第三話 その日、クズは悪役令嬢に出会う。


 レオンがオズワルドの街を出てから二日が経っていた。

ここまでは順調そのもので、途中の村々に宿泊しながら遠くの景色に帝都が見えるくらいの位置にきていたのだった。

 

 ちなみに今の所持金は2娼館といったところだ。

…あれ?あ、そうそう、一回行ってきました。気持ちが良かったです。


 ──しかし順調過ぎた。

あまりに足が軽いので──何故だろうオズワルドを出た日から体調がやけに良い──、調子に乗って先に進み過ぎてしまい日が落ちた頃には周りに泊まれる村や街が無いところまで来てしまっていたのだった。

 なので、レオンは今森の中で野宿をしている。野宿とはいえ、魔導収納袋に必要なものは一通り揃っているので存外に快適なものだ。冒険者にとって野宿というものは日常茶飯時なのである。


 パチパチと焚火が音を立て、串に刺したチーズと肉が芳しい香りをバラ撒く。──素晴らしくご機嫌な夕食だ。気分はまるで王宮で宮廷音楽家の演奏を聴きながら喰う最上のディナーのようだ。

 自然と涎が垂れそうになるのを抑えつつ、レオンは串焼きに手を伸ばそうとした。


──その時だった。


 レオンは何か聞こえた気がして手を止めた。…そっと耳を澄まして、その正体を探る。


 ……何かが凄まじい速さで草木を掻き分けて走っている。そしてそれは真っ直ぐこちらに向かって来ている。レオンの耳はそう判断した。


 獣か、モンスターか、どちらにせよ会敵は避けられなさそうだ……とレオンはホルスターから盗んだ剣を引き抜く。


 ──ちょうど良い、この剣の初お披露目式にしてやる。


 レオンという男は小心者であったが、同時に大胆な所もあった。大胆、というか彼のそれは傲慢に近かったが。


 ──どうせここらのモンスターなぞ雑魚ばかりだ。今だ低級とはいえ俺ならば楽勝だろう、とレオンは思った。


(群れで来ない限り!)


 音は次第に大きくなっていく。やはりこちらへ向かって来るようだ。レオンは剣を構え、気を張り詰めた。


 そこで奇妙な事に気づいた。……人のような声がする。


 再び、集中して音を聞く。


「……い……ああ………あ…………!」


 やっぱり人の声としか思えなかった。そして多分女だ。……なんでこんな夜に女が森に?


 呆けるレオンに構わず、声と音はどんどん近づいてくる。そして数秒程でその主は茂みを突き破って現れた。


「いーーーーやーーーーーーーーー!!!!!!」


 現れたそれは、高貴な紫色の髪の女だった。レオンの眼は一瞬でその頭から爪先までをスキャナのように捉える。そのバストは、豊満であった。


「いーーーy…熱っつァ!?あああーーーーーー!」


 その女はレオンには目もくれず、飛び出した勢いのまま焚火の周りに差してあった串焼きを吹き飛ばすと、そのまま彼の背後の茂みへと消えていった。


「あああーーー!!!俺の…ごはん……!」


 悲しみに暮れるレオンだったが、女が出てきた茂みからまた無数の影が飛び出して来るのを視界の端に捉えた。…ゴブリンである。成程、先程の女はこれから逃げていたのかと納得した。 


 ゴブリン達は女しか見えていなかったのか、彼女と同じくレオンに目も暮れず女の消えた茂みへと飛び込んでいった。


 後には踏み荒らされた夕食の成れの果てだけが残っていた。


「俺が何したってんだよ!!?」


 窃盗と横領未遂である。


「行き止まり!?クソッ『爆ぜデトネィ……あっ魔力が無い!畜生ォーーーーーーーーーッ!!!」


 ……女の悲痛な叫び声が聞こえる。


 そういえば、この先は崖の根元だったなとレオンは思った。……しょうがない、助けてやるか。とレオンは歩き出す。


 オスしか存在しないゴブリンは、他種族のメスを使って繁殖する。


 このままではここで孕まされるか、巣穴で孕み袋になるかの二択しか彼女には残っていないだろうから。


 ──ワンチャン助けたら俺に惚れてくれたりしないかな、と不純な動機を抱えながら、レオンは茂みの中へ入っていった。



 茂みを掻き分けていくと、そこでは絶賛件の女がゴブリンにもみくちゃにされている最中だった。


 意外だったのは最後の一線を越えてはおらず、彼女は徒手空拳でゴブリン達に健闘していたことだった。一匹ならば余裕で倒せただろう。


 しかし多勢に無勢、彼女の身に纏う高級そうなドレスは少しずつ破れていく。……ギリギリまで待ってようかな?とレオンは思ったが、すぐに頭を振って思いなおした。


 駄目だ──。そんな悠長なことではゴブリン共に彼女の純潔(純潔がどうかは知らないが)は瞬く間に奪われてしまうだろう。それはよくない。


全ての女のぼこは、俺のでこを嵌める為にあるのだから──!

 

 『隠密』のスキルを発動したレオンは茂みから躍り出ると一気に距離を詰め、凌辱の下準備から外れ、それを囃し立てていた一匹のゴブリンを叩き斬る。


 ──よし、斬れ味良好。


 『隠密』の効果がそれにより消え、女に纏わりついていたゴブリン達がレオンに気づく。数は三体、殺れる。


 ぎゃあぎゃあと不快な声を上げるゴブリン共に相対したレオンが次にした事は───今しがた殺したゴブリンの屍を、徹底的に損壊させることだった。


 ──おじいちゃんが言っていた。集団のうち一人を惨たらしく殺して、その死体を滅茶苦茶にしてやるとそれが怒りであれ、恐怖であれ、その集団は平静さを失うのだと。


 冷静さを失った群なぞただ肉が寄り集まっているに過ぎん、と──。


 かつて『鬼畜』と呼ばれた祖父の薫陶に従い、レオンはその屍を凌辱し尽くした。何度も何度も、狂ったように剣を地面に転がるそれへ突き立てる。


 ──は、は。これはこれで気持ちがいいぞ。


 肉片が飛び、穢らわしい血が剣を汚す。


 月明かりに照らされた血塗れのそれは、二日前のあの夜よりも妖しい輝きを湛えていた。


 もはやそれが何か分からなくなるまで刺突を繰り返した後、ゆらりと顔を上げレオンは残る三体─この惨状を目撃し、硬直している─を見据えた。


 美男子とは言い難い、凶相に近いその顔の、三白の双眸が、言葉よりも明確な意志を放つ。


 遅かれ早かれお前達もこうなるのだ──と。


 お前達はどうするんだ、怒るか?それとも怯えて逃げるか?──どうでも良い、何れにせよお前達はのだから。さぁ、さぁ、どうするんだ?…と。


 しかしゴブリン達が取った行動は、全く持って意外なものだった。

 彼等は、レオンの前に頭を垂れて跪いたのである。そして驚く事に──


「ォ……オウ……サ…マ……!」


 言葉を、発したのである。


「……は?」 



 困惑を隠せないレオンの背後、いつの間にか逃げおおせていた女──ヴィオラはその光景を見て目を輝かせていた。


 ───面白いモノを見つけた、と。




 

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