第十三話 はじまりのおわり


「さぁ着いたぞ。ここが魔王城だ。」


 無事に願いを聞き届けたゾーネンシュリームの手引きで、ヴィオラ達一行は魔王城までやって来ていた。ちなみにここまでは龍で来た。

 魔王城へ行く途中、ゾーネンシュリームが呼んだ龍で飛んでいる時に我に返った彼女が


「よく考えたらあくまでその男が賭けに勝ったのであって、貴様の願いを聞くというのはまた別の話ではないか?」


 と至極全うなことを言い出したが、


「この男は私の従者!主の意思は従者の意思!つまりこの男の意思は私の意思!!……よろしくて?」


「……そうだな!主従というというものはかくあるべきだ!認める!!」


 というヴィオラの暴論によって丸め込むことで事なきを得た。


「ゾーネンシュリームだ!開門!!」


 ゾーネンシュリームが門へ声をかけると、重厚かつ巨大な門が、不愉快に軋みながらゆっくりと開く。

 まずゾーネンシュリームが先導し、その後ろからヴィオラ、またその後ろから未だ気絶中のレオンを背負ったヒューンを先頭に不安そうな顔を浮かべた傭兵団が続く。


「あの……姐さん?どうしてこんな事になってるケヒャ……?」


 木馬の中でゲロゲロ吐いているうちに、いつの間にか魔王軍の本拠地に向かうことになっていたのだ。不安になるのも無理もないだろう。そんな彼らを見て、ヴィオラは慈愛を込めた顔を作り語りかけた。


「……ごめんなさいね。私達の力が及ばずこんな事になってしまって……。でも安心して。あなた達のことは私が必ず守ります。」


 これはあながち嘘でもなかった。自分を慕う者たちを、ヴィオラは決して見捨てない。悪党は身内には優しいのだ。


「姐さん……。」


 ヴィオラの言葉に、傭兵たちの表情が安らぐ。これで一先ずは大丈夫だろう。



 薄暗い城内を一行は進んでいく。

 魔力で光を灯しているのか、紫の薄ぼんやりとした光に城内は照らされている。瀟洒な装いの城内を10分程進んだ頃だろうか、一行は最上階のこれまた物々しい大扉の前に到着した。扉の左右には、恐らく魔人であろう人型の魔物の番兵が侍っており、ゾーネンシュリームの姿を認めるとピシッと敬礼をする。


「先に連絡した通り、魔王様に謁見させたい者共を連れてきた。その旨伝えて来い。」


 彼女がそう番兵に伝えると、片方の番兵が扉を開け中へと入っていった。


「……準備があるから、少し待っていてくれ。」


「承知いたしました。……そろそろあのバカ起こしましょうか。──『少し爆ぜよプチ・デトネィション』。」


 レオンの顔が爆ぜる。彼を背負っていたヒューンは当然ながら、傭兵団の面々はドン引いた。ゾーネンシュリームは吹き出していた。


「ぎゃッ………あれ?俺のドスケベメス犬上司は??」


「……随分いい夢を見ていたようね?レオン?すごーく安心したわ。ええ。」


「なんで怒ってんの?まぁいいや、ここどこ?」


「なんでかしらねぇ?……魔王城よ。これから魔王様に会うのよ。」


「おぉ、やったな!計画通りじゃねえか!すげえなお前!」


「…………そうね。」


 ──あーもう!この男は!この男はぁ!もう!


 複雑なヴィオラと脳天気なレオンを見てゾーネンシュリームが呟く。


「……なぁ?あいつらめちゃめちゃ仲良くないか?」


「そうでケヒャねぇ……。」


 しみじみと見守るヴィオラ傭兵団の面々。その視線は推しカプを見守るオタクのように生暖かい。ちなみに最大手はヴィ×レオである。


 そうこうしているうちに、中に入った方の番兵が扉から出てくる。番兵はゾーネンシュリームに駆け寄り、耳打ちをした後、扉の前へ戻った。


「よし、準備ができたようだ。入るぞ。……くれぐれも粗相が無いように。」


 全員が頷くのを確認し、ゾーネンシュリームが番兵に合図をすると、番兵はゆっくりと扉を開け始めた。重々しく開いた扉の中に一行は入っていく。

 中に入ると、仰々しい豪華な装飾のなされた広い部屋だった。その奥の少し高い所には玉座があり、入口からそこまで真っ直ぐ真紅の絨毯が敷かれている。 


 一行が玉座の前へ揃うと、玉座の側の従者らしき者が声を張り上げた。


「魔王様のぉ〜〜!おな〜〜〜り〜〜〜!!」


 その声と同時にゾーネンシュリームが跪き、レオン達にも跪くように目で促したので、そのようにする。全員が跪くと、どこからか濛々と煙が上がり玉座を包んだ。


 随分派手だな……とレオンが思っていると、段々と煙が晴れてくる。その中には人影があった。


「面を上げい。」


「はっ……。」


 ゾーネンシュリームが頭を上げる。それに倣ってレオン達もぱらぱらと頭を上げ始める。

 顔を上げると、玉座には青白い肌をして、黒い眼に金色の瞳で、深青の長い髪をツインテールに纏めた露出の多い幼女がそこにはいた。


 ──おじいちゃんから聞いてたけど……ほんとにロリっ娘だったんだ……とレオンは思った。

 ちなみに違法ロリはともかく合法ロリはレオンの守備範囲内である。


「よく来たのう、人間共。我はカーラ、魔王である。……久しいの?マリナ。」


「お久しゅうございます。」


(マリナって名前だったんだ……。)


(可愛いわね。)


(な。)


「恐れながらカーラ様、件の人間を連れて参りました。」


「ご苦労。貴様らか、我が軍に加わりたいという酔狂な者共は!確かアスモデウスもいるんじゃったのう!」


『はい、ここに。お久しゅうございますカーラ様。六十年ぶりでございますな?』


 レオンの剣からぼうっとアスモデウスが姿を現し、いつものように芝居がかった大仰なお辞儀をした。


「おお!久しぶりじゃのう!!全く早々にくたばりおって!魔王軍はもうボロボロじゃぞ!ははっ」


『いや耳が痛い。ですが私以上の淫力使いをお連れいたしましたので、それにてお許しくださいませ。』


 アスモデウスが手のひらでレオンを示す。


「ほう……?お主、名は?」


「レオンハルト・ノットガイル……です。」


 レオンの顔を見て、カーラは首を傾げた。


「はて?そち……いつか会ったことがあったかのう?知ってる顔じゃ……誰じゃったかのう……?」


『恐れながらカーラ様、彼はあの勇者ランシュラークの孫でございますれば、似ているのも当然かと。』


「あーーーー!あいつか!!あはははははは!これも運命ってやつかのう!ざまぁないわあやつめ!わしを殺し切れなかった上に孫が魔族墜ちとは!ぶはははは!」


(なんかめっちゃ笑ってる……!怖い!!!)


 大爆笑しているカーラに、ゾーネンシュリームがおずおずと話しかける。


「あー……お楽しみの所失礼いたします。あの、そこの彼女が今回の発起人といいますか、とにかく話を。」


 カーラは急にスン、と真顔になりヴィオラを一瞥する。


「ん……お前は?」


「……元帝国貴族、今は傭兵団の長をしております。ヴィオランテ・ヴァイオレント・ヴィオレットと申しますわ。」


 話を振られたヴィオラは顔を上げ、微笑みを貼り付けて口を開く。その腹の中では──コイツ私の事ナメてんな?と沸々と怒りを燃やしていた。


「ほーん……?で、ウチに入りたいんじゃったか?でものぉ……そこの小僧ならともかく、弱っちいただの人間を我が魔王軍に入れる利があるのかのう?」


「利、ですか。」


 ──んなもん目茶苦茶あるわ!……という感情を押し殺し、貼り付けた笑顔のままヴィオラは話し始める。


「元帝国貴族ですので、帝国の事情については私の知る限りの情報を全てお渡しできます。特に魔導砲については帝国の誰よりも詳しい自身がありますわ。……ご苦労なさってるのでしょう?」


「……確かに、な。」


 カーラが渋い顔をする。事実、魔導砲が導入されてからまともな戦果を上げられていないのが魔王軍の現状であったからだ。


「ドワーフも帝国に取られて、同じものを作ろうとしても作れないですものねぇ?あぁ、ご心配なく?設計図は持ってきておりますので、ドワーフでなくても粗悪品程度ならこちらでも作れると思いますわ?」


 ヴィオラは収納魔法の異次元穴から魔導砲の設計図を取り出し、広げてこれ見よがしに見せる。そんな彼女の挑発的な物言いに、カーラは顔を顰めた。


「なぁお主喧嘩売りに来たの?」


「まさか、国を売りに来たのですよ。」


 悪い顔でくすくすと笑うヴィオラを見てレオンは


(うわー……すげぇイキイキしてんな……こいつ。)


と若干引いていた。


「フン……まあよいわ。話はわかった。しかしじゃ、お主が帝国の回し者かもしれないではないか。身の潔白を保証するものは果たしてあるのかのう?」


「そんなものありませんわよ?」


 即答だった。


「ですが……私は帝国に捨てられた身。彼の国への復讐心、これだけは本物ですわ。……なんなら帝国の人間の死体の山と主神の像に私自ら糞を垂れてやっても良いくらいに!」


 ──ほーん、こいつ中々キマってるのう……とカーラは思った。


「ほう?それは大した覚悟じゃのう。……じゃがの?わしらもう七十年は帝国とバチバチなんじゃわ。なんかなー、担保とか無いと人間なんか信じられんのじゃが?じゃが?」


 カーラがこれまでの意趣返しとばかりに意地の悪そうな笑みを浮かべヴィオラを強請ゆする。

 それを受けてヴィオラは身につけていた高級そうな紫水晶の首飾りを外し、ほらよとばかりに掲げた。


「……ではこちらを。これは私の家に代々伝わる家宝の純紫水晶でございます。私の誇り、私の存在証明そのものに他なりませんわ。」


 カーラがそれを持って来いとゾーネンシュリームに視線で命ずると、彼女はそれをヴィオラから受け取り、恭しくカーラに差し出した。

 カーラは紫水晶を手に取ると、それをまじまじと見つめ、やがて満足そうにニヤリと笑った。


「……まぁ良いじゃろ。とりあえず受け取ってやろう、お主の安い誇りをの?……マリナ。」


「はっ。」


「この者達の参入を許す。後はお主に任せるわ。……わしゃもう寝る。このじゃじゃ馬の相手で疲れたでの。」


「畏まりました。」


「じゃあのー。精々気張れよーお主ら。」


 そう告げるとカーラはひらひらと手を振りながら玉座の奥の方へ引っ込んでいった。


「……ご苦労だったな。それではお前達がひとまず居住する区画へ案内する。軍のことについては明日話そう。今日はゆっくり休め。」


「あ、ハイ。よろしくお願いします。おいヴィオラ……。あ。」


 レオンは跪いたまま動かないヴィオラに声をかけようとして、気づく。

 ──彼女の身体が怒りに震え、拳が血が出るのではないかというぐらい握りしめられていることに。





「ヴィオラー……?大丈夫か?」


 コンコンとドアをノックしてレオンはドアを開けた。


 ゾーネンシュリームの計らいで、レオン一行は各々ひとまず寝室を与えられた。と言っても、男連中は全員タコ部屋のような部屋に押し込められヴィオラのみが個室を与えられた。そういう気遣いが魔族にもできたらしい。


 魔王カーラとの謁見からヴィオラの様子がおかしいと感じていたレオンは、夜になってから──といっても、ニヴルヘイムはいつも空が暗いのだが──彼女の個室を訪ねたのであった。


「えぇ、もう頭冷えたから大丈夫。入りなさいな。」


 とりあえずホッとしたレオンは、部屋に入る。ヴィオラは部屋の机で何か書き物をしている途中だった。


「何か書いてんの?」


「手紙をちょっとね。」


「ふうん。」


 カリカリとペンの音だけが部屋に響く。数分ほど経った頃、手紙を書き終えたのかヴィオラはペンを置いた。


「できた……『伝書の鳩よ、出よボーテン・タウベ・ロス』。」


 ヴィオラは魔法で鳩を出した。その体色は彼女と同じ紫色だ。……恐らくこれも『禁術秘録』産の魔法だろう。その鳩にヴィオラは手紙を括り付けて、窓の外に放った。


「何を送ったんだ?」


「まあ色々とね。布石を打っとこうと思って。……それよりアンタ、私の目標忘れてないでしょうね?」


「ああ……魔王になって帝国ぶっ倒すんだっけ?」


「そうよ!……あんのメスガキ、帝国ブッ潰した後ついでにブッ殺してやるんだから!!」


 椅子から立ち上がり、興奮気味にヴィオラが言う。

 ──あぁ、いつものヴィオラだ、とレオンは思った。


「……心配して損した。じゃ、俺ぁ寝るわ。お休み。」


 ヴィオラが平常運転に戻り安心したレオンはひらひら手を振って部屋を後にしようとする。


「お休みなさい。……明日から忙しいんだから、さっさと寝なさいよ?」


「だから寝るっての。」


 バタン、とドアが閉まる。


 ヴィオラはベッドに倒れ込み、これからのことに思いを巡らしながら、天井に手を伸ばす。そして楽しそうに呟いた。


序曲オーベルテューレは終わり。一旦幕は下りるけれど……次に幕が開くときがあんたらの終わりよアンナ。あぁ……楽しみね。本当に。」


 ヴィオラの放った伝書鳩が、帝国に向かって夜空を駆ける。


 ──そう、これからが彼と彼女の逆襲劇ヴェンデッタの本当の始まりだった。

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