第106話:嘘も方便


「密命……!?」

「帝国を滅ぼさんとする邪悪な企みとは……どういう事ですか、アレクト様!」

『ホントにどういう事ですか宰相殿!?』


 実際に声は出さず、念話越しに叫ぶアレクト。

 いや、気持ちは分かる。いきなり何を言い出すんだこの眼鏡は。

 マヒロを含めた全員が呆気に取られる中、宰相の話は進む。


「考えてもみて下さい。

 如何に氏族の悲願を果たす、という大義があるとはいえ。

 国家の代表たる《十星》の席を、個人の判断のみで捨てるような者がいますか?

 まさかまさか、アレクト殿ほどの御方がそのようなを真似するはずなどないでしょう!」

「そ、それは確かに……」

「《永劫宮廷》に下った始祖を討つ……これは果たすべき使命なれど……」

「《十星》とは《人類皇帝》の剣、その大任もまた軽々しく扱えるものではない」

「ましてアレクト殿は国主たる陽炎姫様の妹君……。

 言われてみれば、普通はそのような真似が許されるはずもない……」


 ざわざわと、《森番》たるエルフたちは互いに言葉を交わし合う。

 アレクトの顔色がどんどん青くなってる事に、気付いてる者は一人もいないようだ。

 ここまで来ると新手の公開処刑か何かだろうか?

 レーナなど笑い出さぬよう、顔を背けて必死に口元を抑えていた。


「このような事を口にするのは、全く我が身の恥ではありますが。

 宰相といえど、私には大した後ろ盾もありません。

 偉大なる《人類皇帝》陛下に忠を尽くす身ですが、私自身に大した力は無いのです。

 我が娘であり、《十星》筆頭たる近衛騎士長レーナ。

 彼女以外に同じ陛下の臣として信頼出来るのは、アレクト殿以外にはいなかった」

「だから、アレクト様に密命を……?」

「まったくその通りです。

 彼女自身もまた、《十星》としての責務と果たすべき使命の間で苦悩されていた。

 故に、表向きは裏切りの始祖を討つべく帝国を出奔したという事にしたのです」

「な、なるほど……まさかそのような裏が……!」


 立て板に水、とはまさにこの事だろう。

 スラスラと並べ立てられた嘘八百に、純朴なエルフたちはすっかり騙されていた。

 言いたい事は山程あれど、何も言えずに顔色だけが悪化し続けるアレクト。

 そんな彼女に、《森番》の一人がいきなりその場に跪いた。


「お許し下さい、アレクト様……!

 使命のためとはいえ、故国を捨てる選択をした貴女を僅かにでも疑ってしまった……!」

「よもや始祖を討つ事のみならず、帝国のために動かれていたとは……!」

「流石は森の深淵、ケルネイアの歴史で最も優れた剣士とまで言われた方だ……!」

「あ、あの、ええと」

「まったく、アレクト殿の働きには私も頭が下がりますよ。

 《七元徳》の一角を討ち果たし、陛下の御身を脅かす謀も払い除けて。

 その上、こうして故郷たる森林王国の危機にまで見事に駆けつけたのですから……!」

「おぉ、アレクト様……!!」

「…………」


 何というか、凄いとしか言いようがない。

 言ってる事はオフィーリア討伐に関して以外はほぼ嘘だというのに。

 傍から見たアレクトの動きをそう説明されると、確かにそうかもという気になってくる。

 アレクトも「いやそんな事ないですよ」とは言えず。痛む胃を抑えるしかない。

 《森番》たるエルフたちは、宰相の嘘八百を完全に信じ切った様子だが。


「……宰相殿、帝国を滅ぼさんとする謀と言うのは……」

「今現在、森林王国に対して行われているこの『攻撃』。

 その黒幕は宰相アルヴェン──つまり私であると、そう聞いておられるのでは?」


 《森番》の長からの問いかけに、宰相はまたサラリとそんな事を言いだした。

 先ほどまでとは異なる意味で、エルフたちが大きくざわめいた。


「話を耳にした事はある、といった感じですか?」

「宰相殿……」

「勿論、全てデタラメです。

 逆にその話を帝国に流布した者こそが、皇帝に仇なし帝国を滅ぼさんとする大逆人。

 先帝陛下の弟君にして、《十星》の一角でもある帝国元帥ルドルフ。

 彼の者こそが、今まさに森林王国を蝕んでいる張本人です」


 今度こそ真実を告げられ、《森番》の間に再び驚きが広がった。


「まさか、栄誉ある帝国元帥がそのような……!」

「……だが、ルドルフ殿ならあり得る話ではないか?」

「あの方は先帝陛下を、自身より遥かに優れた兄を疎んじていたと聞く」

「今更皇帝の座が欲しくなったか、何という恥知らずの奸臣よ……!」

「……まったく不甲斐ない話ではありますが。

 我々は地上に身を置いていたため、帝国の現状については詳しくは存じません」


 怒りを燃やすエルフたちに、宰相は穏やかに語りかける。

 救済の手を差し伸べる態度でニコリと微笑み。


「同じ帝国の同胞であるあなた方を、私は助けたいと願っています。

 ですからどうか、共に協力し合いませんか?

 私も陛下も、そしてアレクト殿も願いは同じなのです」

「無論です、宰相閣下……それにアレクト様……!」

「我らからもお願い致します! どうか、共に森林王国を救う力を!」

「アレクト様……! 力不足ゆえ、このように頼む事しか出来ぬ我らをお許し下さい!」

「……皆、どうか、どうか落ち着いて下さい」


 這いつくばる勢いの同胞たちに、アレクトもどうにか声を絞り出す。


「一度は故郷を捨てた身ですが、私もまた森の血を引く者です。

 仲間を見捨てる事など、決してあり得ません」

「おぉ、アレクト様……!」

「……ま、色々ややこしい話になったが、やるべき事は大きく変わらんだろうしな」


 茶番は一段落したと判断し、アリスが口を開いた。

 何者なのかと、そう問いたげなエルフたちの視線に対して。


「彼女は私の友、《迷宮組合》の長たる《迷宮王》アリス殿です」

「《迷宮王》……!?」

「あのガルガリオン竜伯との一騎打ちに勝利したという……!」

「勇者キュクレインも認めたという地上の英雄……!」

「当然、彼女も味方です。

 アレクト殿が先んじて友誼を結び、我らの助けとなる事を約束して下さったのですよ」

「では、他の方々も……?」


 宰相の言葉に、《森番》らはアリス以外の見慣れぬ者たちを見回す。


「ええ、地上の冒険者がたに、名高き《八鋼衆》のお一人もおられます」

「はーい、今は序列三位のくるいちゃんでーす」

「おぉ、武勇でその名を迷宮に轟かせる《八鋼衆》……!」

「しかも序列三位とは……!」


 先ほどまでは戦場だった森の中に、宴にも似た空気が流れていた。

 今や森林王国の《森番》たちは、誰もマヒロたちを『敵』とは見ていない。

 むしろ窮地に駆けつけた救援だと歓迎する勢いだ。

 それを成し遂げた宰相は、実に晴れやかな顔で笑っていた。


『本当にまぁ良く回る舌だな父上』

『こうやって丸め込むのも私の仕事の一つですからね』

『傍から聞いてて、本当にそんな話だったかな……って良く分からなくなりそうでしたね』

『凄いって、素直に褒めて良いのか大分謎ですけど』


 呆れるレーナに、苦笑を滲ませるステラ。

 マヒロも念話で同意しつつ、斎藤と《グレイハウンズ》の面々をちらりと見た。


「これ、説明して貰える奴か?」

「後でちゃんとする、って事で良いかな」

「……正直、本当に聞いて大丈夫な話かって思うのだけど」

「奇遇だねお姉ちゃん、私もおんなじ感じです」

「まぁ、《迷宮王》が関わる仕事に首を突っ込んだ形ですからねぇ……。

 そうなるのはある意味必然だったのかも」


 乾いた笑いをこぼす冒険者たちに、マヒロも曖昧な顔で笑い返した。

 とりあえず、ステラはまだ皇帝の身分は明かしていない。

 彼らがその事実を知った時、果たしてどんな顔をするだろうか。


「さて、《森番》の方々。私たちはあの湖の《扉》を閉ざそうと考えている。

 この森のどこかに固定化の術式が刻まれているはずだが……」

「……仰る通り。《扉》を水の底に留めておく術式は、この森の各所に刻まれている」

「だが、それらに対して我らも迂闊に手出しが出来ぬ状態なのです」


 血を吐くに等しい言葉と共に、エルフたちは一様に顔を歪める。

 《扉》を使って海水を流し込む事で塩害を引き起こすという策謀。

 国を滅ぼしかねない悪逆に対し、これを自らの手で打ち払う事が出来ない。

 そう認めざるを得ない恥辱に、《森番》たちは歯噛みする。


「一体、何があったのですか?」

「魔物です、アレクト様。術式の『基点』は悍ましい魔物たちが守っている」

「しかもそれは、ただの魔物ではないのです。

 恐るべき毒を持ち、『基点』を守りながら自らも森を穢す厄災」

「……我らも挑み、奴らを排除しようとはしました。

 歯が立たぬほど強力な魔物というわけではないのです。

 しかし森を蝕むための毒は、我らエルフの身にとっても強力な毒。

 その上、湖からにじみ続ける塩はどんどん森を枯らしていく。

 こちらに浄化の人手も割かねばならず、どうしても手が足らない状態なのです」

「……急がねばなりませんね」


 そう呟いたのはステラだった。

 アレクトにとって森林王国が故郷であるように、ステラには帝国全土が故郷だ。

 森林王国の窮状は、彼女にとっても他人事ではない。


「しかし毒を使う敵か、面倒だな」

「一応、解毒の《奇跡》は使えると思いますが……」

「強力な毒だったら、確実に治療出来る保証はないか」


 マヒロは《奇跡》を扱う神官に近いが、あらゆる毒を治療出来るとはとても言えない。

 もし解毒の不可能な毒であれば、触れただけで致命傷になり得る。


「……種類にもよりますが、毒なら私が対処出来るかもしれません」


 そう声を上げたのは、錬金術師である由結だった。


「そっか、由結さんならその場で解毒薬を調合出来ますよね!」

「あくまで『出来るかも』なので、いきなりハードル上げるのは勘弁して下さい。

 調合するにしても、毒の現物と《資源》が必要になりますからね」

「薬の調合に使えるかは分かりませんが、《資源》ならこの森でも採取出来ます」


 由結の言葉に、アレクトが期待を込めて呟く。

 アリスもまた大きく頷くと、《森番》の長の方へと向き直る。


「聞いた通りだ、《扉》への対処は我々に任せて欲しい。

 あなた方は引き続き湖の浄化と、出来れば案内などの人員を寄越して貰えると助かる」

「承知した、《迷宮王》殿。どうか宜しくお頼み申す」

「うむ、友の故郷だ。私としても、美しかった森が穢され続けるのは我慢ならん」


 笑うアリスに、マヒロもまた頷いて。


「助けましょう、森林王国を」

「あぁ。先ずは毒の魔物とやらを何匹か潰して、その毒を採取するところだな」

「で、私が解毒の魔法薬を調合すると。あれ、地味に責任重大じゃありませんか??」

「何を今更言ってるんですか。

 冗談でなく皆の命運が掛かってるんですから、しっかりして下さい」

「プレッシャーに弱いんですよねぇ私……」

「こっちは魔物を潰すだけだから気楽だねー」


 メンバーに発破をかけられると、逆に萎れそうになる由結。

 くるいは平常運転で、やや離れた場所で大槌の素振りなどをしていた。


「……頑張りましょう」


 拳を握り、囁くように言ったのはステラだった。

 誰かに聞かせるというより、自分を鼓舞するための言葉だったのだろう。

 それを耳にしたマヒロと斎藤は、視線を交わしながら頷く。


「ええ、頑張りましょうか」

「気合いの入れすぎでドジ踏まないようにな、お互いに」


 笑う。邪悪な謀に蝕まれつつある森の中で。

 冒険者たちは、希望の火を灯すように笑っていた。

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