第5話、お姉さんが添い寝してきて困ります

「せっかく私のベッドに寝てくれたのはいいけれど、そんな壁に引っ付かないでよぉ」


「……」//不満


「しかも私に背を向けてるし」


「……」//寂しい


「私、こんな広々としたスペース、いらないんだけどな……」


//SE ベッドに横たわる

耳もとでささやく


「寂しいよ、弟くん……」

「顔を見せて?」


「あ。こっち向いてくれた」


「……」//喜びがあふれる


「きみって本当は優しいよね」


「うふふっ」//幸せな笑み


「そういうところが大好きなんだぁ」


「もーう、また『ありがとうございます』って言った!」


「女の子に好きって言われたときにその返し、零点だからね! むしろマイナス? 次来るときまでには、もう少しマシな回答を用意しておくのよ?」


「ねえ、手ぇつなご」


//SE ベッドの上で近付いてきて、手をにぎる


「でもこうして二人で並んで寝てると、昔を思い出さない?」


「ほら、私が中一のとき、夏休みにきみたちのうちに泊まりに行ったときのことよ」

「覚えてない?」


「きみは小学校低学年だったかな? まだきみのお姉ちゃんと同じ部屋で寝てて、私が泊まりに行ったもんだから、三人で子供部屋に並んで寝ることになったじゃない」


「私、兄しかいないからかわいい弟がいるの、うらやましくってさ。きみの寝顔を月明かりの下で、ずっとながめてたんだ。小さい子ってかわいいなあと思って」


「そんなことあったっけって――」


「……」//驚く


「……」//ため息


「そっけないなあ。私にとっては素敵な思い出なのに」


「じゃあさ、きみの中学受験のとき、私が家庭教師をしてたのは覚えてるでしょ?」


「よかった、忘れられてなくて。あのとき真剣に勉強してたきみの横顔、かっこよかったな」


「天文部に入るんだって言って、少しレベルの高い中学、目指してたんだよね」


「自分の夢を叶えるために努力する姿、見直しちゃった。あのとき、もうかわいいだけのきみじゃないって気付いたの」


「きみが第一志望の中学校に受かって、中一の夏――」

「きみのお姉ちゃんと、きみの友だちと私とで夏祭りに行ったの、覚えてる?」


「そうそう、私がはぐれちゃったときよ」


「……」//恥ずかしさ、ちょっと怒る。


「ポンコツじゃないってばぁ!」


「あのとき、きみが探しに来てくれて見直したのにな」


「いつの間にか大人になってたんだなあって」


「私が一人で不安になっていたところに現れて、言ってくれたじゃない」


「またはぐれたりしないように俺の手握ってろって」


「小学生の頃は、私がきみの手ぇ引いて、屋台を見て回ってたのにね」


「……」//なつかしい


「え?」

「毎年、バレンタインデーに失敗チョコを渡してきたって!?」

「なんでそんなことだけ覚えてるのよ!」


「べ、べつに、あれは――」


 今、思いついたように、

「そ、そうだわ!」


 早口でまくし立てる。 


「本命の年上男性にあげるために作ってたけど、失敗しちゃったものを捨てるのはもったいないから、近所に住んでたきみに渡してたの! 子供は甘いものが好きかなって思って!」


「ふんっ、私は本命チョコを毎年、失敗するようなポンコツじゃないんだから!」


「さ、もう寝なさい」


「まだ眠くないの?」


「仕方のない子ね。じゃあ私が抱きしめてあげる」


//SE 衣擦きぬずれの音

 距離が近くなり、ささやく


「ゆっくり、ゆーっくり頭をなでていてあげるから、落ち着いて眠るのよ」


//耳もとでささやく。


「なーで、なーで、なーで――」


「いつもはこんな早い時間に寝ないって――」

「それは分かるけれど……」


「そうだわ! 『認知シャッフル睡眠法』っていうのを試してみましょう」


「やり方は簡単よ。私がきみの耳もとで数秒ごとに、それぞれ関連性のない単語をささやくの」

「きみは目をつむったまま、その単語から連想される風景をイメージするだけ」


「理論的な思考を止めることで、簡単に睡眠状態に入れるって言われているわ」


 それじゃあ始めるわよ」


 耳もとで、一単語ずつゆっくりとささやく。


「――夏祭り」


「――屋台」


「――焼き鳥」


「――香ばしいタレの匂い」


「――きれいなお姉さん……」

「っていうか私の浴衣ゆかた姿」


「――私とつないでいる手のひらのぬくもり」


「――二人で過ごす神社の境内けいだい


「――高台から一望できる街の夜景」


「――夜空をいろどる大輪の花火」


「えっ」

「単語同士に関連性がありすぎて寝付けない!?」


「ごめんごめん。ついきみと二人で過ごしたお祭りの夜を思い出しちゃって」


「正直言って、関連性のない単語を次から次へと上げていくのって難しいのよね」


「うーん、認知シャッフルはあきらめて……」


「あ。だまって手ぇつないでれば眠れるの?」

「あの夜、二人で並んで歩いていたときみたいに?」


「こうしていると落ち着くね。手のひらからきみの熱が伝わってくる」


「ねえ――」

「きみも感じる?」


「私の手がやわらかい……?」


「やわらかいのが好きなら、お姉さんの胸に手を置いてもいいのよ。よいしょっと」


//SE 手を胸に置く音


「ね、ほどよい弾力でしょ?」


「やわらかすぎず、きみの手のひらをはね返してくれるはずよ」


「興奮して寝付けなくなっちゃう?」


「……」//クスっと笑う。


「それは困るわね~」


「やっぱり手をつないで寝ましょ」


「……」//ゆったりとした呼吸音


「弟くん、寝ちゃった……?」


「……」//のぞきこむ。


「あ、本当に寝てるみたいね」

「かわいい寝息……」

「こんなに近くにいるのに、まだ私のものにならないなんて」


「今なら唇にキスしてもバレないかな?」


//近付く呼吸音


「ううん、勝手にそんなことしちゃだめ」

「きみが私の唇を奪いにくるときまで、大切にとっておくわ」


「さて、と。そろそろきみのお姉ちゃんに帰って来てもらわなくちゃ」


「私もこのまま寝てしまいたいけれど、そういうわけにも行かないからね」


//SE ベッドから起き上がる音


「えっとスマホどこに置いたっけ――」


「弟くんの目を覚まさないように、リビングで電話しよっと」


//SE 静かに部屋を歩く音

//SE そっと扉を閉める音




─ * ─




次回は種明かし。姉がなかなか帰ってこなかった理由が分かります!

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