第十九話 レオンハルトの娼館に乾杯


 アヴノバ森林の戦いと、ヴィオラの狂信者たちとの出会いから数日が経とうとしていた。


 ヴィオラは功績が認められ、正式に魔王軍へ所属することとなり、特務少尉という仮の階級から中尉へと昇進していた。今はまだゾーネンシュリームの軍団の一指揮官という立場だが、そのうち自分の軍団を持つようになるだろう。狂信者たちもそのままヴィオラの下へと配置された。


 ──一方レオンは……。


「かーーっ!毎日訓練ばっかでやってらんねぇよ!!」


 訓練後の夕食の時間、兵士用の食堂でレオンは叫ぶ。


「なあんで一緒に来たヴィオラは順調に昇進して優雅に優雅な生活送ってんのに!!俺たちは毎日泥啜って!泥のように疲れて眠らなきゃあいかんのだ!!」


 ヴィオラの大躍進とは対照的に、レオンはなんの昇進もなく未だ使われる立場であり、一兵卒として訓練訓練また訓練という泥色の毎日を過ごしていたのだった。


「しょうがないケヒャよ……所詮ケヒャたちは敵の首獲ることしか能がない傭兵だケヒャから……」


「まァそう腐んなよお前ら」


 ふかし芋を噛りながらラスターが二人に言う。


「でもよぉ!ラスター!!」


「落ち着けって……そうだ、今日はもうオフだろ?お前ら」


 ラスターは立ち上がると、二人を見下ろしてニヤリと笑った。


「まぁ……そうだが……」


「いい所連れていってやるよ……!悪徳の坩堝になァ……!」


 キメ顔でそう言うラスターの眼下でレオンとヒューンは顔を見合わせた。


「あくとくの…」


「るつぼ?」





 ラスターに連れられて二人がやってきたのは、魔王城中央部にある大昇降機だった。


「はぇ~……でっかいケヒャねぇ……」


「すげえな、帝国でもこんなん見たことねぇや」


「驚くのはまだ早いぜニュービー共。さあ乗った乗った!」


 背中を押されながら大昇降機に乗り込むと、ラスターは何やら中の石盤に手を当てている。すると石盤が仄かに光り出し、入口が重い音をたてて閉まる。それと同時に立っている円型の石床が下へと沈み始めた。身体が浮くような感覚が三人を襲う。


「あー、あんま壁に寄んなよ?挟まってミンチよりひでェことになっから。」


「ヒャッ」


 物珍しそうに歩き回る二人にラスターがそう言うと、二人はそそくさと中央に退避した。


 数分程経っただろうか。降下していた石床が減速し、ズゥンと重厚な音を響かせて止まった。少しして扉がゆっくりと開き始める。


「さぁ着いたぜェ、ここが──」


 二人の目に飛び込んできたのは、地下とは思えない程に明るい様々な色の灯りに照らされた──まさに不夜城と言うに相応しい、活気溢れる街並みだった。


「我がニヴルヘイム魔王国が誇る大地下都市、魔王城・城下まちだァ!!」


「いや城下街ってそういうコトじゃねーだろ!!」


「細けえこたァいいんだよ!繰り出すぞォ!!」


 いつもよりテンションの高いラスターに引きずられるようにしてレオンたちは街へと繰り出して行くのであった。



◇ 

 


 街に入ると、そこは以外にも普通の街だった。


 治安の悪そうな外観とは裏腹に、人型の魔族も、獣人も、果ては不定形の魔族でさえも別け隔てなく楽しげに暮らしており、住人以外はレオンが知る普通の人間が暮らす街と何一つ変わりのないものだった。


「へぇ……意外と賑わってんだな」


「まぁぶっちゃけここしか街はねェからな、色んな奴らがここに集まってンのさ。」


「こんないっぱい種族がいたら治安とかヤバくないケヒャ?人間なら殺し合いになりかねないケヒャよ……」


「あー、そりゃあ大丈夫だ。俺ら魔族はどんな種族も魔神様から生まれた血を分けた兄弟姉妹ってコトになってっから。──エルフとドワーフみてぇに種族単位で嫌い合ってる連中は別だが──まぁ魔族はみんな兄弟、みんな家族って感じなンだよなァ」


「なんか……あったけぇなぁ……魔族」


「ハッ、人間が頭おかしいンだよ」


「つかよ、ラスター。これが“いいところ”か?まぁハートフルで心温まったけどよ、正直訓練後の疲れた心はこんなもんじゃ休まらねぇぜ?」


 街を歩きつつ少し心温まったものの、物足りない気持ちを隠せないレオンはラスターに苦言を呈する。


 そんなレオンにラスターはニヤリと笑って言った。


「ンなワケねェだろ……!ここからが本番だッつーの!!さぁ着いたぜェ!!」


 表通りから少し裏道に入ったところでラスターが立ち止まる。そして高らかに言った。


「御覧じろ!ここが正真正銘“眠らない街”!!魔王城城下街が誇る最大の歓楽街!!人呼んで“悪徳の坩堝”だァ!!」


「そのまんまだな」


「そのまんまだったケヒャねぇ」


 二人の冷めた反応にラスターがげんなりした顔をする。


「なァんだよ……テンション低いぞォ?……ま、いいや。アガる情報をお前らに教える。」


「アガる情報……?」


「なんと……ここにある娼館……どこでも“無料タダ”だ!!」


「なんだぁ……すごいとは思うケド疲れてるからケヒャはいいケヒャ……」


「娼館無料!!!??そんなことがあってええんか!?」


「レオンの大将?」


 あからさまにレオンの様子が変わった。それを見たラスターは満足そうにニヤリと笑う。


「そうさ、“無料”さ!!“無料”なんだよ……!」


「でも、でもよ!!そんなんじゃ娼館の姉ちゃん達は……!どうやって生きていくっちゅーんじゃ……!金がなきゃ人は生きていけねぇんだぞ!!」


「娼館の嬢たちは皆サキュバス族だから精液さえあれば生きていける……!あと彼女らが集めた大量の精液を魔法薬やら魔力媒体やらとして魔女とかに売って金に変えてるし、国から補助金も出てるから嬢たちの生活は大丈夫だァ……お前の心配は全部杞憂なンだよ。だから安心して遊んでいいンだ。わかるか?」


「うむぅ……でも……サキュバスは……アスモっちゃんの子供みたいなもので……パパの前で……そういうのは……」


『あぁ、彼女たちなら大丈夫だよ。むしろ興奮するんじゃあないかな?ほら、僕の子孫たちだし、背徳プレイは大好物さ!!気になるなら剣は店に預かってもらえばいいよ。』


「そうそう大丈夫大丈夫。とにかく行って来いって!巨乳専門、尻専門、ロリに熟女と店によって売りが違うのも魅力だぞォ!」


「……ちちしりふともも全部でけぇのは?」


「あるぜェ!!」

 

「よっしゃ!!そこに行く!!」


 覚悟を決めたレオンは力強く拳を握ってそう言った。初めての異種族との性交体験に武者震いがする。


「それでこそお前だぜ……!よく言ったマイフレンド!……じゃ、俺とヒューンはその辺で一杯やってっからよォ。ゆっくり楽しんでこいや……終わったらまたココ集合な!」


「まぁここまで来て何もしないのも嫌ケヒャねぇ。付き合うケヒャよ〜」


「おう!ありがとう二人とも……!じゃ!!」


 意気揚々と夜の街に消えていくレオンを見送ると、ラスターはボソリと呟いた。


「よし……これで仕事は完了だなァ……」


「? どういうことケヒャ?」


「いやな、これゾーネンシュリーム様からの指示だったんだわ。レオンを娼館に連れてけッてな?」


「なんでわざわざ……。大将が娼館めちゃくちゃ好きなのは知ってるケヒャけど……」


「なんかアイツの、なんだっけ、勃起魔法?アレの強化に必要なんだと。姐さんの胸だけじゃマンネリだろッてコトらしい」


「なるほどそういう……贅沢ケヒャねぇ……」


「マジでな。……あとアイツにこの街を見せておけッてさ。何だかんだアイツは情に絆されやすそうだから、城下街で魔族がそれぞれ“生きてる”のを見れば裏切るに裏切られないだろうッて」


「うわぁ悪い大人の仕草だケヒャ……」


「上から見りゃレオンにはこっちに味方するわかりやすい理由がねェからな。姐さんは帝国に追い出されてるからわかるが、アイツは着いてきただけだしなァ……」


「でもケヒャたちもう人間殺しちまってるケヒャ。仕事とはいえもう後戻りできないトコまで来ちゃってるケヒャよ?」


「う〜〜んまぁ念には念をってヤツじゃねェか?知らンけど。……あーやめやめ、こんなとこで仕事の話なンて気が滅入ッちまうわ。とりあえず飲もうぜ、いい店知ってンだ」


「そうケヒャね。飲んで忘れるケヒャ!」


 そうしてまた二人も夜の街に消えていった。





 ──二、三時間ほどして、ヒューンとラスターの二人は終わった頃だろうと歓楽街の入口へと戻ってきた。そして、周辺の建物の壁に踞っているレオンを発見した。


「よォ大将、どうだった?」


 声をかけたラスターに気付いたレオンは顔を上げた。何やら目が据わっている。


「あぁ……ラスター……良かったよ。いや、最高だった」


「そりゃ良かった。……なンだよ、随分大人しいじゃねェか?あ、アレか?搾り取られ過ぎたかァ?」


 サキュバスの絶倫ぶりは有名である。誘惑に負けた人間が一晩とかからず腹上死した例もあることから、ラスターはそれに負けたのだろうと思った。


「いや……何か俺、性的にも強くなってたみたいで……むしろあっちの方が先にダウンしたけど」


「え、ヤバくね?お前??……いやじゃあ何でそんな大人しンだよ」


 素で驚くラスターに、据わった目でレオンは続ける。


「……娼館の姉ちゃんたちがな、優しかったんだ……。」


「……あン?」


「俺って人間じゃん?魔族からしたら敵なわけで。でもさ、娼館の人たちはさ、お客はお客じゃん人間とか魔族とか関係ないよって……」


 そう言い終わったあたりで感極まったのか、両眼から熱い涙を流した。


(いやそれは男を精液エサとしてしか見てないからじゃねェかな……)


 若干引き気味のラスターだったが、テンションが斜め上に上がったレオンは立ち上がり熱弁する。

 

「俺は再確認した!!やはり娼館は最高だと!!そして確信した!!俺は娼館を愛する者として俺はこの街を!いやさ全ての娼館を、ひいては娼館のあるこの世界を護らねばならないと!!」


「ヤバい!大将がおかしくなったケヒャ!!」


「いや待てヒューン!方向性がアレだが狙い通りではあるんじゃねェか!?」


「アレが!?」


「そうと決めたらさっさと帰って寝るぞお前ら!明日からまた訓練だ!!皆で頑張ろう!“娼館セカイ”を守る為に!!いや今から頑張ろう!走って帰る!!」


 レオンは一人駆け出した。その背中を二人は呆然として見つめていた。


「……どうするケヒャ?アレ」


「俺は悪くねェ。ゾーネンシュリーム様の指示を忠実に守っただけだもン。……いや無理だろ予想できねェよあんなの、なるようにしかならねェよ。うン。」


「……ま、姐さんがなんとかしてくれるケヒャよ。」


「そォだな。……行こうぜ。アイツ道知らねぇだろ」


 二人もまた帰路につくことにした。途中で叫びながら迷っていたレオンを回収し、寝床に着くと同時に気絶するかのように眠ったのであった。





 翌日、訓練場。


「うおおおお!帝国、滅ぼそーー!!」


「あら……レオンったら、やけに気合入ってるじゃない。何か良いことでもあったのかしら……。まぁやる気があるのは良いことね!感心感心!」


 昨夜のテンションのまま、使命に目覚めたレオンは訓練場を爆走していた。


 ラスターから報告を受け、事情を全部知っているゾーネンシュリームは、レオンのやる気を喜ぶヴィオラに微妙な顔で肯いた。


「……そうだな、やる気があるのは結構な事だな。」


(結果はどうあれ目的は果たしたようだし、今度ラスターの奴に良い酒でもくれてやるか……)


 遠い目で部下を労ってやろうと思案するゾーネンシュリームだったが、そこに彼女の副官が慌てた様子でやって来て耳元で何やら囁くと、ゾーネンシュリームの顔色が変わった。


「……何!?アイツが来てる!??分かった、すぐ行く。……ヴィオラ、私は少し用事で外すから後を頼む!!」


「承知いたしましたわ。……どうかされまして?顔色が悪いですわよ?」


「いや、大した事では……あるが、心配無用だ。姪っ子が私に会いに来ただけだからすぐ戻るよ。」 


「はぁ……。」


 いまいち状況を飲み込めていないヴィオラを背にして、足早にゾーネンシュリームは訓練所を後にした。


「全区域に伝達!“L”が来た!総員に石化除けのアミュレットの装着を義務付けろ!所持していない者と男は念のため全員宿舎へ避難しておけ!以上!!」

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