第四話 そうだ、ヒモになろう。

 

「………。」


 パチパチと焚火が音を立てている。それを囲むのはレオンと、ゴブリンに襲われていた女──ヴィオラと、先程の三匹のゴブリン。


 ……奇妙な光景である。


 レオンは困惑していた。とても困惑していた。

ゴブリンからこの女を助けた──それはいい。

だが……何でゴブリンがこんな平和に焚火を囲んでいるんだ?

しかも、俺の事を「王様」と言った。ゴブリンが言葉を話すだけでもワケ分かんないのに……!


「オウサマ、ニク、ヤケタ」


 ゴブリンの一匹が串焼き肉をおずおずと差し出す。


「……うん、ありがと……。」


「モッタイナキ、オコトバ」


(嫌もう!レオンハルトワケ分かんない!)


 心中で頭を抱えるレオンに、ヴィオラが話しかけてきた。


「ねぇ……。これ、なんなの?」


(俺が一番知りてぇよ!!!)


「もしかして…あんたって人間じゃないのかしら?…確かにゴブリン顔かも……?」


「ひでぇ!ちょーっと目つきが悪いだけで俺ぁ人間だよ!!」


 失礼な女だ……。確かに初対面の女に若干後ずさりされたことはあるけれども!


「…まぁいいや。つかさ、何でお嬢ちゃんはゴブリンに追われてたんだよ?」


 ヴィオラはくるくると髪を弄びながら不機嫌そうにプイッと顔を背ける。


……何だ?何か言いたくない事情でもあるのだろうか。


「……どうでもいいでしょ、そんな事。」


 ──この時のヴィオラの心境は以下の通りである。


(王宮で婚約破棄喰らって思いっ切り啖呵切ってドヤ顔で退場して派手に王宮のモノ盗んでそのまま魔王領まで行こうとしたらゴブリンの群れに出くわしたなんて言える訳ないでしょ…!!!!!貴族的に考えて!!!)


 追放されても心意気は貴族なヴィオラだった。


「あ、そう。じゃあ名前は?」


「先に名乗るのが礼儀じゃなくって?」


(なんだコイツ……。)


 やりにくいなぁ……とレオンは思った。 

あ、そうか。女の子ってお金払わないと俺に優しくしてくれないんだっけ。

……悲しくなってきた。


「…俺はレオンハルト・ノットガイル。レオンでいい。一応、冒険者だ。……これでいいか?」


「ふん……ヴィオラよ。……それでさっきの話の続きだけれど、貴方ゴブリンを使役できるの?」


「いや?わかんね。」


「わからないって…じゃあ現にここにいるゴブリンは何なのよ?」


「だから俺にもわかんねぇんだって…そうだ、お前ら。」


 レオンはゴブリン達に話しかける。多分、従っている本人らが一番この状況を理解しているだろうから。

 

「何で俺が王様なんだ?」


「ソレ…」


 ゴブリンの一匹がレオンの剣を指差す。


「ソノツルギ、オウサマノアカシ」


 その他のゴブリン達も口々に話し出した。


「オレタチ、ミンナ、オウサマカラ、ウマレタ」


「ダカラ、オレタチ、オウサマ、シタガウ」


 …この剣にそんな力があったとは。これはマジで掘り出し物を貰ったもんだなとレオンは思った。


……ウソ。盗んだんだけどね!


「……つまり全てのゴブリンはその剣の持ち主に従うって事……?」


 ヴィオラはそう呟くと、思考を巡らし始めた。

 ゴブリンを使役できるということは、ゴブリンによる軍団が作れる。軍団を作れるということは戦争ができる。

 そして何よりゴブリンは他種族のメスがいれば無限に増える……!


 ──あぁなんてこと。魔王軍を乗っ取ろうとする私にぴったりの贈り物じゃない!


「ねぇ、レオンっていったかしら。」


「ん、おう。」


「私と一緒に魔王国に行かない?」


「……は?」


 お前は何を言っているんだ……とレオンは思った。


「この際全部話すわ。私の本当の名はヴィオランテ・ヴァイオレント・ヴィオレット。謀略によって帝都を追放された元貴族よ。」


「はぁ!?貴族ゥ!?」


「私はね、魔王軍に入ろうと思っているの。いずれ全てを乗っ取って、私が王になる為に!」


 スケールが大きすぎて飲み込めていないレオンを尻目にヴィオラは話を続けた。


「そして帝国の聖女とついでに糞皇子もブッ殺す!……その為には部下が必要。」


 そこまで言ってヴィオラはびしっとレオンを指差した。


「そこに、ゴブリンを使役できるあなたが現れた!運命よこれは!」


「待て待て!盛り上がってるトコ悪いけどさぁ!俺ぁこれからキルヒアイスの街で雑魚を狩りながら娼館通いして一生ダラダラ過ごすつもりなんだよ!」


「……クズね!」


「うるせぇやい!……とにかく俺は魔王軍なんてゴメンだ!命がいくつあっても足らねえよ!」


「そう…残念ね。でも、考えてみて?」


 ヴィオラはレオンに顔を近づけて言う。高級そうないい匂いがする……。


「魔王軍で成り上がったなら、娼館に通わなくても女なんて食べ放題じゃなぁい?」


「それは……そうかも……。」


 魔族にも人型はいると聞くし、ちょっと魔族の女にもレオンは興味があった。出来ることなら、一回抱いてみたいとも思っていた。


 ──揺れている。もう一押しだ、とヴィオラは攻勢に入る。


「そ・れ・に」


 ヴィオラはレオンの横に座り、そっと二の腕を掴んだ。


「私が魔王になったら……あなたを王配、つまり夫にしてあげてもいいんだけれど?」


「ハイ!やります!」


 上目使いでそう提案するヴィオラに、レオンは瞬く間に攻略されてしまった。

 仕方が無かった。ヴィオラはかなり容姿が整っていたしオッパイもデカい。

おじいちゃんも言っていた。権力のある女には巻かれろと。そして何より──


 男は女に二の腕を掴まれたら、断れないのだ。


(言質は取った……!せいぜい私の為にボロ雑巾みたいに働くことね……!)


(国を盗ったらこのオッパイが俺の物……!フフ、どうして希望とやる気がムンムン湧いてくるじゃねーかッ!)


 それぞれの思惑が交差する中、夜は更けていくのだった。


「あの、前払いでオッパイ一揉みお願いできない?」


「死ね。」



 

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