第十話 猛将列伝〜戦国体操第一〜


「ハ〜イそれじゃあ作戦会議をしま〜す」



 月明かりの下を馬車がゆく。

 無事傭兵になったヴィオラとレオンは、魔王軍との戦場の前線基地であるアースグリム砦へ向かっていた。

 現地までは半日かかるとのことなので、馬車の中でこれからのことについて話し合うことにした。

 ちなみに馬車には二人きり。後続の輸送用馬車にはヴィオラの舎弟共が乗っている。


「その前に質問!」


「ハイ、ヴィオラさん」


「色々基地はあると思うんだけど、なんでアースグリムなの?」


「いい質問ですねぇ。お答えしますゥー。」


 レオンは地図を広げた。


「まず魔王軍との最前線のうちの一つで魔王領にとっても近いということ。そしてマスターに色々聞いたところ、敵の大将である龍種の魔人ゾーネンシュリーム卿はとーっても高潔な武人であるということから選びましたー。」

 

 それを聞いてヴィオラが首をかしげる。 


「魔王領に近いってのはわかるけど、どうしてそのゾーネンシュリームってやつが出てくるのよ?」


「い〜い質問ですねぇ!ここだけの話ゾーネンシュリーム卿はですねぇ、力を認めた人間を魔王軍に勧誘するクセがあるみたいなんですねぇ!『お前も魔王軍にならないか?』って。」


 そこまで言うとヴィオラもああなるほどとポンと手を打った。


「つまりそれで魔王軍に入っちゃおうってわけね!」


「その通り!!」


 そう、恐らく魔王軍に入るための一番手っ取り早い方法がこれだ。それに、人間を勧誘するというのなら人間という種への敵対心も薄いだろうというのも理由の一つ。なにせ70年近くも戦争をしているのだ。人間と魔族の確執は根深い。


「それで作戦なんだが……ここをこうして……こう行こうと思うんだ。」


「あんた正気ィ?──でも面白いじゃない!乗ったわ!」


 口角を吊り上げニヤリと笑ってヴィオラは指を鳴らした。レオンもつられてニヤニヤする。


 ──ゴトゴトと馬車は音を立てて街道を進んでいく。……さぁ、楽しい戦争までもう少しだ。



「ハーーイヴィオラ傭兵団の皆さん全員揃ってますかぁー?」


 無事アースグリム砦に到着したレオン達は、小休止を挟んだ後ブリーフィングの為に馬車の前に集まっていた。


 帝国の正規の兵士によると攻撃開始は正午の鐘と同時に開始、レオンらオーベル傭兵ギルドの面々は遊撃隊として動くようにとのことらしい。


 ──随分俺たちにとって都合がいい展開だが……まあそんなこともあるだろう。


 ちなみにヴィオラには馬車に引っ込んでもらった。もし面識のある帝国の人間に会ったら面倒だからである。


 そんなこんなで、レオンはヴィオラと二人で練った作戦を伝える為に傭兵達を集めたのであった。──のだが……。


「誰だテメェーーー!しゃしゃってんじゃねぇぞコラーー!」


「ブッ殺すぞクソガキ!」


「姐さんはどうしたーー!!姐さんを出せよ!!」


「ケッヒャーーーーーー!」


 ご覧の通り、非難轟々といった有様だ。

──無理もない。彼らはヴィオラのカリスマと腕力に惹かれて集まってきた者たちだ。しかもレオンはぶっちゃけ彼らと話した事がない。残念でもなく当然ということだ。


 しかし、そうも言ってられない。レオン達の作戦には彼らの協力が必要不可欠だ。戦争は一人ではできない。


 レオンは大きく息を吸うと、やいのやいのと騒ぐ傭兵共を怒鳴りつけた。


「ええいやかましいぞお前らッ!!」


 一瞬傭兵共が固まった。再び騒ぎ出す前に二の句を継ぐ。


「ヴィオラ様は……その、あれだ、女の子の日だ!よって陣頭指揮はこの俺レオンハルト・ノットガイルがとる!いいな!」


「あっ…じゃあしょうがないな……。」


「姐さんだって女の子なんだケヒャ……辛いときだってあるケヒャよね……。」


 少しずつ騒めきが収まってゆく。しょうがないことだから、しょうがないのだ。……まぁウソだけど。


「……つーかマジでお前誰だよ!どこのひょうろく玉だァン!?」


「名を名乗れ名を!!」


「さっき名乗ったろうが!!ていうかお前らな、俺の方が先にヴィオラの部下になったんだから少しは敬えよ!先輩だぞ先輩!!ヴィオラがリーダーなら俺は副首領だっつーの!」


 あまり年功序列というのは、レオンはあまり好きではないのだが、どうにかして彼だけでこの傭兵共を手なづけなくてはならなかった。作戦の成功に関わるからだ。


 なのでレオンは虎の威を借るようで、あまり切りたくないカードを着ることにした。


「そんならば!!──時にお前ら、『鬼畜』のランシュラークという名に聞き覚えはあるかァ!?」


 ──おじいちゃんの名を出す!傭兵の間では死ぬほど有名だから!


「そりゃあ、俺たちの"伝説"じゃねぇか!それがなんだってんだよ!」


 そしてレオンは、これまでに無いくらいのドヤ顔を作って自信たっぷりに言い放った。

 

「俺の……おじいちゃんだ!!」


 傭兵共が静まり返る。


──決まった。と、レオンは思った。


 ……のもつかの間、一斉にブーイングが巻き起こった。 


「ふざけんな!!ぶっ殺すぞ!!!」


「テメェみてぇな胡散臭えやつが"伝説"の孫な訳ねーだろ!!」


「ケヒャーーーーッ!!」


──あれ……おかしいな……信じてもらえない……。目とかそっくりだってよく言われるのに……。


 レオンはちょっぴりガッカリした。

──マズイ……これでは作戦どころじゃない!

 その時である。レオンハルトに電流走る。


「証拠を見せろよ証拠をォ〜〜〜!」


「……ほぉん?証拠とな?」


 浴びせかけられる罵詈雑言の数々に、レオンは勝機を見つけた。 


「よろしい……じゃあ見せてやろうじゃないか!!この俺が“伝説”の孫たる証拠をなァ〜〜〜ッ!」


 レオンはそう啖呵を切ると、力を下半身に集中させた。すると彼のイチモツはズボンの中で一気に天を仰いだ。──アスモデウスに習った勃起魔法の初歩の初歩、それは自らの愚息を操ることであった。──自分の分身さえ思うがままにできない者に、どうして万象を操れようか。というのは彼の言である。


 その有様に流石に傭兵たちも少しく驚きの声を上げた。


「なにっ……デカい!」


「でもそれのどこが証拠になるってんだ!“伝説”のそれはそんなモンじゃねぇ!お前のはただちょっとばかしでけえだけじゃねぇか!!」


「まぁ落ち着け……これからが本番だからよ……!」


 レオンは地面から拳よりも大きな石を拾い上げると、それを傭兵たちに見せつけた。


「それで……何を……まさか、止めろ!!」


「そんなことしたら流石に潰れちまうケヒャ!」


──あぁ、煩い、五月蝿い。こうなったのも全部お前らのせいだろうが……黙って御覧じろ──。


 傭兵たちの声を無視してレオンは大きく石を持った手を振り上げる。そしてその間に彼は思い出す。

もはや目に焼き付いた憧憬、揺れに揺れる、ヴィオラの大きな胸を。


 淫力が高まる。そしてそれは身体中を駆け巡る。まるでそれは、海綿体に血液が流入するように。


──全身を、勃起させるように。


 かくして、レオンは思い切り自らの股間目掛けて石を振り下ろした。傭兵たちが、自らのそれが爆発四散するのを幻視する。誰も彼もが股間を手で覆った。


 しかし、砕け散ったのは衝突した石の方だった。

 天高く聳え立つレオンのイチモツは、『淫力強化』によって地を砕くトロールの一撃すら容易に防ぎうる硬度を誇る。ただの石塊など飴細工に過ぎなかった。 


「……すげぇ。」


 その光景を目の当たりにして、傭兵たちの誰かが声を漏らす。それを皮切りに先程までレオンを謗っていた傭兵たちが称賛の声を上げ始める。


「やりやがった……!やりやがったぜあの兄ちゃん!」


「“伝説”のイチモツは天地を裂き、七人の女を同時に貫いたと言うぜ……!俺たちは今、“伝説”の再来を見たんだ……!」


「あんたは“本物”の“漢”だケヒャ!!姐さんが一番に部下にしただけはあるケヒャねぇ!!」


「へへ……どうも……どうも……。」


 褒められ慣れていないレオンは頭を掻きながら称賛に応える。 

 彼は思った。人に認めてもらうってこんなにも気持ちがいいものか、と。


 それはそれとして、本来の目的を果たすために作戦を説明せねばならない。レオンは大きく咳払いをする。


「オッホン!……皆ありがとう。それで、作戦の説明に入っていいか?」 


 傭兵たちの肯定的な態度を感じ取ったレオンはそのまま話を続ける。


「ありがとう。今から説明する作戦で、俺たちは魔王軍の将ゾーネンシュリーム卿を討ち取る!皆、ついて来てくれるか!?」


 それを聞いた傭兵たちは一際大きな歓声を上げた。皆が皆、戦功への欲望を瞳に燃やしている。

──良い、良い兵士達だ。


 かくして今、レオンのイチモツの下に男たちは一つになった。


 開戦の号砲が響き渡るまで、あと少し。

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