第十一話 攻撃戦だ!!


「おー、やってんねぇ!」


 戦場を取り囲む山の上からレオンは戦場を一望する。既に戦闘は始まっており、はるか下の戦場では帝国軍兵士と魔王軍の魔物が衝突していた。


「あのー……副首領?どうして俺たちは山に登ってるケヒャ……?」


 傭兵の一人、鶏のようなモヒカンと語尾が特徴的な男、ヒューンが疑問を呈する。


「俺たちの役割は遊撃ケヒョう……?」


「ヒューンだったか?さっきも言ったろ奇襲だよ奇襲。ぐるーって回り込んでグワーッって奇襲かけて敵の本陣にガツーンってやんだよ。簡単だろ?」


 レオンは壊滅的に説明が下手糞だった。


「いや……だったらなんでこんな山の中に……?うまく回り込めたとしても流石にこの高さを降りるのは無理ケヒャ……死んじまうケヒャ……。」


「そこはうちの大将と俺に任せとけ。なんとかなるからこうして山登ってんだ。だから、今は信じて付いて来てくれ。頼むよ。」


「うぅ~ん……了解だケヒャ……。」

 

 レオンの言葉に半信半疑といった表情を浮かべながらもヒューンは引き下がった。 


 

 黙々とレオンと傭兵共は山中を進んでいた。

 魔王領へと近づくにつれ、生態系というやつが違うのか、段々と草木が少なくなってくる。ただの国と国との境だというのに流石に魔王領、魔界と呼ばれるだけのことはあった。


 目を凝らして戦場を見下ろす。そして、視界の先に黒地の旗がはためく砦を認める。──見つけた。恐らくあそこが敵の本陣だろう。


「よーーし止まれ!ここで奇襲の準備をするぞ!……ヴィオラ!」


 進軍を止めると、レオンは魔導収納袋からヴィオラを引っ張り出した。帝国軍の目を盗んで移動する必要があったので、とりあえず魔導収納袋に突っ込んでおいたのだ。やっぱり便利、魔導収納袋。


「うーん……なんか、なんかフワフワしてて……気持ち悪かった……地に足がついてるっていいわね……。」


 少し気分が悪そうだったがまぁ大丈夫だろう。──袋の中ってどうなってるんだろう、あとで聞いてみよ……。


「あ!姐さんだケヒャ!!」


「姐さーーん!」


 ヴィオラは小さく手を振り歓声に応える。部下の前では余裕を忘れない。指導者の器だ、とレオンは思った。


「……いけるか?」


「当然!──『兵侍りし虚飾の馬カルッセル・トロイヤ』!!」


 ヴィオラが呪文を唱え、いつかゴブリンを収納するのに使った馬の形をした木造建造物を魔王軍の砦の方向に向けて召喚する。

 これが、今回の作戦の要だ。


「よーし……お前ら、乗り込むぞ!」


 それを聞いた傭兵たちが少しどよめく。


「え……?これに乗るケヒャ……?」


「そうだ!車輪が付いてるだろ?それで山を一気に下って敵の砦にズドン!!……我ながら完璧な作戦ではないかね?ヴィオラ氏。」


「うーんまぁ正気の沙汰じゃないけど面白いから許可しました!さー乗って乗って!大丈夫!マジックアイテムみたいなモンだから中に入ってれば安全よ!!多分!!」


「えー……まぁ姐さんがそう言うなら……」


「そうケヒャね……。」


 ぞろぞろと列をなして、傭兵たちが木馬に乗り込んでいく。


「ケヒャッ!?中になんかいるケヒャよ!?」


「あ!中にゴブリンいるけど気にしないで!俺の部下だから!!」


「えぇ……。」


「わっ……ほんとにいる……。」


 多少まごついたものの、傭兵たちは全員木馬の中に入っていった。

 後はレオン達が入れば準備完了である。


「……ああ言ったけどほんとに中にいれば大丈夫なのか?」


「多分……。ほらゴブリン入れてから何日か経つけど一匹も餓死してないでしょ?多分なんかそういう加護的なサムシングなのよ。多分。」


「そっかあ……。あ、どうやって斜面まで押す?全然考えて無かったわ。」


「ゴブリン共に押させりゃいいんじゃない?50匹いれば流石に動くでしょ。」


「そうだな、それで行くか。一応最初の3匹は残しておこう。多分何かに使えると思う。」


「オッケー。じゃ、私達も乗りましょうか。」


 軽い相談を終えると、レオンとヴィオラは木馬へ乗り込んだ。レオンの指示でゴブリン50匹を木馬の後方へと配置する。後は号令をかけるだけだ。


 木馬の中は中々窮屈そうだった。大の大人が沢山詰め込まれているのだから、しょうがないといえばしょうがないのだが。


「ふん……とりあえず俺とお前は前の方にしとくか。ほらどけどけ、副首領が通るぞっと。」


「首領もいるわよ!!」


 傭兵たちを押しのけ、前の方の空間まで行き、レオンたちはそこに陣取った。そしてヴィオラを壁の方により掛からせると、レオンはその壁に手をつき覆いかぶさるような──所謂壁ドンの体勢をとる。


「ねぇ……近いんだけど。」


「気にするな、お前は俺が守る。」


「……一応聞いておくわね?その心は?」


「俺のオッパイが事故とはいえ他の男に触れられるのは──我慢ならない。お前のオッパイの感触を楽しんでいいのは俺だけだ。」


「ハァ……私の胸はあんたのモノになったワケじゃないんですけど?」


「……?いずれ夫になるんだろ?」


「私が魔王になったらの話でしょうがそれは。」


 ヴィオラは額に手を当てため息をつく。

 ──駄目だこの男、早く何とかしないと……。


「……まぁいいわ。めちゃ揺れるだろうし、しっかり守るのよ?」


「あたぼうよ!……じゃあそろそろやるか。ゴブリン部隊!押せ!!」


 レオンは木馬の中から大声でゴブリンたちに指示を出す。すると木馬はゆっくりと動き始めた。それにつれて、傭兵たちが不安の色を浮かべる。まるで処刑を待つ罪人のようだ。


「姐さァ〜ん……これほんとに大丈夫なんすかァ……?」


「大丈夫よ!……多分!!」


「さっきから多分って言ってばっかりじゃ……あああッ!!」


 木馬の前の車輪が山の斜面にかかり、少しずつ傾き始めた。そのままどんどん傾いていき、最後に一際大きな音を立てて完全に木馬は斜面に対して平行になる。──後はもう滑り落ちるだけだ。

 物理法則に従って木馬はどんどんスピードを上げてゆき、最高速度まで到達したその時には、その中は阿鼻叫喚の様相を呈していた。魔法の効果なのか中は特に慣性で壁に叩きつけられるということはなかったが、誰もが未知の恐怖に声を上げずにいられなかった。


「うわあああああああああああああああ」


「お"母ぢゃああああああん!!」


「ケーーーーーヒャーーーーーーッ!?」


「あはははなんかたーーのしーーーー!」


 レオンは例外だった。



 ──所変わり魔王軍グンスラー要塞。


「ふう……。」


 要塞の総司令官である龍種の魔人、マリナ・ゾーネンシュリームは退屈していた。血みどろの殺し殺されを至上の喜びとする彼女にとって、この総司令という役職は退屈極まりないものだった。雑兵共に指示を出し、自分は後方で構えているだけ──何もかも魔王軍の人材不足が悪い、と彼女は思っていた。


 六十年前の勇者との戦いで、魔王軍十傑集を始め、魔王軍の有力な戦士たちはほぼ討ち取られてしまった。十傑集にいたってはもう三人しかいない。体裁すら保てていなかった。ちなみにその内の一人が彼女である。


 たまに戦列を突破してくる人間がいるにはいるのでその時は彼女が相手をするのだが、ちょっと小突いたくらいで戦意を喪失してしまう者ばかりだ。


 ──私の勧誘に乗らないのだから、覚悟キマりまくった本物の勇士だと思っていたのに……つまらん。


 やはり次代の勇者が来るのを待つしかないのか──と彼女が思っていたその時、慌ただしく扉を開けて部下が飛び込んで来た。


「ゾーネンシュリーム様ッ!!」


「……何事だ、騒々しい。」


「戦場右翼の山岳地帯からッ……何やら巨大な馬?のようなものがこちらに向かって高速で接近しておりますッ!!」


「馬だと……?わかった、すぐ行こう。」


 部下からの報告に立ち上がり、カツカツと音を立てて要塞の物見櫓へ急ぐ。


(馬のようなものとはなんだ?もしや帝国の新兵器か?)


 櫓に着くと、すぐさま山岳地帯の方へ目をやる。確かに巨大な馬のようなものがこちらへ向かって魔物共を薙ぎ払いながら爆走しているのを認めた。


「フフッ、馬、馬だな、確かに馬だ。帝国の奴ばらにも酔狂なものがいるらしいな?フフフ……!」


「笑っている場合ですか!?あれは止まる気配がありませんッ!……こちらに突っ込む気ですぞ!!」


「構わん。私の要塞があれ程度でブチ壊れるものかよ……!面白いからむしろぶつけさせてやれ。」


「ゾーネンシュリーム様ァッ!?」


 狼狽える部下を尻目に、ゾーネンシュリームの心は踊っていた。久方ぶりに面白いものが見れそうだ──と彼女の口角が吊り上がる。その爬虫類じみた切れ長の美しい眼は最大まで見開かれ、拳がギリギリ音を立てるまで握りしめられた。 


「さぁ来い、来い、来い!貴様らの敵は、私はここだぞしっかり狙え!」


「もうぶつかります!!お逃げ下さい!危険です!!お逃げ下さい!!」


「私をブッ殺して見せろーーーーーッ!!!」


 ゾーネンシュリームが愛の抱擁を受け止めるように両腕を広げたと同時に、木馬は要塞へ衝突した。

 

「うわああああああああああああ!!」


 その衝撃は要塞を揺らし、この世の終わりの様な轟音を響かせた。部下の魔人たちが恐怖に震える中、ゾーネンシュリームはただ一人大笑いしていた。


「あっははははははは!!馬鹿が!本当にぶつけよったわ!あはははははは!!」


 濛々と土煙が登る中、衝撃で半壊した木馬から影が一つ飛び出すのをゾーネンシュリームは捉えた。


 ──あいつか?あいつがこれをやらかした大馬鹿か?私の敵なのか??……という、恋慕にも似た熱視線を彼女は送る。すると、影の主は猛々しく声を上げた。


「音にこそ聞け!近くば寄って見やがれ!!我こそはヴィオラ傭兵団が副首領にして勇者ランシュラークの孫、レオンハルト・ノットガイル!!ゾーネンシュリーム卿はいるか!?貴公に一騎打ちを申し込む!!」


──あぁ、やっと、やっと来たか。と、ゾーネンシュリームは笑う。そうだ、きっと奴が、奴こそが──


「……私の敵かァ!」

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