「君を愛することはないだろう!」と言われそうだが広告動画が邪魔をする ~「君を愛する『冒険者カードマーン!』ことは『魔導回線はオールド光!古代魔術で高速通信!』ないだろう」「……何の話でしたっけ?」~
nullpovendman
短編
婚約者との顔合わせでひどいことを言われるという話は聞いていたが、自分が言われる側になることがあるとは思いもしなかった。
「君を愛することはないだろう」
チューブ伯爵領のノーマネー家が長子、タイガー・ノーマネー様からの発言だった。
我がサブスクリプショナー家の広間で顔を見るなり、挨拶もなしに話し始めた。
くすんだ金髪に、使い古した黒の騎士服を着たタイガー様は冷めた目をしている。
政略結婚であるから、恋愛というものをしなくてもいいとは思っていたものの、貴族としての体面も何もあったものではない発言には一つも理解できるところがなかった。
家格が上とはいっても最低限の礼儀もなっていないし。
だから、思わず聞き返してしまった。
これが地獄の始まりだとは知らずに。
「申し訳ありません。聞き取れなかったので、もう一度言っていただけますか?」
タイガー様は眉を顰めて、ため息をついてから口を開いた。
「詳しく言わないとわからないのか? ニコ・サブスクリプショナー子爵令嬢、この結婚はサブスクリプショナー家の財力と我がノーマネー家の家格とを互いに欲した結果の政略結婚なのだ。君を愛す『冒険者カードマーン!』」
セリフが長すぎたのか、タイガー様の発言が途中で止まり、視界が暗転した。
両目にギルドカードを張り付けた壮健な中年男性が突如現れ、冒険者ギルド楽々カードの広告が始まる。
『冒険者カードマーン! 冒険者ギルド楽々カードは冒険者以外も扱えて預けた魔石がザクザク増える新しい形の貨幣経済を提案します! 今ならゴブリンの腰布プレゼント!』
どうやらスキップ不可の広告だったようで、15秒の時間を取られてしまった。
いや、ゴブリンの腰布なんて欲しい人間いるか? 婚約者をないがしろにするダメな人間に投げつけるくらいしか……。それ今じゃん。
申し込んでおこう。
視界の端をクリックし、冒険者ギルド楽々カードを申し込んでおいた。これであとはゴブリンの腰布が届けられるのを待つだけだ。
で、なんだったっけ。
お、視界が戻ってきた。タイガー様の姿が見えるようになる。
えっと、どこまで発言したのだったか。
「愛することはないだろう。それに、俺は真実の愛をすでに見つけているのだ。側室として迎え、やがては子を産んでもらうつもりだ。だから」
ああ、簡潔に言ってくれないと。また広告の時間に……
「俺からの愛をもらえ『魔導回線はオールド光!』」
ほら、来ちゃったよ。
タイガー様の発言が途中で止まり、視界が暗転した。
冒険者カードマンらしき男性(冒険者カードははずしたようだ)が現れた。
5秒のスキップ不可広告が始まる。
『魔導回線はオールド光! 古代魔術で高速通信! 音魔法より三倍速い!』
なるほど、今の魔導回線の三倍の速さで通信ができる。これも申し込んでおこう。
視界の端をクリックし、オールド光を申し込んでおいた。
これでサブスクリプショナー家では影たちからの報告が聞きやすくなるだろう。
視界が戻ってきた。タイガー様の姿が見えるようになる。
タイガー様は引き続き饒舌に話している。
「もらえるなどとは思わないことだ。そんな日は未来永劫こないだろう」
長すぎて広告が二回も入ったうえに、クリックして申し込みをしたせいでどんな内容だったか全然頭に入らなかった。
なんかもう、失礼な態度とか、形式だけの結婚とかもうどうでもよくなってきたな……。
この世界の人間が話すときには広告が入る。
なぜかはわからない。神様がそう設定したのだと言われている。
広告を消すためには、神殿で月額利用料を払い、止めてもらう必要がある。
自分で自分の分を払ってもいいのだが、領地をもっている貴族なら家族や使用人の分に加えて領民全員の分をまとめて払うことが多い。
使用人の報告とかに毎回広告が入っても面倒だし、領民の会話にいちいち広告が入ると幸福度にも影響がある。
そういう風潮の中、長子にすら月額利用料を払えていないとなると、ノーマネー家は相当に困窮しているのだろう。
それでいてこのようなバカなことを言い始めるのだから、ノーマネー家に未来はないと思ったほうがいいのかもしれない。
「どうした? 俺の完璧な発言に言葉を失ったか? それとも何か言いたいことでもあるのか?」
「……何の話でしたっけ?」
あ、やべ。
またタイガー様が口を開いてしまう。
「嫌がらせのつもりなのか? もう一度だけ言うぞ。ニコ・サブスクリプショナー子爵令嬢、これは政略結婚だ。俺には愛する者がすでにいるから、俺が君を愛す『ピロッ』ることはないだろう」
今度の広告の形式は視界が暗転するタイプではなかった。
よかった。
話すたびに冒険者カードマンが現れる業を背負った貴族はいなかったんだね。
タイガー様の足元が盛り上がり、10メートルほど上昇する。
足元は大理石だったはずだが、色付きのブロックを積み重ねた状態に変化していく。
よくなかったわ。
冒険者カードマンはやくきてくれー。
タイガー様の周りをハチが飛び始めた。
逃げ出すには色付きのブロックをかき分けて下に降りるしかない。
「くそっ! なんだこれ。いてっ」
色付きのブロックは3つつなげると消せる、消せば通路ができるというのが直感的に理解できた(おそらくそういう広告なのだろう)。
だが、タイガー様はバタバタと暴れるだけで一向に逃げ切れない。下手くそか。
「いてっ。いてっ」
そうこうしているうちにハチにさされてボコボコになった。
と、同時に広告が終わったようで、ハチが消滅し、盛り上がっていた地面も元に戻った。
顔がボコボコのままのタイガー様とこれ以上話していても時間の無駄に思えたので、もう屋敷から追い出すことにする。
「では、この婚約はなかったことに」
「ななな、なぜだ」
「自分の広告を止めることができない貴族は歴史がある家柄とはいえ、社交もできていないとお見受けします」
「広告が何だというのだ。俺には見えないのだからいいだろう」
「貴族として体面を取り繕うこともできないなら、政略結婚をする意味はないでしょう」
「バカにしやがって。俺は伯爵家を継ぐ予定なんだぞ。身分が下の者が勝手に苦労すればいいだけの話だろうが。くそっ、ノーマネー家の力を使って潰、うわあああ」
タイガー様がふっとび、壁にぶつかって止まった。
起き上がったタイガー様の頭上には100という数字が見えている。
これもきっと広告なのだろう。
コツコツと音がしたので後ろを振り向くと、筋肉粒々で傷だらけの強面の男性が、恭しい態度で封筒と小包を持ってきた。
彼がタイガー様をふっとばしたらしい。
この人最近見たことある、というか、冒険者カードマンだな?
冒険者の恰好をした冒険者カードマンの頭上には9999と書いてある。
「ご歓談中失礼します! 冒険者ギルド楽々カードとゴブリンの腰布です!」
「そう。助かるわ。ゴブリンの腰布はあそこにいる男性の頭にかぶせておいてくださる? ついでに屋敷から追い出してくれるとありがたいのだけれど」
「承知いたしました」
冒険者カードマンが小包を開けて腰布を取り出す。
ゴブリンの腰布の上にも数字が表示されており、-99となっている。
数字にはマイナスもあるのか。
「うわっ、なんだお前! やめろ! ぎゃっ」
ゴブリンの腰布を頭に被せられたタイガー様は数字が1になった。
タイガー様は冒険者カードマンに蹴られ、追い立てられて、屋敷を出て行った。
冒険者カードマンの大声が響く。
「私を倒すまでこの広告は終わらないよ。さあ、数字を大きくしたまえ!」
冒険者カードマンもいなくなり、部屋は静かになった。
ことの顛末を父に相談すると、チューブ伯爵領のノーマネー家との縁談はなかったことになり、新しい縁談を結んで幸せな家庭を築くことができた。
サブスクリプショナー家の領地のどこかでは、今日もタイガー・ノーマネーと敵キャラの数字争奪戦が繰り広げられ、「冒険者カードマーン!」という声が響いているという。
了
「君を愛することはないだろう!」と言われそうだが広告動画が邪魔をする ~「君を愛する『冒険者カードマーン!』ことは『魔導回線はオールド光!古代魔術で高速通信!』ないだろう」「……何の話でしたっけ?」~ nullpovendman @nullpovendman
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