第7話 お仕事始めます!

 天堂ホテルは客室30部屋のこじんまりとしたホテルだ。それに大浴場と、結婚式場にもなり朝夕の食堂にもなる大広間がある。ロビーには小さいながらもラウンジがあり、コーヒーなどが楽しめる。

 ここで働かせて欲しいというのは美澄たっての願いだった。太郎坊も雷鳴坊も櫻子も専業主婦になればいいと言ってくれたが、今までバリバリ働いていたため、どうしても働きたかったのだ。

 実家暮らしで鈍っていた感覚を戻したかったのもある。働けるなら、新しい業種でも構わなかった。

 化粧をし、制服を整えて、櫻子と一緒にホテルの事務所に行く。そこには美也と顔のない女性が談笑していた。

「おはよう」

「おはようございます」

 櫻子と美澄が挨拶すると、2人は談笑するのをやめてこちらを向いて笑顔で挨拶した。1人は顔がないから分からないが、きっと声の雰囲気から笑顔なはずだ。

「「おはようございます」」

「美澄さん、美也さんは知ってるわよね?」

「はい」

「こっちはのっぺらぼうの平花ちゃん」

「はじめまして。天堂美澄です」

「は、はじめまして……平花です。見ての通りのっぺらぼう・・・・・・」

「平花ちゃんはうちの経理なの。表に出ることがないから妖怪のままでいるのよ」

 顔を赤らめて、平花が俯く。どうやら恥ずかしがり屋ののっぺらぼうのようだ。

 雰囲気では年の頃は変わらなさそうだが、相手は妖怪だ。どんな年数生きているか分からない。もしかしたら親や祖父母より生きている可能性だってあるのだ。

「じゃあ、美澄さんは美也さんと一緒に動いて頂戴ね。美也さん、美澄さんをよろしくね」

「はい、奥様」

 美澄を美也に託して、櫻子は事務所に並ぶデスクの一つに座った。

 これからは美也が美澄の教育係ということになる。

「よろしくお願い致します。美也さん」

「こちらこそ、若奥様」

「え?」

「えって……坊ちゃんの奥様なら若奥様ですよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、そうです。みんなそう呼びますよ」

「慣れません……」

「そのうち慣れますよ」

 坊ちゃんというのは太郎坊のことだろう。奥様というのは櫻子のこと。ということは、太郎坊の妻である美澄は若奥様と呼ばれてもおかしくはない。

 なんだか気恥ずかしくて、そわそわしてしまった。

「若奥様、行きますよ」

「あ、はい」

 事務所を出ていこうとする美也について、事務所を出る。出るときに櫻子が親指を立てて、笑顔でこちらを見ていた。どうやらそれが彼女の癖で、楽しんでいるときに出るものらしい。

「まずは従業員を紹介しつつ、ベッドメイキングの練習をしましょう。チェックアウトされたお客様の部屋から順にやっていきます。もうほとんどチェックアウトされてますから、どんどんやっていきましょう」

「はい!」

 ロビーに出ると、ちょうど帰る客を見送るドアマンが目に入った。初めてここに来たときも、同じように真っ白な手袋で招き入れてくれ、送り出してくれた。

「彼も妖怪ですか?」

「ああ、青次ですね。送り雀という妖怪ですよ」

「雀なんですか?」

「まぁ、本体はそうですね」

「背が高いのに……」

「そこは個人の化ける力によりますね」

「そうなんですか」

 青次は長身の男性だ。とても小さな雀の妖怪とは思えない。化ける力というのは不思議なものだと美澄は思った。

「エレベーターで上の階に行きましょう。ベッドメイキングは上の階から下に下がっていきます」

「はい」

「調理場には調理担当の米とぎ婆のおヨネさん。仕入れ担当の海坊主の潮さん。デザート担当の小豆とぎの笛彦がいます。あと結婚式で見かけたと思いますが、配膳担当の豆腐小僧の東吾がいます」

 一気に言われて慌ててメモを取る。だけど、それを美也に制されてしまった。

「美也さん?」

「毎日顔を会わせるのですから、自然と覚えますよ」

「そうですね」

 平花も青次ももう覚えた。そんなに従業員の多くないこのホテルでは、全員覚えるのに時間はかからないだろう。

 あとで調理場に連れてってもらおうと思いながら、美澄は美也の後について行く。

 エレベーターで7階まで行って降りると、1人の少女が待っていた。客だろうかと思っていたら、少女が美也に声をかけた。

「おっそいよー」

「時間通りよ」

「いつもより遅いー」

「今日は若奥様がいらっしゃるからよ」

「若奥さま?」

 少女がぴょこんと美也の後ろにいた美澄を見る。美澄より少し背の低い、まだティーンエイジャーのような少女もまた妖怪なのだろうか。

「美澄さん、栄子です。座敷童なんですよ」

「天堂美澄です。はじめまして」

「栄子でーす。座敷童やってます! 坊ちゃんの奥さんなんだねー」

「よ、よろしくお願いします」

「はいはーい、ベッドメイキングならまかせて」

 同じクラスでも友達になってなさそうな軽い雰囲気に、若干押され気味になる。それでも相手は妖怪で、きっと随分年上なはずだ。

 美澄の様子に気がついたのか、美也がこっそり教えてくれる。

「栄子はこう見えて200年生きてます」

「200!?」

「あ、勝手に教えないでよ! 座敷童ってイメージ大事にしたいじゃん?」

「まぁ確かに・・・・・・」

 イメージする座敷童はおかっぱで着物を着て、幼女の姿だ。栄子も髪をおかっぱにしてはいるが、ホテルの制服を着ていると、座敷童というより高校を卒業して入社したばかりの少女のようだ。

「夜は着物着るよ。そんで希望者と遊ぶの。それが縁起がいいんだって」

「遊ぶって、お手玉とか?」

「若奥さま、今江戸時代じゃなくて、令和だよ? ゲームに決まってんじゃん。昨日はモンハンした」

「現代的」

「妖怪も時代に合わせていかなきゃね」

「大変ね」

「そうでもないよ。さて、ベッドメイキングしよー」

 そう言って、栄子がドアが開かれた部屋に入っていく。使われたベッドの跡があって、これを元通りにしないといけないのだろう。

「この階は誰もいないから、さっさと済ませちゃおう」

「うん」

 なんとなく栄子の姿と話し方で美澄も砕けた話し方になってしまう。栄子もそれが嫌そうではなく、むしろ嬉しそうで友達のように接してくる。

「シーツをはがしたら、この中に入れてください。洗濯狐の引仕(いさな)が洗濯しますので。掃除は垢舐めの清十郎が担当します。栄子と若奥様はベッドメイキングに専念してください」

「はい」

 美也に手伝ってもらいながら、栄子と一緒にシーツをはがし、そうして新しいシーツを綺麗に敷いていく。難しいことはなにもなく、ただ皺一つないようにピンとシーツを張りつめるのがコツらしい。

「若奥さまー」

「なに?」

「今度一緒に遊ぼうよ。人生ゲームでもモンハンでもオセロでもトランプでもいいよ」

「それをしたら、いいことが起こる?」

「あたしは座敷童だからね」

「私今年厄年なの。悪いことばかり起こるから、太郎さんたちにも厄が及ばないようにしたい」

 美澄の言葉に、美也と栄子が顔を合わせる。先に声を出したのは美也だった。

「それは大丈夫ですよ」

「え?」

「若奥様には天狗のご加護がありますから」

「そうそう! 坊ちゃんが一緒にいれば大丈夫だよ」

「そういうものですか?」

「そういうものです」

「そういうもの! だから、そういうのなしに一緒に遊ぼうよ!」

「うん」

 3人でシーツを替えながら、美澄は2人から太郎坊の小さい頃の話を聞いて、笑ったりした。

 人間とか妖怪とか関係なく受け入れられて、ここに嫁いできてよかったと思った。

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