第12話 事件は突然に
「そういえば、九千坊の爺様となに話してたの?」
「ああ、私の顔が見てみたかったんだって」
「やっぱり……」
「?」
「ほら結婚式は身内だけだったじゃない? だから美澄さんを見たいっていう昔からの知り合いは多いんだよね」
「私でよければ全然会うけど」
「他になにか言われた?」
「子どもたちの合宿をするってことかな」
「いつものやつか」
なにを話しただろうかと牛丼を頬張りながら考える。途中まで和やかに話していた。だが、一瞬張りつめた空気になった時があった。
「狐と狸がきな臭い……」
「九千坊の爺様がそう言ったの?」
「うん」
「なんだろう……嫌な予感がする」
「……私の厄年のせい?」
厄年になった瞬間、実家の家族に災いが降りかかった。よくよく考えたら、年末に長年飼っていた金魚が死んだのもそれだったのかもしれない。
今は新しい家族がいる。太郎坊たちに自分のせいで災いが降りかかって欲しくなかった。
「それは違うよ、美澄さん」
「……太郎さん」
「狐と狸は昔から仲が悪いからね、今更美澄さんの厄のせいじゃないよ」
「そうだといいんだけど」
「今の美澄さんには天狗の加護があるからね。どんと構えててよ」
「そうね」
牛丼を食べることに集中して、会話が途切れた。
それを待っていたかのように、潮が声をかけてきた。
「坊ちゃん。若奥様。お食事中すいやせん、ちょっといいですか?」
「潮? どうした?」
食事中に声をかけたことに恐縮しつつ、潮が周りの妖怪たちを呼ぶ。その間に太郎坊は最後の一口を食べ終えた。
調理場から小豆とぎの笛彦がやってきて、口火を切った。
「最近変なことが起こるんですよ」
「変なこと?」
「作ってたおはぎが減ってたり」
「数え間違いは?」
「そりゃないです。東吾と一緒に数えてますし」
笛彦がそう言うと、配膳担当の東吾がうんうんと頷く。
「それだけじゃねぇですよ。オレが仕入れてきた鯵も減ってるんです」
「なにか入ってるのかな、百太」
潮の言葉に、太郎坊が名前を呼ぶ。聞いたことない名前に、美澄が首を傾げた。
「ももた?」
「ああ、美澄さんはまだ会ってない? 警備担当の百目の百太」
「百目?」
どんな妖怪なのだろうと思っていると、すぐ傍の壁に目玉が浮き上がった。
「目!?」
思わず椅子から飛び上がった美澄に、太郎坊や妖怪たちが笑う。そんな笑い事な話はしてなかったはずだが、意図せず場を和ませてしまった。
「はじめまして、若奥様。百目の百太です」
「は、はじめまして。天堂美澄です……」
「人間の姿ではない失礼をお許しください」
「百太はこの天堂ホテル全部の警備をしているんだよ。ちょっとの侵入者も許さない。百太。なにか入り込んでないかい?」
「私の目をかいくぐるということは妖怪だと思います。素早いので捉えるのが難しいですが、今は5階のリネン室にいるようです」
「なるほど。美澄さんと僕とで行くから、潮は父さんに話してきて。父さんは?」
「奥様と食後のコーヒー飲みに行かれましたぜ」
「いいよね、気楽で。ということで美澄さん、食べたら行こう」
「うん」
残りの牛丼を頬張って、味噌汁を飲み干す。2人で揃って「ごちそうさま」を言って、片づける。食器を洗ったりするのは、調理場担当のおヨネ、笛彦、潮、東吾で手分けをしてやるらしい。そして美澄と太郎坊はこのホテルに入り込んでいるらしい「何か」を見つけるために食堂を後にした。
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