第七話 Start your chin-chin!
「えぇ……?」
地を砕くトロールの一撃を受け止めたのは、レオンのナニだった。
その場の誰も彼もが困惑していた。レオン自身も、ヴィオラも、知能がゴブリン以下のトロールでさえも。──ただ一人平静を保っていたのは、レオンの頭に響く謎の声のみだった。
『さあ立ち上がり給えよ、君。せっかく僕の新しい
レオンは困惑しつつも、その声に応え剣をトロールの腕へ叩き付けた。
呆けていた所へ与えられた痛みに驚いたのか、トロールは腕を引いて後退る。しかし体勢が悪く力が乗らなかったのか、その攻撃はトロールの腕を斬り裂くには至らなかった。
『ふむ、この程度ならば余裕で両断できると思っていたのだが……。』
(うるせぇな!つかお前なんなんだよ!!)
『その話は後にしよう、そら来るぞ。』
怒りに燃えるトロールが吼えたのを皮切りに、戦闘が再開される。レオンも剣を構え直して相手を見据えた。
トロールがその身体全てをぶつけるように突進してくる。直撃すれば全身の骨が砕け散るであろうその突進を、レオンは軽くいなして返す刀でそのまま斬りつけた。
今度はトロールの肉を斬り裂くことができたようだ。今まで感じたことが無かったであろう、肉を抉られる痛みにトロールが叫び声を上げる。
レオンはこのことで、自らの力が底上げされていることを確信した。紛れもなくこの剣の力で。
『おお、素晴らしい。やはりそれくらいはやってもらわなくては。』
謎の声が感嘆するのを聴きながら、レオンは次の行動に移る。
斬り裂かれた部分を抑えて狼狽するトロールの後ろを取り、そのまま両脚の腱を狙い斬りつけた。
バツンと音がして、トロールは痛みに耐えきれず絶叫し、脚を抑えて転げ回る。
『……えげつないことをするんだねぇ、君は』
「戦うってことはそういうモンだろ。」
かつて鬼畜と呼ばれた無法の勇者である祖父の薫陶が染みついたレオンには、そういう戦いしかできなかった。
──騎士みたいなハインリヒのヤツは気に入らなかったろうな。
『まぁそれもまた良い。──ところで、僕は久々に僕の声が聞こえる所有者に出会えて気分が良いんだ。なので教授して差し上げよう、僕の『
「あ!出たよくわかんないやつ!」
『ちょうどそこに動けない的もいる。──
「淫力???」
『言うなれば性欲の持つ神秘の力だ。さしあたっては、先程の彼女の胸のことを思い出すのが良いだろうね。』
そう言われてレオンは先程の行為を思い返す。
白磁のような肌に吸い込まれる指、少しひやりとした感触、心地よい重み、そして少しく漏れたあの──嬌声。
「うおおッ!?」
瞬間、興奮がピンク色のオーラに転換する。
『ああ、素晴らしいな。初めて見るぞこれ程の淫力は、これで想像だけというのだから全く素晴らしい!!あぁ、良い所有者に巡り会えたものだ僕は』
興奮しているのか早口で捲し立てる声。
『結構、では次だ。──あぁ、次は座学になるからそのまま聞くといい──
声は問いかける。
「そりゃあ、お前、男のアレが勃つことだろ。」
『一般的にはそうだ。だがこれは観念的なものだ。──魔術とは概してそういうものだと心得たまえ。そういう意味では勃起とは、生命の流動に他ならない。つまり生命という力の流れ、それを生み出す概念がそれというわけだ。更に転じてそれは我らの立つ母なる大地からもたらされたもの、即ちこれ大地の力。畢竟、勃起を操るものは大地を操る事ができると言えようか。』
「なんか無理矢理じゃねぇ?それ」
『無理矢理でもなんでも、魔術というものは「できる」と思う事それこそが肝要なのだよ。──掌の上の土くれを、粉々に握り潰すように、ね。』
「そういうモンか?」
『そういうものだよ。……さて、準備完了。後は呪文を謳い上げればいい。あぁ心配は無用だ頭に浮かんだ台詞をそのまま口に出せそれが呪文だ。』
レオンは目を閉じた。すると、不思議と頭に文言が浮かんでくる。
「──それは天高く聳え立つもの、屹立する黒鉄の塔。」
口に出すと同時に淫力と呼ばれたその力の高まりを感じる事ができた。
「即ちそれは迸る生命の象徴、身体を駆け巡る血の螺旋。……そしてそれは母なる大地より与えられたものに他ならない。」
言葉を紡ぐ度にあらゆる力の流れがはっきりイメージできるようになる。
「刮目せよ観測せよ!常に大地はそれと共にあり、それは大地と共にあった!」
動物的な勘だろうか、何かを感じたトロールがレオンの言葉を止めようと腕だけで這い寄り、襲いかかった。
それをレオンはまるで分かっていたかのように目を開き、剣で受け止め力任せに弾き飛ばす。
──そして、なおもレオンの口は言葉を紡ぎ続ける。
「地を
『そうだ……そのまま、そのままだ。そのまま、自らの昂りに身を任せ──』
「──
『魂を勃起させろ!』
レオンの叫びと共に大地が震える。今まさに、大地が彼の思うがままにその存在を作り替えようとしているのだ。
しかしそれには彼の次なる号令を待たなければならなかった。──言うまでもない。現象が定義付けられるには、名前が必要である。ただ、それだけのことだ。
果たして彼は、その名を吠え立てる。
「『
その言葉を待っていたかのように大地から無数の塔の如き土の槍がトロールの全身を突き刺し、突き上げ、天にその哀れな姿を掲げた。
トロールは二、三度蠢くと、血を吐き出して息絶えた。
「……すげぇ。」
自らやったことながら、これには感嘆を禁じ得なかった。──これが『
『初めてにしては上出来過ぎる結果だ。──いや素晴らしい、これからの君の行く末が今から楽しみで仕方がないよ。』
称賛を送る声。──戦闘は終わった。レオンはそれに疑問を氷解させるべく問いを投げた。
「……なぁ、アンタ一体何なんだ?」
すると声は少し困ったような口調で言葉を返した。
『答えてやりたいのは山々なのだがね。……その前に君は彼女の相手をしてやるのが先だろう。ほら、振り返りたまえ。』
振り返ると、視線の先にはこちらに駆け寄ってくるヴィオラが見えた。
『彼女は稀に見るいい女だ──大切にするといい。』
「レオン!」
彼女の顔を見て安心したのか、どっと疲労がレオンを襲う。が、彼は笑顔で、親指を立てた拳を突き出しそれに応えた。
そして思う。
──あぁ俺は、生きて帰って来たんだな、と。
「あいよ!」
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