Dead End :Re:Play-理不尽に異世界へ飛ばされました。与えられた生き返りで文字通り死ぬ気で生き延びる-

@suika25

第1話 異世界へ

 朝凪景楽あさなぎけいらくはごく普通の高校生だった。


 だったというのは今、この瞬間にその凡庸さが喪失したからだ。日本という平和な国に生きていた少年が突如として森に飛ばされて化け物と対峙している。一般的な学生ではまず体験しない経験だ。


 朝凪景楽は俗に言うオタクと呼ばれる人間だ。漫画やライトノベルと言った嗜好を好み、学友たちとはキャラクターの愛について談義をしていた。そんな折、突如として身体が光だして周りが困惑する中でその世界から消え去った。永遠にも一瞬にも感じられる感覚を味わい、気がつけば森の中に一人放り出されていた。


(な、なんなんだ?一体。俺は夢でも見てんのか?)


 余りの現実味の無さに乾いた笑いが出る。今立っている場所は丁寧に整えられた芝のある円状の空間だ。そこから踏み出せば完全な森。獣道の一つもなく、乱雑に咲き誇る薔薇や蔦に雑草。通るのも憚れるような茨の道だ。


(ま、まさか漫画みたいに異世界に来たって訳じゃない...よな?)


 吐きそうになるほどに心臓の鼓動が増して行き、息が詰まる。ここにずっといるのも怖いし、出て行くのも怖い。というか今現在置かれている状況が怖い。恐怖に支配されながら、恐る恐る森の中を覗いてみる。



(こんなに整備された芝生だ...案外近くに街とか道とかあるんじゃないか?)


 そんな希望的な観測をしていたのだが、現実は非常。中はどこまでも仄暗い樹林。僅かな葉の隙間から漏れ出す木漏れ日だけが光源であり踏み出す勇気が湧かなかった。


 まだ日は明るいがいつ落陽するかわかったものじゃ無い。夜になってもここにいるのは危険だというのは馬鹿でもわかる。妙に気温が高いので虫もいるだろうし百足辺りに噛まれでもしたらたまったもんじゃない。


(どうしよう。行くか?行くしかないの?)


 いつまでも足踏みをしていると背後からガサガサと草花を掻き分けて何かが近寄ってきた。


「ひ、ひぃ!」


 思わず驚いて腰を抜かした上に情けない悲鳴をあげてしまう。腕を使って後退りをしているとそれはゆっくりと飛び跳ねながら近づいてきた。


「スラ...イム?」


 RPGなどの代表的な敵とも言えるスライム。それに酷似したというか特徴を抑えた生物であった。緑色のゼリーで出来た体をプルプルと震わせながら飛び跳ねて近寄ってきた。サイズは2、30cmといったところだろうか。目も口も核も無い。メロンゼリーみたいな物体がジワジワと近寄ってくる。


「な、なんか思ったより怖くないや...良かった、熊とか狼みたいなのが出てきたらどうしようかと」


 外見からして畏怖の対象ではないスライムだったので安堵する。動きもゆっくりだし、小さい。大した脅威ではないだろうと


 スライムは倒れ込んでいる朝凪の脚に飛び乗った。そこだけ見れば人懐っこくて可愛いと思えたのかもしれない、だがそれはスライムの捕食行動だった。


「っぅぐ!ぐわぁぁぁぁぁ!」


 服を溶かし、血肉を溶かして脚を食い始めた。熱い、強酸に脚を突っ込んだように熱を浴びて全身に激痛が走っていく。朝凪は涙を流しながら素手でスライムを引き剥がそうとしたが、指が溶け落ちた。


「あ、あ、あ!」


 ボトリ、と指先が落ちてスライムの身体に溶け込んでいく。血肉を喰らえば食らうほどにスライムは大きくなっていき、全身を飲み込んでいく。


「嫌だ!嫌だ!誰がぁ!だずげでぇ!」


 誰もいない。そこには無惨にもスライムに捕食される無力な少年がいるだけだ。這いつくばって逃げる力もない。だって既に下半身は溶かされてしまったから。ジワジワと腕がなくなっていき、胸の辺りまで侵食した頃に激痛と共に意識を手放した。



「う、うわぁぁぁぁぁ!!」


 ぜぇ、ぜぇと荒い息を吐きながら目が覚める。背中はぐっしょりと濡れており、頬からは冷や汗止まらない。爆速で鳴り続ける鼓動を抑える為に深呼吸をして落ち着くように心がけるが全然落ち着かない。


「なんだ、なんなんだよぉ」


涙を流しながら立ち上がる。忘れられるはずも無い、スライムに殺された死の記憶。だが、不思議と自分は五体満足で生き残っており、先ほどの芝生に立っている。


 ただ、一つ違うとすれば芝生に骸骨が落ちている事だ。忘れもしない、朝凪がスライムに殺された場所。そこに血溜まりはない、スライムが喰らったから。残ったのはスライムにとってのいらない溶かされた衣服片と骨。嫌でも自分はそこで死んだということを知らしめている。


「本当に俺はし、死んだのか?じゃあ俺は一体...」


 恐怖と絶望に満ちた異世界の生活が始まった。

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