第14話 ささやかな逢引

 仕事終わりの美澄を散歩に誘ったのは、太郎坊だった。

「庭を少し歩かない?」

「いいわよ。ここのお庭ゆっくり歩いたことなかったし」

 天堂ホテルにはロビーから見える庭がある。そんなに広くはないが、よく手入れされていて、泊まり客が散策できるようになっている。

 海がすぐ見え、景色がいい。

「寒くない?」

「大丈夫よ」

「今日はびっくりだったね」

「そうね。ケモ耳おじさんなんて初めて見たわ」

「それもだけど、僕は飛び出していく美澄さんにびっくりしたよ」

 それは太郎坊がドアを開けた瞬間、竹刀を振りかぶって飛び込んだことを言っているのだろう。

「僕だって天狗の端くれなんだから、頼ってくれてもいいじゃない」

「つい……身体が勝手に」

「柴助のときもだけど、もうちょっと考えてくれないと、こっちの身がもたないよ」

「あら、でも柴助のことがないと太郎さんは結婚しようと思わなかったんでしょ?」

「どうだろう」

 端正な顔がにやりと笑う。

 そのまま顔を近づけられて、美澄は思わず話題を変えた。

「そ、そういえば、やっぱり妖怪にとって出雲って大切なのね!」

「そりゃあね、人間社会で生きて行くには、人間に化ける必要がある。霊力の弱い妖怪にとっては出雲に行くのが大切な行事になってるんだ」

 太郎坊の手が美澄の手を握る。

「今度一緒に出雲に行こう」

「行きたい!」

「新婚旅行にも行けてないしね」

「そうね」

 出会ってから結婚までが早すぎて、新婚旅行まで頭が回らなかったのが本当のところだ。ホテルの仕事が落ち着いたら行こうかと言っていたが、それがいつになるか分からない。

「新婚旅行どこか行きたいところある?」

「ううん。太郎さんと旅行行ったことないからどこでもいい」

「一緒に色んなところに行こう。まずは出雲の神様たちに結婚の報告」

「うん」

「そして出雲そばを食べる」

「楽しみだわ」

 手を繋いだまま庭を歩く。

 そうして百太の目の届かない木の影でこっそり口づけをした。


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