第六話 目覚めろ、その本能(たましい)!


「ゴブリンでもオークでもなくてトロールかよ、くははッ畜生最悪だクソッ」


 レオンは脚の震えを叩いて誤魔化しながら、今まさに立ち上がらんとするトロールに悪態をついた。

 トロールは本来上級冒険者がパーティーを組んで挑む魔物である。その巨大な体躯は勿論のこと、身に纏う分厚い脂肪は下手な剣撃を弾き飛ばし、さらにその脂肪の下にはこれでもかと筋肉が詰まっている。そして特筆すべきは何でも喰う──その雑食性である。動いているものなら本当に何でも喰う。勿論それには人間も含まれている。

 初級冒険者が相対したならば、確実にトロールの胃の中に収まるだろう。


 レオンの行動は迅速だった。彼らの最高戦力であるヴィオラの爆破魔法にて全てをかける。

 彼女の近くまで駆け寄り、指示を出す。 


 トロールは立ち上がろうとして天井に頭を打ち付けて癇癪を起こしている。今が好機だ。


「ヴィオラ!爆破魔法!!最大出力!!」


「洞窟崩れちゃうわよ!?」


「構わん!むしろそのつもりでやれ!」


「あいわかった!『一切尽く無惨にディ・シュテルクス爆ぜよト・デトネィション』!!」


 ヴィオラが魔法を唱えると、洞窟内に太陽の如き球体が現れ、それは急速に縮み、閃光と轟音を伴って爆ぜた。


 トロールを巻き込んで、洞窟が崩れ落ち、入口が瓦礫で埋まる。普通の魔物ならば、数回は死んでいるだろう。


「やったかしら……?」


「どうでもいい……今のうちに逃げ……。」


 レオンの言葉を遮るように、洞窟の入口を塞いでいた瓦礫の一部が吹っ飛ぶ。その穴からは、トロールの太い腕が生えていた。その腕は、積み重ねる瓦礫を掘り進んでいた。


「……アレで健在なのかよ……!」


 レオンは剣を抜き、ヴィオラに言う。


「ここは俺が食い止めるから逃げろ!」


「は!?まだ二人で逃げられるでしょ!?」


「いやすぐ出てくる!追いつかれたら終わりだ!!……だからお前だけでも逃げるんだよ!」


 レオンらしからぬ自己犠牲である。


(──俺が性的に喰うならまだしも、どこの馬の骨とも知らない化物にヴィオラを喰わせるなんて……!そんなの許せねぇよなぁ!!?)


 レオンはレオンだった。いや、彼の欲望を満たせる、この世で何よりも大事な物が女なのだ。

 女がいなければ彼は生きてはいけない。そこには彼なりの女への感謝と矜持があった。


「ちょ、あんたが死んだら私の野望は──」


「うるせぇ!!俺ぁな──お前にここで死んで欲しくねぇんだよ!!」


(このオッパイがトロールに喰われるなんて世界の損失でしかねぇ!!)


 ──本心からの言葉だった。そこに下世話なモノが隠されていたとしても、それはレオンの紛うことなき本心だった。


「え……はぇッ!?」


 レオンの言葉にヴィオラは素っ頓狂な声を上げた。

 顔が少し紅潮している。

──初めてだったのだ。幼い頃から伯爵の娘として、政治の世界で仮面を被って生きてきた彼女にとって男から心からの言葉をぶつけられるのは。


「だから早く逃げろ!」


「ダメよ。」


「くどい!早く逃げろって……ん"!?」


 ヴィオラがレオンの口を指を当てて塞ぐ。


「──あなたは私の下僕なんだから、無駄死になんて許さないわ。」


 そのまま、その紫の瞳に強い意志を込めて言う。


「だから、絶対に生きて帰りなさい。命令よ。」


「……おう。」


「よろしい!」


 ヴィオラはレオンに初めて心から笑いかけた。


「……じゃあさ、絶対に生きて帰るからさ、一つ頼みを聞いちゃくれねぇか。」


「何よ?」


「胸を、揉ませてくれ。」


 ヴィオラは一瞬固まった。そして顔を赤くして怒りはじめる。


「あ、あんたってヤツは……!人が真面目に……!」


「まぁ聞け。男ってやつはな、オッパイの一握りでものすごく頑張れちまうモンなんだよ。」


「……ほんとに?」


「あぁ!」


 至極真面目な顔でレオンは言い切った。

 そう、オッパイは偉大だ。──それは時に神の加護より効果を発揮する。そういうものなのだ。


 ──下心がないわけではないが。


「だから早く!間に合わなくなっても知らねぇぞ!」


「えぇ……うーん……じゃあ……どうぞ?」


 少し迷いながらも、おずおずとヴィオラはその豊満な胸をレオンに差し出した。 


「ありがとう。……いただきます。」


 レオンは迷いのない手つきでヴィオラの胸を揉みはじめる。

 一握り、二握り。服の上からでもその柔らかさが伝わってくる。芸術品の如き至高のオッパイだ。


(特に何か感じる訳ではないのだけれど……なんだか変な気分になってくるわね……。)


(うおお……これは……これは……至高のオッパイと言っても遜色は……ない!)


 レオンは昂ぶる本能のままに、ヴィオラの胸の柔らかさ、重さを堪能する。


(しかし本当に……これは、これは凄まじいな。こんな状況だというのに……ずっと、揉んでいたくなる。)


「んっ……!」


 何揉み目だろうか、ヴィオラが小さくも艶めかしい声を上げた。 


(あっ……ヤバ……。)


 レオンの中で、何か──決して絶頂ではない──が解き放たれる感覚がした。


 その瞬間である。それに呼応するように、レオンの腰の“あの”剣が、桃色の光を放ち始めたのだ。


「え、ちょ、何よコレ!?どういうこと!?」


「分かんねぇ!だが、これは……!」


 レオンは光るその剣を抜く。剣を握る手から、身体全体に力が流れ込んでくるような、そんな感覚がした。


「ヘヘ……ホントに何だか分かんねぇけどよ。ヴィオラ、お前のオッパイは想像以上にパワーをくれたみてぇだぜ?あんがとよ。」


「とっ……当然でしょ!?この私の胸を揉ませてやったんだから、絶対生きて帰りなさいよね!?」


「言われるまでも、ねぇ!」


 レオンがトロールが今まさに出てこんとする洞窟へ剣を構える。その刀身は、いつかのようにてらてらと妖しく輝いていた。


 そして最後の瓦礫を吹き飛ばし、トロールが洞窟から出てきた。爆破によって所々に火傷があったが、その体躯は今だ健在だった。

 汚い声で怒りの声を上げると、それはレオンに標的に定めた。


「来るぜ……!行け!」


「えぇ!」


 ヴィオラがレオンに背を向ける。それと同時にレオンはトロールに向けて走り出した。吶喊である。

 走り出した身体が軽い。あの光は見せかけではなく、本当に力が増しているようであった。

 

 本当に身体が軽い、軽い。これならもしかしてアイツを倒せるかもしれない──! 


 そう思った矢先──あろうことか、レオンは小石に躓いた。


「あ"っ」


 力が増したからか、勢い良くレオンは前方へ数回転し、最終的には尻餅をつく形になった。

 痛みに耐えつつ顔を上げると、そこには怒りに燃えるトロールがいた。トロールは拳を振り上げると今まさに振り下ろさんとする。


「レオン!!」


 ヴィオラの悲痛な叫び声が聞こえる。


「クソッ……!」


 咄嗟に剣でガードの体勢に入るも、防ぎきれるかどうか──レオンは流石に死を覚悟した。


 拳が振り下ろされた。レオンは恐怖に固く目を瞑る。その瞬間、どこからか声が聞こえた。


『大丈夫、こんな所で君を終わらせるものかよ。』


 金槌で鉄床を叩いた様な音がした。


 痛みは無い。何が起こったのかとレオンは恐る恐る目を開けた。

 トロールの拳は止まっていた。しかしそれは外れた訳ではなく、剣で受け止めた訳でもない。トロールの表情も困惑しているようであった。

 拳を受け止めたものは──


「……え?」


 ズボン越しに天高くそそり勃つ、彼の逸物だった。


「…………え!?」

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