第9話 真に恐れるべきは。

大昔の言葉に「真に恐れるべきは、有能な敵ではなく無能な味方である」という言葉がある。

俺はその通りだと身をもってそれを知った。


予定通りハウスバッファローを回収不能にして4体だけ回収させると、動力部に向かい陸上戦艦を走らせる。


サンワさんは俺を見て「おい!?全部見てたが無茶だぞ!?」と声を荒げる。


「まだ平気です。時間が足りません。予定より5分遅れました」


正直4体目の回収が邪魔すぎた。

あれが無ければまだアドバンテージはあった。


そこに「ほら飲め」と栄養剤を持ってきてくれるカヤさんは、サンワさんに「こうなったら止めるより少しでも楽させてやった方が効率的だよ」と言ってくれる。


そして「彼女、お前の活躍中だけは起きて目を開けて見てた。格好いいって言ってたぞ」と教えてくれる。


「リーヤ?意識が?」

「ああ。とりあえずお前の治癒魔法は効いてるんだ。ただ臓器の損傷は再生用の培養液に漬けなければ治らないから依然危険だ」


「なら俺ももうひと踏ん張りします」

「何踏ん張りするんだ?戦闘部の奴らは皆ヘトヘトになってたぞ?」

カヤさんの呆れた声を聞きながら、俺は栄養剤を飲むと動力のメイン水晶に火魔法を送る。


疲れもあるが、あの最新型と言われた魔法砲撃銃の感覚で力を注ぎたくなる。

そんな事をしたらこの船は爆発してしまう。


暫く走らせるとサンワさんが「ブリッジから連絡が来た。安定して走れているからこれなら17時にはホームに入れるそうだ」と教えてくれた。


「良かったです。そろそろ気を抜くと倒れそうでした」

笑う俺に「リーヤの事、ありがとな」とサンワさんが言ってくれた。


「いえ、とりあえず到着までは保たせますから引き続き他のチェックをお願いします」

「任せとけ」


この瞬間、船の中は一体感に満ちていたと思う。

無駄な重役以外。

この不幸に苛まれた皆は「なんとしてでもホームに間に合わせる」その一体感で皆が最良の仕事をした。



だがリーヤは死んだ。

無能な重役の行動で間に合わなかった。

リーヤの最後の言葉は「ばか…。体重かけんな…いつも言ってる…だろ?……重いの嫌いなんだよ」だったらしい。


俺はかなり無理をしていた。

判別魔法を応用して水晶がギリギリ壊れないように、だが十分な動力をシャフトに届かせるために火魔法を制御しながら送り続けた。


その甲斐あってブリッジの言った時間より、15分も早くホームが見えるところに来たが入港許可が降りなかった。


理由は二つ。

一つはあのマッシィータの男が助けた対価を受け取りに来て港を使った事。

これは緊急事態を訴えたら即時立退をしてくれたがタイムロスには変わりなかった。


もう一つはオーバーホールがされていなかった責任の所在を明らかにするまでは証拠の隠滅を行われないようにする為に下船を認められなかった。


後でわかった事だが、オヒロという重役が会計と資産管理を行っていて、事と次第では重役の座から降ろされかねない為に、慌てて帳尻合わせの為に近くを航行していたマッシィータの船に救援を頼み、寄港の前に犯人探しを始め出した。


カヤさん達はリーヤが危険な事を説明して、カヤさんと医療部の数人だけでも下船させろと言ってくれたが、オヒロの奴はそれを認めなかった。


俺たちは出口前でストレッチャーを出す用意をしていた。

下手をすれば荷物扱いで申し訳ないが、俺が運んだ方が速いケースもあるので俺とカヤさんとサンワさんでストレッチャーの側に控えて下船を待ったが、いくら待っても船は進まない。

サンワさんが動力部の問題を気にして行ってくれている時に「船が動かせない」とナンセンが言いにきた。


愚かな話にカヤさんが談判をしに行くと、オヒロの奴は「お前が犯人だな!死にかけた船員を理由に証拠隠滅をするつもりだな!」と言われて問答無用で拘束されかけていた。


リーヤの容態はこの間に一気に悪くなる。

無茶な投薬だが、死なない為に必死に薬を打ち込んで俺は治癒魔法を使う。


苦しみながら俺の名を呼ぶリーヤに「港の目前なんだ!頑張れ!」と言葉を送ると、「重役が……先で…待たされてんの……か?………私は……もうい……い。さっき……の…戦い……見てた…ぜ?……お前…動力部に………勤める為に…生まれ……てきた……男なん…だから………他所で……は………力を……抜けって………」と息も絶え絶えで話してくる。


「俺に手を抜くなと教えたのはリーヤとサンワさんだ」

「………だっ…た……な……悪い……事……し…たな」


この後はまた苦しみ出すリーヤに医療部のメンバーは首を横に振る。


もう打てる手はない。

そういう事だった。


俺は諦めきれずに治癒魔法を使い続けると、その間だけはリーヤは穏やかな息遣いになる。

限界近い俺は栄養剤と点滴を求めたが、医療部の皆は無理をしすぎだと言ってそれを認めなかった。


そこに憤りながら戻るサンワさんに、俺が「サンワさん!医療部から栄養剤を持ってきてください!」と言ったところで俺は限界を迎えて倒れ込んでしまった。


それでも、意識が朦朧としていても、治癒魔法を使い続けた俺に乗られていたリーヤが最後に「ばか…。体重かけんな…いつも言ってる…だろ?……重いの嫌いなんだよ」と言って息を引き取った。


サンワさんの話だがリーヤの声は嬉しそうだったそうだ。


目覚めた俺は医療部のベッドにいて、横には綺麗にされたリーヤの亡骸がいた。


「起きたか?」

「カヤさん…」


「半日寝てたよ。もう夜明けは過ぎた。お前の彼女…綺麗だろ?包帯を取って死に化粧をしてやろうとしたらこんなに綺麗だった。ノウエ…お前の治癒魔法は効いていたんだ。そして下船さえ許されればこの子は助かったんだ」

カヤさんはそう言うと泣き崩れてしまった。


「泣いていいんだぞ」と言ってもらえたが悲しさは無かった。

ただポッカリと空白はあった。


兄さんが死んだ日に出来た空白がまた胸に出来ていた。

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