第十六話 ガッツキ肥溜めさん〜うんこ讃賞〜


 結局軍議ではブラダスクの猛烈なプッシュを受け、ヴィオラの意見が採用されることに相成った。


 そして作戦開始までの間、西部戦線への撤退命令や今回の作戦の準備などでてんやわんやしているうちに、ついにその時が来たのであった。


「ふふふ……! ついにこの時が来たわね……!」


 彼女らの作戦開始位置である前線に近い丘陵地帯に作られた即席の基地から戦場を見渡して、真新しい軍服を纏ったヴィオラは呟いた。


 待ちに待った戦争の時に、ヴィオラは上機嫌だ。ちなみにレオンはヴィオラの副官兼兵士長の役職を与えられていた。彼の部下たち、回収していたゴブリン50+3匹が彼の後ろで騒がしくしている。


「イクサ!イクサ!」


「オス、コロス!メス、オカス!」


「オカス、ダメ!メス、オウサマノモノ!」


「ソレハソウ」


 ぎゃいぎゃいと騒がしい連中である。静かに時を待つ調教されたヴィオラ傭兵団の面々を見習ってほしいものだ。……まぁ、知能が低い種族だからしょうがないのだが。


「お、見えてきたぞ。」


 レオンが前方を指差す。その先には地鳴りを伴い土煙を上げて撤退する部隊とそれを追う帝国軍が見えた。

 

「よっしゃ!やるわよ皆!」


「「「アイ・アイ・マム!!」」」


「レオン!の準備は?」


「できてるぜ!そこに置いてあらぁ!」


「ヨシ!野郎共!!投石器用意!アレを装填なさいな!!」


 ヴィオラの号令により、部下たちがレオンが用意したというモノを箱から運び出し、投石器に装填していく。


「全投石器装填完了だケヒャーー!」


「ヨーシ!発射用意!まだ撃つんじゃないわよ!!」


 友軍を追う帝国軍がジリジリと距離を縮める。それが最も適切な位置に到達した瞬間、ヴィオラは叫んだ。


「今!!撃て!!!!」


 号令と共に全ての投石器が装填したモノを敵へと投げ出す。それは空中で形を崩してゆき──ちょうど敵の頭上にの雨を降らせた。


「ハハハーーッ!クソ喰らえーーーッ」


 そう、レオンが用意したアレとはゴブリンの糞を固めた──名付けてゴブリン・ウンコ弾であった。

 そのまんまじゃんとは言ってはいけない。


「臭すぎケヒャ……もうこの手袋捨てるしかないケヒャよ……。」


 ヒューンが顔をしかめて言う。


 ゴブリンの糞はとにかく臭い上にもし身体に着こうものなら一週間は臭いが取れない。そんなこの世で最も汚らわしいものの一つをたっぷり浴びせられた帝国軍の兵士達は、その進撃を緩め始めた。指揮官が糞に塗れながらも部下たちを怒鳴りつける姿がよく見える。やったぜ。


「よっしゃ大成功!ヴィオラ小隊撤退準備!!友軍に信号魔法と敵に残したらさっさと逃げるわよ!!」


「了解!!ほらよっと!」


 レオンが緑色の信号魔法を打ち上げる。緑色の光弾は花火のように上空で炸裂した。緑色は“作戦成功、撤退中の友軍はそのまま脇目も振らず撤退せよ”である。

 さらにヒューン達傭兵団が基地の壁に何やら垂れ幕のようなものをかけると、ヴィオラ達全員は足早に基地を後にした。


「あ♪お土産も置いておきましょ!『時限式ツァイトツンダー爆破・デトネィション』!!」







 ヴィオラたちが撤退してから少し経った頃、クソまみれになった帝国軍の追撃部隊が彼女らのいた基地へたどり着いた。



「クソッ!ここから糞投げたってのかよ!!魔王軍の糞野郎共め!!」


「クソの話はするなっ!俺は今めちゃくちゃ機嫌が悪いんだ……!」


 身体を覆う悪臭に帝国軍の兵士達は苛立ちを隠せない。そんな中、兵士の一人が何かに気付いた。


「おい……なんだアレ?」


「あん?」


 一人の兵士が基地の壁を指さす。そこにはヴィオラたちが残したが垂れ下がっていた。その内容は──、


Herzlich魔王国へ willkommenようこそ!!Du クソ Arschloch野郎共!!!』


 糞にまみれたクソ野郎共はそれを見るなり憤慨し、追撃を続行しようとするが──ここでヴィオラの置き土産が発動する。


「な、なんだぁっ」


 異常に気付くも、時すでに遅し。『時限式爆破』によって即席基地は弾け飛び、近くにいた人間を巻き込みながら爆風は基地に捨て置かれたゴブリンの糞を飛び散らし、さらに帝国軍を糞まみれにした。


「畜生……!なんて奴らだ!絶対にブッ殺してやる……!」


「許さねぇ!絶対に許さねぇぞ!!」


 兵士達は怒り心頭であった。普通ならここで撤退するのがよいのだろうが、ヴィオラの度重なるウンコ攻撃によって彼らは正常な判断力を失っていた。


「貴様ら行くぞォ!!魔族は消毒だァ〜〜〜〜!」


 ヴィオラが見ていたら大爆笑していたであろうほどに、嫌がらせは効いていたようである。本来兵士達を止めるべき立場の指揮官でさえも怒りに身を任せていた。


 帝国軍の兵士達は雄叫びを上げて追撃を再開する。──それが地獄の入口とは知らずに。







「お、お土産受け取って貰えたみたいねぇ?」


 遠くの方で爆発音が聞こえる。用済みの基地がウンコと帝国軍もろとも爆ぜたようだ。魔界の馬──魔馬で森にある作戦司令部へ撤退しながらヴィオラほくそ笑んだ。


 そんなこんなで、作戦を成功させたヴィオラたちは撤退してきた友軍と合流していた。魔馬で走る彼女らのすぐ後ろに、同じく魔馬を駆って友軍が走っている。


「で……これからどうすんだっけか?」


「森の本陣まで撤退できたら私達は二手に分かれるわよ。レオンとゴブリンたちは森で討ち漏らしを掃討、私達は本隊と包囲した敵の殲滅に回るわ。」


「りょーかい。まぁ心配いらねぇとは思うけどよ、その、なんだ、死ぬなよ?」


「……なぁに?フフン、私が心配なの?」


 レオンが心配そうなのを察知したヴィオラは悪戯心が働いたのか、悪い笑顔でレオンをからかうつもりでそう返した。


「あぁ。」


「えっ……?」


 即答である。お前が心配だ、とちょっと気になる異性に言われた恋愛経験幼稚園児並のヴィオラの心は少しときめいてしまった。これも全部皇子が悪い。


「素晴らしいオッパイを失うのは──とても辛い……。」


「……そうよね、あんたはそうよね。うん、ヴィオラしってた。」


 ヴィオラが呆れたように頭を抱えて溜息をつく。しかしレオンの次なる言葉がヴィオラの脳髄を揺らしにかかった。


「いや、別にお前のことも心配だぞ?」


「……は?……はァ〜〜〜〜〜?なんなのお前??」


「ご、ごめん。」


 ヴィオラの情緒はめちゃくちゃになった。


 しかしそこは士官学校首席の女、すぐに脳みそをピンクから通常モードに切り替えた。


「まぁいいわ……。そうだ、あんた森に行く前に大事な仕事があるの忘れてないわよね?」


 鋭い目で睨めつけて言うヴィオラの問いにレオンは自信なさげに答えた。


「あぁ……できるかわかんねぇけど……。」


「できるかじゃないの。やるのよ、いいわね?」


「はい……。」


「声が小さい!!」


「はっ!!了解であります!!マム!!」


「よろしい!」


 そうこうしているうちに森の入口である渓谷が見えてきた。いよいよ作戦も大詰めだ。


 不敵な笑みを浮かべるヴィオラと緊張した面持ちのレオンは共に森へと駆けていくのであった。


 

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