第五話 お金がないっ


「お金が無いのよ!!」


 魔王国へ向かう道中、オーベルの街の酒場で、ヴィオラはジョッキを勢いよく置いて怒鳴った。


「……無いわけじゃ、ないだろ。」


「無いのよ!!たった4万ライヒなんて無いに等しいのよ貴族的には!」


 バンバンとテーブルを叩いて文句を言うヴィオラ。


──レオン的には娼館に二回行けるんだが……?


 まぁこれから国盗りをするのだから、あるに越したことはないだろう。


「つーわけで!金策をします!ハイ何か意見のある者!!」


「ニンゲンノ……ムラ……オソウ」


 魔導収納袋の中から、外に出しておくわけにもいかないのでとりあえず突っ込んでおいたゴブリンが発言した。

……お前らその状況で喋れたんだ?


「悪かないけど却下!魔王軍に入るまでは一応目を付けられるようなことは避けるべきよ。」


 悪かないんだ……とレオンは思った。


「ハイ。ギャンブルで一発。」


「クズ!!」


「じゃあバスト102!?ヴィオラちゃんのドキドキ見抜き小屋で。」


「死ね!!もーマジで死ね!!」


「でも多分めちゃ稼げるぜ?」


「うっさいうっさい!バーカ!自分でもそう思うけど却下よ却下!ド却下!!」


(自覚はあるんだ……。なんか……エッチだな……!)


「じゃあお前はなんか案あんのかよ?」


 コイツマジで……とヴィオラはキレ散らかしそうになったが話が進まないのでそこは抑えた。


「チッ……まぁどうせロクな案が出るとは思って無かったから、用意してきて良かったわね……。」


 ヴィオラは数枚の紙をテーブルの上に広げた。


「これは……ギルドの依頼書か。」


 一応まだ冒険者ではあるから、レオンが受注すれば受けられるというわけだ。


「そう!手っ取り早くかつ正当に金を稼ぐにはやはり労働!労働しかないのよ!!」


 ぐうの音も出ない正論である。……魔王になろうとしている女とは思えないほどに。


「うんまぁ、面倒っちいけどしょうがないな。どれどれ……。」


 レオンは依頼書に目を通す。


「なんかゴブリン絡みばっかだな……。」


「ゴブリンの王がいるんですもの。楽でいいじゃない?戦力も増えるしね。」


「そりゃそうだ。」


 楽をできるならそのほうがいい。おじいちゃんもそう言っていた。


「じゃ決まりね!明日はバンバン金と戦力稼ぎましょ!……それとレオン?」


「なんだよ。」


「お金は私が管理するから、そのお金渡しなさい。」


「え、何で!?俺が貰った金なんだけど!?」


「あんたに持たせてたら娼館行くでしょうが!さっき色街の方チラチラ見てたのバレてんのよ!!つべこべ言わずに寄越せ!ほら!!」


「やめろ離せ!クソッ今日は逆に全くオッパイが無い娘と遊ぼうと思ってたのに!!」


「ほら見ろ!やっぱ行こうと思ってたんじゃない!!ええい、『窃盗シュテーレン』!!」


 ヴィオラが魔法を発動すると、レオンが抱えていた金の袋が消え、ヴィオラの手の中に納まった。


「あああーーーーー!!!」


「ふぅ……『禁術秘録ルール・ブレイカー』にちょうど良い魔法があってよかったわホント。……ってコトだから。今日はちゃんと宿に帰って寝ること!じゃ!解散!!」


 レオンはテーブルに突っ伏して泣くフリをする。


「なんで……なんでこんな酷いことを……。うぅ……。」


「っさいわねぇ!これ以上グダグダ言うとチ○ポ吹っ飛ばすわよ!?」


「ヒッ」


 ヴィオラの脅迫に負けてレオンが抵抗を止めると、お休みーと手をひらひらさせながら酒場を出ていった。流石に酒代分は置いておいてくれた。


「どうして……こんな理不尽な……。俺が何をしたっていうんだ……。」


 独り言ちるレオンだったが、心当たりしかない。残念でもなく当然というやつだった。

 ──しょうがない。今日の所は大人しく寝ておくか。

 残った酒をグッと飲み干してジョッキをテーブルに置く。給仕を呼び出して、酒代を払って酒場を出た時にふと思った。


(ヴィオラってチ○ポ派だったんだな……。)





 翌朝、冒険者ギルドにて受注を済ませてレオンたちは近場の森までゴブリンの巣の掃討に出ていた。

レオンにとっては、巣穴を煙で燻して出てきたゴブリン達を剣の力でわからせて平伏させるだけの簡単な仕事である。

 討伐数に応じて追加報酬が入るとのことだったので、その証として軍門に下ったゴブリン達には片耳を切り落としてもらった。──命じた瞬間に一斉に切り落し始めるモンだから、少しビビった。ちょっと声出た。


 さて、いくつかの巣穴を潰し50匹程まで増えたゴブリンをどう持っていくかが困りもの。……だったのだがヴィオラの『禁術秘録ルール・ブレイカー』によってその問題は解決を見た。


「『兵侍りし虚飾の馬カルッセル・トロイヤ』!」


 ヴィオラが魔法を唱えると現れたのは、巨大な馬の形をした……なんだろうこれ。とりあえず50匹ほどなら余裕で入りそうな建造物だった。


「これ、収納魔法の応用みたいね。すぐ出したり仕舞ったりできるわよ。……兵士を持ち歩いて運ぶなんて前代未聞どころの騒ぎじゃないわよ……。ヤバいわね。」


 ヴィオラも言っていたが、この『禁術秘録ルール・ブレイカー』という魔術書は、本当にその時に都合のいい魔法が見つかる。それはまるで使用者の意思に答えるかのように。

 ただの魔術書でないことは解っていたが、何か得体の知れないモノを感じる。

 これは追々検証していかなければならない、と二人は思った。


 そうして二人は本日最後の巣穴までやって来たのだった。


「依頼書にあるのはこれで最後、なんだけど、さ。」


「何よ。さっさとやっちゃいましょ?」


「いや、なんかこの辺だけちょっと違和感あるっていうかなんつーか……。」


「どういうこと?」


 レオンは道中感じた違和感について話し始めた。


「ここまで来る道でさ、動物とか魔物とか一匹でも見たか?」


「……そういえば全然見なかったわね。他の巣穴を探してる時はいたのに。」


「運が良かっただけならそれでいいんだけどな?普通森歩いてりゃ何かいるはずなんだよ生き物が。けどこの辺は生き物の気配が全くしねぇんだわ。……それって何かおかしくね?」


「……確かに。」


「最悪、ゴブリンどころじゃないヤベーのがいるかも。」


 そう言うとヴィオラの表情が少し固くなる。


「……まぁこの巣のゴブリンが周りの動物狩り尽くしただけかもしれないし、とりあえず気をつけておこうぜってことで。」


「……えぇ、そうね。」


 不安にさせちゃったかな、とレオンは少し心配になったが、それはそれとして巣を燻す準備をする為に洞窟の入口へと近づいた。


「……ッ!?」


 入口へ着いた瞬間、強烈な悪臭がレオンを襲った。血と糞が混ざった様なこの臭いは、ゴブリンの血の臭いに違いない。──とすれば、この巣のゴブリン共は中で既に全滅していると考えていいだろう。

 全滅しているだけならよかった。運の悪いことに、その下手人はまだ洞窟の中にいた。──洞窟の天井まで届く体躯をしたその影から、肉と骨を咀嚼する不愉快な音が聞こえる。


「どうしたのよ!?」


「来るなヴィオラ!!」


 駆け寄ろうとするヴィオラを制止し、その表情で最悪のパターンが発生したことを伝える。

 ヴィオラはその意図に気づき、足を止めた。


 しかし事態はさらに悪化の一途を辿る。

──中の化物が、その声を聞きつけてこちらに顔を向けたのだ。


「トロール……!上級の連中の仕事じゃねぇか…!」


 レオンは歯を食いしばって恐怖に耐える。

──その表情は心なしか、笑っているように見えた。



 

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