第13話 事件の正体は…
「ねぇ、太郎さん。受付寄っていい?」
「どうせ寄るからいいよ。なにかあるの?」
「竹刀持って行こうと思って。受付に予備の竹刀置いてあるのよ」
「用意がいいね」
このホテルで働き出した初日から、また柴助が来たときに、同じように撃退できるよう、受付の裏に予備の竹刀を隠していたのだ。
それがこんなに早く別の相手に使うことになるなんて思ってもいなかったが。
受付裏に隠してあった竹刀を持って、太郎坊と一緒にエレベーターに乗る。その間も百太は目だけ付いてくる。礼儀正しい物言いに、美澄は目玉だけの存在に慣れてしまった。
もっともろくろ首やのっぺらぼうを目の当たりにして、今更怖がるものや驚くものもないのだけど。
「まだリネン室にいますね」
「清十郎は?」
「彼は6階で清掃中ですね」
「引仕は?」
「彼女はちょうど栄子と一緒に昼食を食べてます」
「百太はどこで誰がなにをしているか全部見えるんだ」
「凄いですね」
「もちろん客室は見ないようにしております。でも坊ちゃんが若奥様と逢い引きしようとするなら見えますので」
「ホテル内ではしないよ。みんなの目がここにはあるからね」
ポーンと音がして、5階に到着する。そろそろと降りると、目玉もぴたりと壁沿いに付いてくる。
「あの正面がリネン室だよ、美澄さん」
「なにがいるのかしら」
「それは私にも分かりません」
足音を立てないように歩いて、リネン室の前までやってくる。
「僕がドアを開けるから、何かあったら百太、美澄さんを守って」
「了承致しました」
「開けるよ!」
太郎坊がそう言って、ドアを開ける。なにかあったら対応できるように、美澄は竹刀を構えた。
「誰かいるのか!」
太郎坊がそう呼びかけると、暗いリネン室の仲から四つの光る瞳が見えた。
「太郎さん、どいて!」
「え?」
美澄の言葉に思わず太郎坊が退く。それでできたリネン室への真っ直ぐな軌道を、ヒールを脱ぎ捨てた美澄が走る。
「めーーーーーーーーん!」
竹刀を光る瞳めがけて振り下ろす。そのとき聞こえてきたのは、意外な声だった。
「ひぇぇぇぇぇ! お助けをぉぉぉぉぉ!」
「え?」
ぴたりと竹刀が止まる。
かちりと太郎坊が電気をつけると、獣耳の出た中年の小太り男性と、同じく獣耳の出た少女が抱き合って震えている。
「これはこれは」
天井から百太の声がする。
「むじな、かな?」
「むじな?」
「狢という獣の妖怪だよ。さて、どうしようかな。うちのホテルに侵入した意味分かってるのかな?」
太郎坊がそう言うと、獣耳男性は震えながら土下座した。
「娘だけでもお助けくだせぇ。儂ぁ、どうなってもいいけん」
「お父ちゃん!」
「こういうの苦手なんだよね。美澄さんどうしよう」
今にも時代劇に出てきそうな貧乏親子劇場を繰り広げそうな2人に、太郎坊が匙を投げ気味に聞く。
「なんでここにいるか聞くのが一番じゃない? ねぇ、なんでここにいるの?」
「出雲に行きたかけん、こげんとこまで来たと。でも、路銀がつきてしもうて」
「で、このホテルに忍び込んでおはぎや鯵を食べたと」
「娘のためにもどうしても出雲に行かんといけんと!」
娘を庇いながら、狢父がそう叫ぶ。どうやら方言からして、九州から来たらしい。
「では、路銀が貯まるまでここで働いたらどうでしょう?」
天井から百太の声が聞こえる。
その目玉だけの存在を見て、狢親子は飛び上がりそうにびっくりしていた。
妖怪だからといって、妖怪に耐性があるわけではないらしい。
「そうだね。父さんにそう言ってみようか」
「それがいいと思う」
「2人とも、ここがどんなホテルか分かってる?」
「はい……天狗様がやってるホテルだって」
「そういうこと。見ての通り周りもお客様も妖怪だらけ。悪さをしようとするとすぐわかるからね」
「へ、へぇ」
それから太郎坊は雷鳴坊にわけを話して、狢親子は無事臨時のアルバイトということになった。
こうして天堂ホテルの消える食べ物の謎は解決した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます