰ってくださいね。こちらは坊ちゃんのおしめも替えたし、イヤイヤ期にも反抗期にも付き合った妖怪たちですから」

「あ、ありがとうございます」

 毎朝美澄が化粧をする間、太郎坊は暇なのか傍にいてずっと興味深そうに見ている。そんなになにが楽しいのか分からないが、結婚して今日まで毎朝だから、太郎坊の興味を引くものがあるのだろう。

「ひどいなぁ。平花、綺麗になってる。流石、美澄さん」

「平花さんはすっきりとした顔立ちだから化粧が映えてよかった」

「地味顔なんですよぉ」

「化粧映えして変わるのは地味顔ですよ!」

「さて、化粧ができたらもう大丈夫ですね! 平花! ドアマンの仕事してもらうわよ」

 受付簿をぱたんと閉じて、美也が声をかける。

 そろそろ行かないと時間はもうない。

 平花が不安そうに美澄を見る。

「大丈夫です。綺麗ですよ。笑顔になりましょう」

「いってきます」

 ぎこちなく笑って、白い手袋をはめる。深呼吸して、平花が事務所を出て行く。その後を美也と美澄、太郎坊がついて行った。ついて行くのは受付までだ。

 そこからドアまでは平花1人。

 ちょうどチェックアウトをした客が出ようとしていた。

「おや、こんな綺麗なお嬢さんがドアマンをしていたかな?」

 客の1人がそう言って、平花が微笑む。

「ありがとうございます。またお越しくださいませ」

「ああ、ありがとう」

 自動ドアを押さえて、客が出て行くのを見送る。その姿は背筋がピンと伸び、自信に溢れたものだ。

「なんとかなったみたいね」

 受付をしていた櫻子がそう言う。

「そうですね」

「じゃあみんな仕事に戻って」

「はい!」

 美也は受付に、美澄はベッドメイキングに、太郎坊は事務所に戻っていく。

 美澄がベッドメイキングをしているであろう、栄子とマミに合流しようとエレベーターに向かうと、太郎坊が付いてきた。

「事務所に戻るんじゃないの?」

「ちょっとだけ」

「ねぇ、私が化粧しているの見ているの楽しい?」

「嫌だった?」

「嫌じゃないけど。なにがそんなに楽しいのかなって」

「化粧は美澄さんの大事なものでしょう? 10年以上仕事としてそれをやってきたんだもの。僕の知らない美澄さんを知れるようで楽しいよ」

「そういうことね」

 ぽーんと音がして、エレベーターが到着する。

「じゃあ、また昼休みにね」

「今日のお昼はチャーハンだよ」

「まさかそれを言うためについてきたの?」

 えへへと笑う太郎坊にあながち間違いではないかもしれないと、美澄は思った。エレベーターの閉じるボタンを押しながら、手を振る太郎坊に、ここは職場だとしっかり言わなければと美澄は頭を抱えた。

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