第九話 ケヒャッ!ガキは帰ってママのミルクでも飲んでなァ!


「傭兵ギルドに行こう」


 レオンは翌朝、朝食中にヴィオラにそう提案した。昨夜のアスモデウスとの会話で夢を見つけた彼はやる気に満ち溢れていたのだ。


「魔王軍と接触するならやっぱ戦場に行かなきゃだろ。で、戦場行くなら傭兵になるのが手っ取り早いと思うんだ。」


「あら、随分やる気じゃない?どうしたの?」


「まあな、俺にも野望ってやつができたワケ。」


「いいことね!目的があるのは大事よ!ちなみにどんな野望なの?」


「んー……まずお前を魔王にして、夫になる。」


 するとヴィオラの顔が一気に赤くなった。


「んぇ!?」


「んだよ、お前が夫にしてやるって言ったんだろーが。」


「ンそれはぁ!それはまぁ……そうだけどぉ……!」


 最近コイツ可愛らしくなったなとレオンは思った。まるで初対面の時とは別人である。


「んでなー?お前と俺の国になー?色んな種族の女の子沢山集めて娼館作ってなー?そこで一生遊んで暮らすんだ。あ、嫁はお前だけだから心配すんな」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴィオラの赤面がスッと消え真顔になる。


「……そうねぇ。そういえばあんたはそういう奴だったわねー。あー、ちょっと嬉しいと思ったのが馬鹿みたいよホント。」


「……?どうした?」


「なーんーでーもーあーりーまーせーんー。」


(お金渡してない女って何考えてるか分かんねぇなー……。)


 いつの間にか少し独占欲が芽生えていたヴィオラだった。



 その後なんとかヴィオラの機嫌をとって、レオン達はオーベルの街の傭兵ギルドに向かった。

 小汚い装いをしたギルドのスイングドアから中を覗くと、そこは冒険者ギルドより数段ガラの悪そうな連中が集う酒場のような場所だった。

 そこら中に喧騒が溢れ返り、取っ組み合いをしている者たちもいる。

 レオン達がドアを開きその喧騒に突入すると、視線が一斉にこちらを突き刺した。

 歴戦の荒くれ共がこちらを値踏みするような目で頭の天辺から爪先までを舐め回す。


「ちょっとレオン……大丈夫なの?」


「気にするな。あんまりキョロキョロしてると舐められちゃうぞ。」


「あっ、やだ引っ張んないでよ!!」


 レオンはヴィオラの腕を掴んでズンズン進んでいく。そして気難しそうな酒場のマスターらしき人物のいるカウンターまでやってきた。


「なんだい兄ちゃん。ここにはミルクなんて置いちゃいねぇぜ。」


 マスターの隻眼がレオン達を睨む。


「いや、こいつを傭兵ギルドに登録したくて。」


 そう言ってレオンがヴィオラを指差すと、周囲からどっと笑い声が起こった。


「ギャハハハハ!その馬鹿デカい乳の嬢ちゃんが傭兵だとォ〜〜?」


「やめとけやめとけ!娼館にでも行くんだなァ!」


「ケヒャッ!なんなら俺が買ってやろうかァ〜?」


「その乳で傭兵は無理があるだろォ!」


「しかしほんとにでけえ乳だ」


「ほんとにな。」


 ヴィオラを嘲笑が包む。貴族のプライドを捨てきれていない彼女の怒りのボルテージがふつふつと上がりだした。すぐにでもこのギルドを爆破してしまいそうだ。

 それを察したレオンがそれを制止する。


「止せよ。乳がデカいのは事実だろうが。」


「そっちじゃねぇわよ!」


 違ったようだ。女心は難しい。


 レオンのせいで完全にキレたヴィオラは、あたりを見回すとその中で一番筋骨隆々な男に声をかけた。


「ちょっとそこの筋肉ダルマ」


「何だ嬢ちゃん、俺が気に入ったんなら言い値で買ってやるぜ?」


「私と腕相撲しなさい。」


「あん?」


「あんたが勝ったら私の事好きにしていいわよ。」


 その言葉を聞いた周りのチンピラ共からどっと歓声が沸く。


「ケヒャーー!いいぞォやれやれ!」


「俺にも後で揉ませてくれよなあ!」


「オッパイ!オッパイ!」


 その下品な熱狂を意にも介さずにヴィオラは筋肉男をその鋭い目で見据える。


「で?やるの?やらないの?」


「へっ……やるに決まってんだろ!後で泣いて謝ってももう遅えからなァ!?」


「よろしい。」


 酒場の中心に小さな丸いテーブルが置かれ、ギャラリーが周りを取り囲む。逃げ場は完全に無くなった。


「大丈夫なのか……?」


 見かねたレオンが声をかける。


「ま、見てなさいって。」


 ヴィオラは余裕綽々といった調子で答える。彼女の眼前にはニヤニヤ笑いながら関節を鳴らす筋肉男。

 かくして、戦いの幕が切って落とされようとしていた。レフェリーは先程から笑い声が特徴的なモヒカン男が務めるようである。レフェリーの指示に従って、ヴィオラと筋肉男はテーブルに肘をつきお互いの手を握りしめた。男は依然下卑た笑みを浮かべている。この後の事で頭がいっぱいなのだろう。


「3,2,1!ケッヒャーーーーー!」


 そしてレフェリーの掛け声で腕相撲は始まった。


 瞬間、筋肉男の右腕が爆発するかのように膨張し一気にヴィオラの腕を倒さんとする。


 そして一秒にも満たぬ時間で、テーブルが叩き折れるような爆音が響く。決着である。──しかしその結末はギャラリーの誰もが予想だにしなかったものだった。


「おいおい瞬殺だよ……。」


 レオンが乾いた笑いを零す。

 それもそのはずである。テーブルの上には筋肉男の丸太のような右腕が、ヴィオラの細腕──というにはちょっと太いが──によってまな板の上の鯉のように横たわっていたのだから。


 ヴィオラの完全勝利である。

 

「……次、いないの?」


 涼しい顔をして、次の獲物を求めるようにヴィオラはギャラリーを見回す。


 ──そういえばそうだった。コイツは男ばかりの士官学校を首席で卒業するくらいのフィジカルお化けだったとレオンは思い出す。

 そうであれば、凡百の傭兵がいくら筋肉を盛ったところで相手にならないのは明白だった。

 つまるところ筋肉とは、量ではなく質なのだ。


 その後もヴィオラは傭兵達を腕相撲で捻り潰していった。挑みかかる全てを瞬殺していく彼女にギャラリーは沸きに沸いていた。

 その喧騒の中、レオンは当初の目的を思い出して我関せずといった調子でグラスを磨くマスターに話しかける。


「……あいつ傭兵ギルド入れたいんだけど、ダメ?俺一応中級だから推薦状書けますよ。」


「別に問題はねぇよ。この書類に記入しな。……いやしかし久しぶりに面白いモンを見れたなぁ。」


「おもしれー女でしょ?」


「違ぇねえ。」 


 マスターは隻眼を愉快そうに細めて笑った。



 レオンがマスターとの話を終え、書類を持ってヴィオラのもとへ戻ると、彼女は既にその場にいた傭兵全員を腕相撲で撃破した後だった。  


「はん、他愛ないわねぇ!これなら訓練中の新兵の方がまだ手応えあるわよ!!」

 

「なんてことだ……!まさか全員やられちまうとは…!」


「あんた…名前は!?」


「よく聞いたわね!私はヴィオラ!いずれこの世界を支配する女よ!!」


「おお……!なんてでっかい人なんだ……!」


「ケヒャッ!一生ついていきます!姐さん!」


「姐さん!姐さん!」


 ……いつの間にか舎弟を大量に作っていたようだ。

傭兵は力こそが全てみたいなところがあるから、まぁそういうこともあるだろう、とレオンは納得した。


「あ、レオン!部下が大量にできたわよ!」


「ほんとに凄いね……お前は。ほら、この書類書いて出せばお前も晴れて傭兵、戦争の狗だ。」


「ありがと!」


 呆れながら書類を差し出すレオンからそれを引ったくると、ヴィオラはウインクして礼を言う。


 記入を始めたヴィオラを眺めながら、レオンは先の事について思考を巡らしていた。


 ヴィオラの舎弟共全員連れてけるとしてまぁ一個小隊にはなるだろうし、敵中突破には十分かな。──そんでもって魔王軍の将兵あたりと接触して……それから……


「書けた!」


 ヴィオラの声に思考が中断される。


「おお、じゃあマスターに出してきな。」


「わかったわ!……ねぇレオン、これで私戦争できるのよね?」


「……あぁそうさ。殺し放題殺され放題、泥水啜ってもがいて這って、そんなクソッタレな世界にお前は行くんだ。……怖いか?」


 士官学校卒とはいえ、ただの貴族の小娘であるヴィオラを戦場のような場所に連れて行く事に実は少し罪悪感を覚えていたレオンは彼女にそう言った。


 するとヴィオラは怖がるどころか、年相応の少女の笑みを浮かべながらレオンの問いに答えた。


「いいえ全然!だって私の目的はそれだもの。むしろ楽しみなくらいだわ!」


「戦争がか?──戦争ってのはお前の復讐を果たす為の手段じゃないのかよ?」


「手段でもあり、目的でもあるのよ。──あのね、レオン。」


「何だよ。」


 ヴィオラは目を細め、恍惚とした妖艶な表情を作るとこう言った。


「私ね……魔導砲が大ッ好きなの。」


「……おう?」


 予想外の答えに困惑するレオン。


「砲撃が好き。発射時の震動が好き。爆音が好き。軌道が好き。着弾時の爆風が好き。砲撃で吹っ飛ぶ何もかもが好き。……魔導砲の全てが好きなの。」


 早口でそう捲し立てると、恍惚のまま天を仰ぎ言葉を続ける。


「だからね、嬉しいのよ。魔導砲のある戦場に私が行けるのが。──貴族の娘だったから行けなかったのよ、前は。色々あってね。」


 ……レオンの心配は杞憂だったようである。彼は内心ドン引いていた。


「あぁ、楽しみね。本当に楽しみ。あなたもそう思うでしょ?レオン。」


「ソウダネー……。」


 とんでもなくヤバい女の部下になってしまったかもしれない。レオンはそう思った。

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