第十八話 信者が徒歩でやってくる


 ガタガタと魔馬車が揺れる。


 アヴノバ森林撤退戦を無事に終えたレオンたちはニヴルヘイムへの帰路についていた。ゾーネンシュリームの計らいで帰りは馬車での輸送になった。


「ふぅ〜ッ……。」


 レオンは懐から紙巻きの煙草を一本取り出すと、シュポッと小さな火魔法で火を点ける。手を横に振りながらその小さな火を握り消し、煙を肺いっぱいに吸い込んでゆっくりと吐き出した。


 レオンは祖父と共に戦場を駆け回っていた昔から、一仕事終えて煙草を一服吸うのが習慣になっていた。戦闘で昂った神経を鎮める、日常へ戻る為の儀式と言ったところか。


「あら、煙草?私にも一本寄越しなさいよ」


 レオンの横にヴィオラがドカッっと座り込む。


「……何だお前、吸うのか?女なのに珍しいな」


「いつもは煙管キセルだけどね。貴族の嗜みよ」


 確かに高飛車なヴィオラに煙管はよく似合いそうだった。悪い貴族がよく吸ってそうなイメージがある。


「ふぅん……ほらよ。庶民には高級品なんだから、大事に吸えよな」


「ありがと」


 レオンから煙草を受け取ると、ヴィオラはそれを口に咥える。しかし彼女は火を点けようとせずにこちらに視線を送る。


「……火」


「あぁハイハイ火ね」


 レオンが火魔法で点火しようとすると、ヴィオラはその手をはたいて止めた。


「なんだよ……火点けなきゃ吸えないだろ……」


「違うでしょうが!ええと……あんの……その、魔力がもったいないからあんたの煙草の火で点けなさいな!」


「えぇ……じゃあ貸せよ点けるから」


「ちっがう!!このまま!このままでいいから!」


 ヴィオラはいわゆるシガーキスの形にもっていきたいようである。


(姐さん今日は攻めてるケヒャね……!)


 顔を少し赤くして頑張っているヴィオラを、傭兵団の面々が暖かい目で見守っている。


(へへへ……!たまんねぇな若造の初々しい恋模様はよ……!)


(頑張れ!姐さん頑張れ!)


(もう少しケヒャ!押せばイケるケヒャよ!)


 レオンは何がなんだかという顔だ。クソボケである。


「えぇ……じゃあはい、どうぞ」


 火の点いた煙草を突き出す。


「最初からそうすりゃいいのよ……!」 


 ヴィオラは少し震えながら、顔を赤くして口に咥えた煙草をレオンの煙草の先にくっつけて息を吸い込む。火が点きやすいようにレオンは少し息を吐いて煙草の火を強くする。さながら吐息の交換だ。シガーキスのキスたる所以がここにある。えっちだ。


(や、やった!!)


(おめでたいケヒャ!!一歩進んだケヒャね!!)


(かーーっ初々しくてもうたまらんですばい!)


 何度か吐息を重ね合わせた後、火が点いたのでお互いに煙草を離す。空中で混ざり合う煙草の煙が、まるで糸を引く唾液のようである。とてもえっちだ。


「……ありがと。」


「どういたしまして?」


 ふぅっと二人並んで紫煙を吐く。しばし無言で煙を味わった後、ボソリとヴィオラが呟いた。


「……悪かったわね、嫌な役やらせて」


「あん?何がだよ」


「逃げた敵の追い討ちさせたでしょ。私は別にクソ程何も思わないけど、あんたはそういうの嫌だったかなって」


「いんやぁ?別に?戦争ってそういうもんじゃん」


 スパーッと煙を吐きつつ事もなげにレオンは答えた。


「そりゃ降伏した敵を皆殺しにしろーってんなら俺もちょーっとだけ良心が痛むがね?奴ら、降伏しなかった。だからいいんだよ。お前が、指揮官が気にすることじゃねぇ」


「そっか……ならいいのよ」


「おう。……お前なんだかんだで優しいトコあるよな?ワザと?それとも素でそれ??」


「?……部下の心を労るのは上に立つ者として当然じゃなくて?」


「お、おう。それもそうか……うん。」


 それから暫し無言が続く。煙草が残り半分程燃えたあたりで、そういえばとレオンが話を切り出した。


「そうだ!ご褒美だよご褒美!俺頑張ったよな!?だから今日一日お前のオッパイを──」


「ご褒美ならもうあげたけど?」


「……はい?」

 

 レオンのワキワキと伸ばしかけた手が止まり、鼻の下を伸ばしたいやらしい表情のまま固まる。

 それを見てヴィオラはふふんと鼻で笑うと、指でその艶やかな唇をトントンと叩いた。


「この私と煙草越しとはいえキスさせてあげたんだから光栄に思いなさぁい?……それがご褒美、よ」


 からからと笑うヴィオラの横で、わなわなと震えるレオンは慟哭した。


「そりゃあないんじゃないですかねぇーーーー!?」


「ふふっ、馬鹿ね。ホント」


 いつものお返しよ、とばかりに笑う彼女の顔は年相応の少女のように可愛らしかった。


 






 ──数時間後、馬車はようやく魔王城へとたどり着いた。各々馬車からぞろぞろと降り、生還の喜びを噛み締める。


「ふい〜〜ッ着いた着いた、早くベッドで寝てぇよ」


「ふぁ……そうねぇ。でもその前に風呂入んなさいな、臭くなるわよ」


「おっとそりゃいけねぇ。娼館の女の子に嫌われちまうわな」


「アンタねぇ……あら、何かしら。城門の辺りが騒がしいようだけど」


 ヴィオラが何やら異変に気付いた。どうやら城門の方で一悶着起こっているようであった。


 野次馬根性の働いた二人はその騒動の様子を見に行くことにした。が、城門近くまで寄ったその時、驚愕と共にヴィオラの足が止まる。


「え"っ……?」


「どうした?」


「……いや、その……あそこにいるの私の部下たちみたいで……。」


「は!?」


 確かに見てみると、城門ですったもんだしているのは明らかに人間であった。しかも小隊規模はある。


「ヴィオラ様ーーーー!ヴィオラ様はおられるかーーーー!」


「キュールが!キュールが来ましたわよーー!ヴィオラ様ーーー!!!!」


「あってめっ、ツェーダーもいますぞーーー!!」


 先陣を切って大騒ぎしている3人の狂信者を筆頭に、各々城門に詰めかける人間たちはやいのやいのと騒いでいた。その熱気に、城門を守る衛兵たちも押され気味である。


「ええいなんの騒ぎだ!!」


 騒ぎを聞きつけたゾーネンシュリームがこちらへやって来る。


「あ!ゾーネンシュリーム閣下!!ええとその、どこから説明したものか……」


「ヴィオラの帝国軍時代の部下が来てるらしいッスよ」


「何……?説明しろヴィオランテ特務少尉」


 ゾーネンシュリームに言われて、ヴィオラは事の次第を話し始めた。


 ヴィオラは彼らに手紙を送り、こちらに協力するように働きかけた。しかしそれは帝国軍内部でこちらに優位になるように動け、という内容であり彼らがここまで来るのは全くの予想外である、ということだった。


「……なるほどな」


 ヴィオラの説明で、一応の納得を得たゾーネンシュリームは腕を組んで呟いた。


「……お前、軍人より教祖とかの方が向いてんじゃねぇの?」


「否定できないのが癪に障るわね……どーして私の部下ってあぁなっちゃうのかしら」


 珍しく頭を抑えて唸るヴィオラに、ゾーネンシュリームが指示を出す。


「ともかく、あの連中はお前の言う事なら聞きそうだな?行って黙らせて来い。あそこで溜まられては城内に入れんからな」


「はっ……承知しました」


「うむ、頼んだぞ」


 ヴィオラが心底面倒臭そうに城門へ向かっていくので、レオンは少し心配になってついて行くことにした。


「一人で大丈夫か?暴れたりしない?アレ」


「ありがと……うんまあ……私が無事なら大丈夫……だと思う」

 

「そう……。」


 城門近くまで近づいたヴィオラは、疲労困憊の身体に鞭打って大声を張り上げた。


「アンタたち!?一体これはなんの騒ぎかしら!!」


 城門に詰めかけていた者全員がバッと一斉にこちらを見、そしてわなわなと震えだし、膝をついて号泣しだした。何これこわい。


「ンハッ……?!ヴィ、ヴィオラ様ァッ?!」


 先頭にいた大きな猫目の軍人、ヴィルトカッツェが駆け寄ってくる。それに続き、女軍人キュールと大柄なツェーダーの3人の狂信者に加え、他の兵士達もそれに続く。


「お久しゅうございます……!!貴女があの愚昧たる憎きヘンドリックめに帝国を追いやられてから幾星霜……!こうして再び相見えることを毎夜夢見ておりました……!!今は只、貴女に跪かせていただきたい……花よ……!」


「あー、久しぶりねヴィルトカッツェ。あとみんなも。元気?」


「あぁ……なんと勿体なきお言葉……!私以下隊の者共も喜びに打ち震えていることでしょう……!!」


 実際跪く第九師団の面々は皆肩を震わせ喜んでいた。もう宗教だよこれは。


「して……その男は何奴ですかな……?」


 ヴィルトカッツェはその大きな黒目をぎょろりと動かして、レオンを睨んだ。突然矛先を自分に向けられた彼の背中に冷や汗が伝う。ヤバい奴らに目をつけられた……。


「あっ……あーコイツはね、帝国出てからの最初の私の部下よ。ほら、挨拶なさい。」


「アッハイ。えーと、レオンハルトっていいます。よろしくどうぞ。」


「……よろしくレオンハルト殿、新しい同志として歓迎するよ。……しかし君……ヴィオラ様と距離が少しばかり近くはないかね……?」


「えっ……?そんなことは……ないんじゃ……ないかな?いやまあ将来を誓った仲だし……。」


「……将来を?」


 レオンが口を滑らせたのを、ヴィルトカッツェは聞き逃さなかった。瞬間ヴィオラがレオンのケツに蹴りを見舞う。


「ちょっ、お、おまッ馬鹿!!」


「え、帝国と魔王ブッ倒した後結婚してくれるって言ったわよね??」


「言ったけど!!言ったけど!!今はそういう状況じゃないでしょ!!今は!!空気を!読め!!」


「ゴメンな俺空気読めなくて……」


「読まないんだろ!アホ!!死ね!!」


 レオンは思いっきり殴られた。正直なところ、マウントを取れそうな相手がいたからマウントを取りたかったというのが本音である。舐められたら終わりなのだ。


 将来、結婚というワードを耳にして第九師団の面々は泡を食ったように狼狽している。ヴィオラガチ恋勢のキュールは本当に泡を吹いて気絶していた。


「ヴィオラ様が……男と結婚……?ゥオエッ……」


「キュール!!キュール!!大丈夫か!?」


「おのれ何処の馬の骨ともしれん奴め……!」


「でもヴィオラ様が我らが見たことのないお顔をされている……これはこれで……」


「ヴィオラ様に殴られてる……ご褒美かな?」


「ええい落ち着け皆!我らの幸せはヴィオラ様の幸せ……!ヴィオラ様が幸せなら!幸せならそれでいいのだ!!ヴィオラ様が選んだのならそれでいいのだ……!」


 ヴィルトカッツェが狼狽する第九師団の兵たちを鎮めようとする。が、彼も相当に衝撃を受けているようであった。


「だが!!我らが“戦乙女メガミ”の隣に立つならば!軟弱では話にならん!俺と戦ってもらおうか!」


 ヴィルトカッツェは己の心を納得させるため、決闘という方法を選んだ。それに対してレオンは


「なるほどな、手っ取り早くていいや。俺の勃起ぢからに恐れ慄くがいいぜ……!」


「ぼ……何?」


 ヴィルトカッツェは己の耳を疑った。これから決闘をするという相手の口から何故か勃起という単語が聞こえてきたからである。


 ──いや、まさかな。ヴィオラ様がこんな急に下品なことを言う男をお側に置くなど……


「そうだ!ヴィオラ乳揉ませて!ブーストするから!!」


「あダメだ!やっぱコイツ殺そう!!」


 ヴィルトカッツェは必ずかの猥褻な間男を除かなければならぬと決意した。


 その後始まった第九師団とレオンとの大乱闘をヴィオラが必死に止め、その場は収まった。第九師団はとりあえずそのままヴィオラの部下として魔王軍に入ることを決めたようである。


 レオンは後でヴィオラにシメられた。


「私の部下になる奴ってどーしてこう変なのしかいないのかしら!!?」


 ヴィオラの絶叫が、ニヴルヘイム中に響き渡った。

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