幕間 帝国の一番長い日

「ヴィオランテ様が追放とはどういうことだ!!帝国軍としては説明を要求する!!」


「俺たちの“戦乙女メガミ”を返せ!!!」


「やいのやいの!やいのやいの!」


「何を馬鹿な事を!聖女様を陥れようとしたのですぞ!!極刑にならなかっただけでも有り難く思うのですな!!」


「カリオス教徒としては貴族院の主張に賛成であります。」


「やいのやいのやいのやいの!」


 ヴィオラを追放した日から連日、帝国議会は紛糾に紛糾を重ね正に踊り狂っていた。皇太子と国教であり、聖女の味方であるカリオス教徒が大部分を占める貴族院と、ヴィオラに名誉少佐の位を与えており、帝国軍の錦の御旗として担ぎ上げようとしていた衆議院が、当然の如く衝突していたのであった。


 その様子を、帝国議事堂の少しく上にある玉座に腰掛けて眺めていた皇帝ラインハルト三世は深くため息をつく。


「はぁ〜〜〜マジで、うちのバカ息子何してくれちゃってんの??」


 齢80を超える老体とは思えない発言が飛び出した。それ程までに皇子ヘンドリックの独断専行は帝国を混乱の坩堝に陥れていたのだ。


「マジでよォ〜〜付き合う女は選べって儂死ぬ程言っといたよね?か〜〜っよりにもよって聖女て!ヴィオレット家の娘のが10000倍使えただろマジで〜〜〜!!政治的に考えて!!」


「……聖女は良くも悪くも人心を惑わしますからな。」


 皇帝の側に侍る宰相、ジークムントが呟く。


「それなァ〜ッ!ガチの劣勢の時とかはさぁ!そりゃ使えるよだって国まとまるもん、実際60年前はそれで何とかしてたし。でもさぁ、今別にそんなんじゃないじゃん??困んだよ!今出てきても!オイ主神様よォ!ちゃんと仕事せえや!目ェ腐ってんだろ!!」


「陛下、そのあたりで……誰が聞いているかもしれませんので。」


 怒りの矛先が主神カリオスへと向いた所でジークムントが止めに入る。流石に皇帝といえど、主神への暴言は聞かれたらコトであった。肩で息をして皇帝は少しづつ落ち着きを取り戻していく。


「……すまんなジーク、少し取り乱した。許せ。」


「恐縮でございます……ですが陛下、聖女が現れたということは恐らくカリオス様が何か察知されたのでしょう。今のうちに勇者の選定を行うべきでは?」


「う〜〜ん的確な進言!やっぱお前宰相にしてよかったわ〜〜皇帝ポイント+10000点!!」


「陛下。」


「すまんて。とりあえず勇者の選定を教皇庁にさせよ。……あぁ、できるだけ品行方正な者を選ぶように。先代のみたいなのはその、なんだ、困る。それから帝国内外問わず何かキナ臭い動きがないか調べておけ。何かあるやもしれん。」


「仰せのままに。」


 皇帝の指示を受けたジークムントは一礼すると、それを遂行すべく御前から下がっていった。

 ジークムントが居なくなった部屋で、今だやいのやいのと騒がしい議事堂を見下ろして皇帝はため息をつく。


「さぁて……これが落ち着くのはいつになるやら……。」






 その頃、帝国軍の訓練場ではとある小隊が集合して何やら行っていた。


傾注!アハトゥングこれより第六師団第九小隊、朝の礼拝を行う!!」


 沢山の兵士が綺麗に整列する前で、一人の兵士が声を張り上げる。


「それでは全隊!回れ、右!我らが“戦乙女”、ヴィオランテ・ヴァイオレント・ヴィオレット様御生誕の地であらせられる聖なる地ハイリゲンシュタット、ヴィオレット伯爵領へ、礼拝!!」


 号令と共に兵士達が一斉に跪き、祈りを捧げる。


 この異常な光景を見ればおわかりであろう。彼らこそが、帝国軍第六師団第九小隊。ヴィオラの信奉者のみで構成された、本来ヴィオラに与えられるはずであった部隊である。


 5分程の祈りを捧げると、号令係の兵士が再び声を張り上げた。


「よし!礼拝止め!総員、ヴィオラ様の捜索に出発!解散!!」


 兵士達は蜘蛛の子を散らすように各々捜索へ向かう。訓練場には3人の兵士が残っていた。


「ご苦労だったなツェーダー。いい号令だったぞ。」


「はっ!恐縮であります大尉殿!」


 先程の号令係をしていた大木のように背が高くガッチリとした兵士、ツェーダー少尉に猫のように大きな生気のない黒目が特徴の小隊長、ヴィルトカッツェ大尉が労いの言葉をかける。ツェーダーはそれに敬礼をもって応えた。


「いい気になるんじゃないわよ雄猿が。あんなのでヴィオラ様への愛を示せたとでも?もっと精進なさい。」


 続いて手厳しい声をかけたのは彼の同期であり、ヴィオラに対して少々倒錯した想いを向ける女兵士キュール少尉であった。


 この三人は第九小隊の中でも一際ヴィオラへ心酔している──言わば狂信者だった。


 男嫌いのキュールの棘のある言葉に、ツェーダーが激昂する。


「なんだと!?もう一遍言ってみろこの性的倒錯者が!!」


「止めろ二人共。……あの方は我らが憎み合う事を望まない。あの方の与える愛が平等であるように、我らの捧げる愛に貴賤はないのだ。」


 一触即発の二人を、ヴィルトカッツェが諌める。


「はっ……解っております。」


「チッ……了解でありますわ、大尉殿。」


「ん、よろしい。ならば我々も捜索を始めようではないか。今日こそは何か成果を出さなくては……ん?」


 ヴィルトカッツェが何かに気付く。


「あれは鳥か?紫色とは感心じゃないか。この世で最も高貴な色だ、幸先がいい。」


「本当でありますな!!……おや、あの鳥何か持っておりますよ。」


 その紫色の鳥は彼らの頭上まで来ると、綺麗に巻かれた羊皮紙を落とし、そのままどこかへ飛び去っていった。ヴィルトカッツェがそれを拾い上げる。


「これは手紙か?一体誰が……ムッ!?」


「どうかされましたか、大尉殿?」


「この仄かに香るラベンダーの香りは……!もしや!!」


 ヴィルトカッツェは手紙を広げ、その内容を隅から隅までその大きな黒目をギョロギョロと動かして確認する。──そして彼は目に大粒の涙を溜め、膝から崩れ落ちた。


「あぁ……!!やはり、やはり生きておられた……!そうだ、あの方が死ぬ筈がない!あぁ我らが高嶺の鉄の花、金剛不壊の紫水晶よ……!」


「何ですと!?我々にも見せてください大尉殿!」


 ツェーダーはヴィルトカッツェから手紙を半ば奪い取るかのように受け取ると、キュールと二人で穴が空くくらいの血走った目でそれを読み始め、読み終わると同じように涙を流して喜んだ。


「おお……!おおお……!!」


「あぁ……ヴィオラ様……!まさしくヴィオラ様の字だわ……!お美しい……!」


「ならば……我々がやることはただ一つ!」


 ヴィルトカッツェが立ち上がり、二人に言った。彼の言わんとすることを察したか、二人は揃って頷く。彼ら三人は同じことを考えていたからである。


「皆を呼び戻せ!!……我々も往くのだ、ヴィオラ様のおわすニヴルヘイムに!!」


「了解!!」


 ヴィルトカッツェの号令で、彼を含めた三人は走り出した。敬愛する“戦乙女ヴィオラ”の元へ往くために──。



 その日、帝国から一つの小隊が丸々脱走した。

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