第十二話 太陽曰く燃えよカオス
「ゾーネンシュリーム卿!!貴公に一騎打ちを申し込む!!」
衝突で半壊した木馬から踊り出つつ、レオンは要塞に向かって叫んだ。気合を入れる為にいつもと違って額には真っ赤な鉢巻を巻いていた。
傭兵団の面々は木馬の揺れに耐えかねて胃の中の物をゲーゲー戻していた。汚い。
ちなみにヴィオラはというと今後の計画の為にまた魔導収納袋に入ってもらっている。
レオンの名乗りに、すぐに返事が要塞から返ってくる。
「いいだろう!!買ったぞ!その喧嘩!!」
ゾーネンシュリームは櫓の上から身を翻して跳び、レオンの近くに着地した。その顔は狂喜に満ち溢れていた。
「あんたがゾーネンシュリーム卿か……!」
(……デカい!)
ゾーネンシュリームのバストは豊満だった。
切れ長の美しい眼をたたえた凛とした顔つきに、青みがかった腰まであろうかといった長髪を後ろで束ねたその姿はまるで女騎士のようであった。そして特徴的な尖った耳と堅牢そうな鱗に包まれた尻尾が否応なしに彼女が龍を継ぐ者であることを示している。
加えてバストは豊満だった。
「如何にも、私が魔王軍十傑集が一人、『龍血』のゾーネンシュリームである!……レオンハルトと言ったな?闘ろう、すぐ闘ろう。私は貴様の様な馬鹿をずっと待っていたのだ。」
「……話の早い女は好きだぜー?」
「奇遇だな私もだ。さぁ、行くぞッ!!」
大地を蹴り、ゾーネンシュリームがいきなり吶喊してくる。
(……ッ!?ヤベえ、速すぎ……!)
意表を突かれ、反応が遅れたレオンに残された道は剣で受け止めることだけだった。しかし魔人の膂力に対して、ただの人間が耐え切れるであろうか。
魔人の拳と人の剣が交錯し、鈍い金属音を立てる。──あろうことか、レオンの剣はチリチリと火花を散らしながらそれを受け止めていた。
「ほう、よくぞ……いや違うな!お前だけの力ではない、そうか、この茹だるような淫の気は……!フハハッ!懐かしいなぁ!そうか、お前か!!アスモデウス!!」
アスモデウスの声が剣から響く。
『その通り、僕だ。いや、本当に久しいねマリナ。実に六十年ぶりといったところかな?』
「マリナと呼ぶな痴れ者が!フフ……しかしお前がそんな事になっているとはなぁ!お前がいなくなってからアダルヴォルフも、ルサールカも、みんな討ち取られてしまったぞ?もう三人しか残っていない。十傑集の名折れよなぁ!?」
『全くだ、笑い話にもなりはしない。……ところでレオン、そろそろ離れてはどうだね?形勢を立て直そうじゃないか。』
(それはそうだけどよ…このねーちゃん力強すぎて押し返せねーんだよ……!)
『ふむ、淫力不足かな。……眼は動かせるね?彼女の顔から胸元までをゆっくり、舐めるように視姦してみたまえ。』
アスモデウスの言葉に從い、改めてゾーネンシュリームの風貌を眼に捉える。
まず顔。高貴ささえ感じる顔つきに爬虫類の如き切れ長の気の強そうな目がたまらない。そしてその口元には、妖艶さを醸し出す黒子があった。
「……お?」
そして眼球を動かし、今度は胸元へと視線を落とす。彼女の纏う身体にぴったり張り付くような鎧に、豊満な乳房が窮屈そうに押し込められている。
そして開け放たれたその谷間には──またも黒子があったのだ。
「おっ……おおおおおおおおおおおッ!!」
瞬間、淫力が怒濤のように身体から湧き出した。そして噴出した淫力の余波に身の危険を感じたゾーネンシュリームが飛び退く。
レオンは、エッチな位置にあるエッチな黒子が大好きだった。
「いいな……!最高だな……!アスモっちゃん!!」
『然り、然り。いや、僕も大好きでね。気が合うようで嬉しいよ、レオン。』
「お前と言うやつは……!また私をふしだらな目で見たな!!アスモデウス!!」
『淫魔だからねぇ。性分だ、許せよ。』
くつくつと笑って返すアスモデウスにゾーネンシュリームが憤る。
──いいね……ああいうお堅い年上のお姉さんが俺は大好きだ……とレオンは思っていた。
一方ゾーネンシュリームは、憤りつつも頭の中では冷静に戦況を見据えていた。
(あの力……60年前のアスモデウスと同じ、いやそれ以上か……?ただの人間かと思っていたが……見極めなくてはなるまい。だがまぁ……。)
「面白いので良し!!」
……バトルジャンキーの本能には抗えなかったようである。
「レオンハルトと言ったか?先程はすまなかった。いやなに、貴様の様な奴は久しぶりでな。仕切り直すとしようじゃないか。」
「そいつぁ……ありがたいね。まだこっちも準備できてなかったからな……!」
「ほう?では待っていてやろう。早くしろ。」
「恩に着る。……ヴィオラ。」
レオンは魔導収納袋──以降魔導袋と呼称する──を耳に近づけると、中のヴィオラに呼びかけた。
「何?どうしたのよ?」
「“勝利の呪文”を頼む……。」
「はぁ?」
「いやその……お前のちょっとエッチな秘密をこっそり囁いて貰えれば……助かる。ほら説明したろ、大淫魔の剣のこと。」
「エッチな秘密ったって……無いわよそんなの。」
「何でもいいんだ!ちょっと身体に気になる部分があるとか!そんな些細なことでいいんだよ!早くしろ!俺が殺されてもいいのか!?」
「ちょ、待ちなさいよ!今考えてるんだから!!……あ。」
しばしの沈黙の後、ヴィオラは恥じらいを込めたおずおずとした声で話し始めた。
「その……恥ずかしいんだから秒で忘れなさいよ……?」
「うんうん、忘れる忘れる。」
もちろん嘘である。
「あのぉ……その、右の胸の……なんてーのかしら、乳輪?の……縁にぃ……その……大きめの黒子が……ありまぁす。」
その事を聞いた刹那、レオンの身体から爆発的に淫力のオーラが迸る。それは先程の比ではなく、まるで天を衝くかのように激しく立ち上っていた。
「……ありがとな。一生忘れないよ。」
「ちょっとぉ!?忘れるって言ったでしょお!?あーー!男って!男って!みんなこんな馬鹿なのかしら!!!!?」
そうである。きっとみんな男はオッパイにある黒子が大好きだ。それは太陽にぽつんと現れる黒点に、神秘を感じることと同じように。
「よっしゃあ!!いつでも来やがれ!!」
「あはははははは!面白過ぎるぞ貴様!!」
ゾーネンシュリームは我慢できないといった様子でけらけらと笑う。
「どれ……私を楽しませた褒美だ。少し本気でやってやろう。」
そう言うと、彼女の身体からもオーラが立ち昇る。色は血のような紅だ。そのオーラの発現と共に、彼女の顔や身体の一部を鱗が覆い始める。
その姿は、正に龍の魔人と呼ぶのに相応しい禍々しさだった。
「ふん……5割といったところか?さ、闘るぞ。」
「望むところ……!行くぜ!!」
大地を蹴り砕き、再度龍と人は激突した。
◇
「どうした?そんなものか?お前の力は!?足りないぞ!もっと私を楽しませろ!!」
激突し斬り結ぶレオンとゾーネンシュリーム。その戦況はゾーネンシュリームの優勢であった。
淫力により強化され、人を超えているはずのレオンの身体能力のさらに上を行く彼女のそれは、彼をじりじりと削り取っていった。レオンの身体の到る所に血が滲む。
「はは……こんなんだったらちゃんと冒険者やっとくんだったな……。」
あまりに身体が鈍っているので、レオンは自身の惨状に苦笑する。──事実、いきなり得た強大過ぎる力に身体が全くついていかなかった。
結果、半ば嬲り殺しのようになった彼をそれでも立たせていたのは、娼館で鍛えた足腰だった。やはり使わないと何事も駄目だな──とレオンは思った。
「満身創痍だなぁ……人間?血塗れではないか。唆る匂いをさせて……誘っているのか?喰ってしまうぞ?」
「おっと、嬉しいお誘いだが……ベッドにシケこむにゃまだ早いぜ?こっちはまだ奥の手があんだよ。」
「ほぉう、そいつは素敵だな?……では見せてみろその奥の手とやら。」
レオンの強がりに、ゾーネンシュリームが興味を示す。そして脚で地面に線を引き、その上に腕を組んで仁王立ちになった。
「大体察しはつく。
「……お優しいことだな?好きになっちまいそうだぜ。」
「かまわんぞ?……あぁそうだ、この線から少しでも退かせてみろ。そうしたら何でも望みを叶えてやろう。──どうだ、やる気になったか?」
「へへ……俄然ビンビンだぜぇ〜?吠え面かくなよ?」
「フ、かかんさ。ほら、おいで。」
ゾーネンシュリームがおのが子を迎え入れるかのように両腕を広げる。まるで聖母だ。
「それは天高く聳え立つもの、屹立する黒鉄の塔──。」
レオンは勝負に勝った後の事を思い浮かべながら、言葉を紡ぐ。妄想の中のゾーネンシュリームが彼の淫力を高めてゆく。
──まずは、犬の真似をしてもらおうか!!
「──
レオンの叫びと共に周囲の大地が形を変え、一本の巨大な槍となってゾーネンシュリームを襲う。
──だがそれは、彼女のたった一発の拳によって碎かれてしまった。
「……巫山戯ているのか?こんなものでこの私が退くとでも?」
ゾーネンシュリームの額に青筋が立つ。期待外れなものを見せられて怒り心頭といった様子だ。
しかしレオンは尚も不敵に笑う。
「いや?大真面目さ……足元を見てみろよ。」
ゾーネンシュリームが視線を足元に向ける。すると一体どういうことか、彼女の足は彼女自身が引いた線の後ろにあった。
「……!?」
「仕掛けた一発はブラフさ。……アスモデウスは言ってた。勃起魔法は大地を操る魔法だって。だったらこういう事も出来ちまうんだよ。地面に引いたのが不味かったなァ!?俺の勝ちだ!!」
「……ふ、ふ、あはははははははははははは!!」
レオンの勝利宣言に、ゾーネンシュリームは爆笑をもって返した。
「いや、一本取られた。確かに線より退かされてしまったなぁ!?あはははははは!」
「……で、勝ったら何でも叶えてくれるんですよねぇ?早速お願いしたいんですけど!!」
「うん、許す。言ってみろ。」
「だったらぁ!俺の──」
レオンが願いを言おうとしたその瞬間。魔導袋から紫の影が飛び出した。
「“
「ぐぇっ」
ヴィオラの手刀がレオンの首を的確に捉えると、レオンの身体はそのまま崩れ落ちるように地に伏した。
「んふッ!?……貴様は?」
吹き出したゾーネンシュリームの問いにヴィオラは優雅にお辞儀をして答える。
「お初にお目にかかりますわゾーネンシュリーム卿、私はヴィオランテ・ヴァイオレント・ヴィオレット。元帝国貴族でございます。……つきましては、このバ……失礼、この男の代わりに私の願いを叶えて頂きたく参上いたしました。」
「ほう……まぁいいだろう、言ってみろ?」
「ありがとうございます。」
ヴィオラはとっても悪い笑顔で微笑むと、願いを龍種の魔人へ告げた。
「私たちを、魔王軍へ入れて下さいますか?」
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