Track1-2 お師匠さまの言うことにゃ、装備には耐久があるようだ

 お兄ちゃんと呼んだことを誤魔化せたのはよかったけど、始めたばかりの初心者だと伝えると街まで案内してもらえることになった。街道を進んでいると、先頭を歩いているお兄ちゃんが聞いてきた。


「ここねさんは、このゲームを遊んでいる知り合いっているのか?」


「い、います……にゃ」


 いるにはいる、たぶん目の前に。ゲームの中だとしても「にゃ」というのは結構恥ずかしい。お兄ちゃんに私が妹だとバレないようにするためだとしても、少しやりすぎたかもしれない。


 それに、改めて考えてみると目の前で歩いているプレイヤーがお兄ちゃんじゃない可能性もある。ゲームは見た目を変えることができるし、声だってお兄ちゃんに似ているだけかもしれない。名前だってそうだ。


「その人も、このワールドで遊んでいるのか?」


「……わーるど?」


「ワールドが違うと一緒に遊べないんだけど、ゲームを始める時に選んだだろ?」


 わーるど、わーるど……。そういえばキャラクターメイクの前に選んだ気がする。


「たしかリラを選んだ、にゃ」


 お兄ちゃんに似ている人は、独り言のように呟いた私の声が聞こえていたみたいで「リラ」と聞いた瞬間笑いだした。


「あははっ、あるある。あれはライラlyraって読むんだ。各ワールド名は星座がモチーフで、このワールドはこと座なんだよ」


 笑われたことが不満で、お兄ちゃんに似ている人を睨みつける。


「悪い悪い、でもそんな間違いなんてかわいいものだから。俺の名前……ああ、『イチニー』ってキャラ名なんだけど、これは昔、妹が間違えて呼んでいた名前なんだよ。漢字の『一』って、名前で使うと『カズ』とも読むだろ?」


 そんなこと知ってる。やっぱりこの人は……。


「でも、妹は『イチ』って習ったら使ってみたくなったんだろうな。それからしばらく俺のことを『いちにぃ』って呼ぶようになったんだ。何回も読みが違うって言っても全然ダメでさ。あれはおかしかったなぁ」


 私の言い間違えをフォローしたつもりなのかもしれないけど、それは火に油を注ぐようなもの。仕方ないじゃん、教科書のどこにも「カズ」なんて読み方は書いていなかったんだから。


 やっぱりこの人は私のお兄ちゃんだ。


 歩きながらの会話でよかった。顔を向き合っていたら文句の一つでも言っていただろう。


「そうだ。さっきのはMPKになるからやめたほうがいいぞ」


「……えむぴーけー?」


「ああ、ネトゲも初めてなのか。モンスターMonsterを誘導して他のプレイヤーPlayer倒すKillことなんだけど、このゲームではただの嫌がらせにしかならないんだよ」


「へー」


「それに、通報されるとGMから処罰がくるらしいぞ」


 お兄ちゃんの言うことには、MPKはしてはいけないことのようだ。ちなみに、GMというのはゲームの中で一番偉い人だと教えてくれた。ワールド、MPK、GM。知らない用語が出てきて頭がパンク寸前だ。というか、既に語尾をつけ忘れてしまうくらいパンクしている。


「まあ、あんな雑魚で倒される奴なんていないだろうけど」


「……私、その雑魚に倒されかけたんだけど」


「そんな装備で街を出たからだろうなぁ。ジョブもまだノービスだろうし」


 お兄ちゃんに教えてもらって言われた通りに操作をすると、私のステータスの職業欄にはノービスと書かれていた。ノービスというのは始めたばかりの初心者ジョブらしい。お兄ちゃんは背中に担いでいる斧を軽く叩き、自分のジョブは戦士だと教えてくれた。


「そうだ、これ」


「あ、うん」


 お兄ちゃんが何かを差し出してきたから、つい咄嗟に現実と同じように返事をして受け取った。そのことに気がついた時にはもう遅く、お兄ちゃんが私のことをチラチラと見てくる。妹だとバレたかもしれない。尻尾を立てて警戒する。


「それ、街に入るまでに着ておけよ」


 お兄ちゃんはそう言うと、何事もなかったかのように歩き出した。


 あれ、バレてないの?


 目を丸くして広げてみると猫耳フードの白いパーカーだった。かわいいとは思うけど突然のことに戸惑う。バレていないならと猫っぽい語尾で聞いてみる。


「えっと、これ貰っていいのかにゃ?」


「あー。まあ、返さなくていいぞ。ここねさんの装備の耐久が減っているから、その……な?」


 装備、耐久?


 今の自分の格好を見て、やっとその意味がわかった。


「……あ、ボロボロにゃ」


 色々あってすっかり忘れていたけど、いま私が着ている麻のワンピースはモンスターからの攻撃を受けて肩からずり落ちそうなほどボロボロな状態だったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る