第100話:顔合わせ


 当たり前だが反対意見もあった。

 マヒロは問題なかったが、ステラが別チームに合流する事に関しては。


「いやいや、陛下の御身に何かあったらどーするんだっ!

 我は反対するぞ! 父上とアレクトも何か言ったらどうだ!?」


 と、近衛騎士長であるレーナがかなり強硬にごね倒した。

 皇帝陛下云々は斎藤たちには聞かれぬよう、小声での抗議だったが。

 一方、同意を求められた宰相とアレクトは。


「まぁ良いではないですか。折角の海で、陛下にとっては初めての冒険です。

 あちらのチームも、お若いながら《迷宮組合》では随分名も知られているとか。

 であれば、一時お任せするのに不足は無いでしょう」

「そうですね。陛下お一人では心配ですが、マヒロ殿もおりますし……」

「ええ、アレクト殿の言う通り。マヒロ君もおりますから、よほど問題はないでしょう」

「《百騎八鋼》の襲撃の際も、上位ランカー相手に見事に勝利なさいましたから。

 あれは私の眼から見ても本当に見事な戦いぶりでしたよ」

「いやぁ、私はその時は綺麗に気絶していましたからねぇ。

 世紀の大一番を見逃してしまうとは、まさに一生の不覚ですよ」

「ええい、帝国宰相と《十星》最高の剣士が揃って何を呑気な……!!」


 キィっとヒステリーを起こす《十星》筆頭。

 そんな情緒不安定な娘を、父親であるアルヴェンは「どうどう」と宥めた。


「レーナは陛下の近衛騎士ですからね、気を揉むのは分かります。

 それにチームを分かれると言っても完全に別行動をするわけでも無いんですから」

「……そうなのか?」

「あくまで同じ依頼に対して、両方のチームで当たるわけですから。

 困難な事態に直面した場合は、私たちの方で対処する形になるのでは?」


 面子は《迷宮王》を筆頭に、《八鋼衆》の序列三位に《帝国十星》が二人だ。

 当人らは自覚が薄いが、《アンダー》を席巻する『列強』のドリームチームに近い。

 《十二の円環》か《永劫宮廷》の《七元徳》でもない限り苦戦すらしないだろう。

 アレクトの言葉に、レーナはまだ完全には納得していないようだったが。


「……陛下からは、なるべく目を離さぬよう。

 それで問題なければ、私も夜賀マヒロの事を信頼しよう」


 と、一応は呑み込んでくれたのだった。

 身内はこれで一先ず問題ないが、合流先のチームはどうだろうか。

 冒険者チーム《グレイハウンズ》。

 元々友人同士の四人組である事と、若いながら実績を持つ新進気鋭のチームである事。

 マヒロが持っている相手側の知識はそんなところだ。

 ステラと二人、斎藤と朱美に連れられて仮の拠点に案内されている形だが。


「…………」

「……あの、朱美様は機嫌がお悪いようですが……」

「まぁ、そこは触れないでおきましょう……」


 距離的に間違いなく聞こえているだろうが、形だけでも声は潜める。

 不機嫌オーラを隠しもしない《グレイハウンズ》の女ニンジャ、朱美。

 理由は間違いなく、別れ際にアリスが口にした挑発だろう。

 何故、彼女が大人気なくあんな事を言ったのか。

 若い後輩に対し、発破をかける意味合いもあっただろうけど。

 ……多分、朱美さんが俺を下に見るような態度だったから、その意趣返しかな。

 気持ちはありがたいが、おかげでどんな態度を取ればいいものやら。

 ハリネズミみたいなオーラを纏う女ニンジャに、話しかけるのも困る有り様だ。


「そういや、最近はどんな活躍してるんだ?

 ここしばらくは、あんま目新しい噂は聞いてないけど」

「ちょっと人には言えないような仕事を」

「おいおいヤバいな、そんな奴をチームに一時加入させて大丈夫か?」


 あえてマヒロが大真面目に返したら、斎藤は愉快そうに笑った。

 嘘は言ってないが、それだけ聞けば普通は冗談としか思えないだろう。

 トゲトゲした空気などまるっと無視して。


「ホント、ちょっと前は迷宮の浅い場所を這いずり回ってたなんて思えないよな」

「そういう斎藤だって、深度『五』で活動するチームの臨時雇いとか。

 随分出世したように思えるけどな」

「お前ほどじゃないっつーの。

 ま、オレの場合はたまたまだしな。能力的に見合ってるかっていうと、どうだか」


 謙遜ではなく、彼自身も本気でそう思っているのだろう。

 今立っている場所は、本当に自分が立っていても良い場所なのか。

 不足を自覚しているからこその焦燥感。

 マヒロも現在進行系で覚えのある感覚だった。

 けれど、斎藤はそんな内心はまるで表には出さない。


「……不足している相手を、一時の穴埋めとはいえ声をかけると思うのか?」

「はははは、ありがたいお言葉だな」

「冗談で言ってるつもりもないぞ。……そろそろだ」


 獣道をかき分けて、どれくらい歩いたか。

 朱美が呟いた直後に、枝葉で視界を塞いでいた木々が途切れた。


「あ、戻って来たみたいですね。おかえりなさい」

「そっちの二人が例の? 初めましてー」


 やや開けた場所に設置された簡易式のテント。

 その前で待機をしていた二人の冒険者が、ひらひらと手を振ってくる。

 既に事の経緯に関しては、スマホでメッセージを飛ばして共有しているようだ。

 マヒロは軽く一礼をしつつ、失礼にならない程度に相手の様子を確認する。

 最初に声を上げた方は、眼鏡をかけた二十代半ばぐらいの女性だ。

 ほとんど汚れのない白衣が酷く場違いだが、不思議と馴染んだ雰囲気を醸している。

 あまり手入れしてない髪を適当に紐で纏めて、気だるげな顔は化粧気も薄い。

 もう一人は十代半ばか後半であろう少女だ。

 軽めの装甲で要所を纏った動きやすい格好は、一見すると戦士を思わせる。

 しかし剣の類は身に着けておらず、代わりに短めのロッドを腰に佩いていた。

 あとは気のせいだろうか、顔立ちが少し朱美に似ているような……。


「そっちがマヒロさんで、そちらがステラさんかな?

 すいません、お姉ちゃんが失礼なこと言いませんでしたか?」

「何故に私が失礼を働く前提なんだ妹よ……!?」

「だってお姉ちゃんって誰に対してもナチュラルに失礼じゃん。

 あ、私は葵海あおみって言いまーす。よろしくねー。

 こっちで煙草が吸えなくてイライラしてるのが由結ゆきさんです」

「禁煙中だから全然イライラなんてしてませんからね?」


 どうやら気だるげなのは、煙が吸えないせいであったらしい。

 眼鏡の位置を指で直しながら、白衣の女──由結はふーっと大きく息を吐く。


「まぁ、ある意味丁度良かったですね。

 斎藤くんの実力を疑うわけじゃないですが、臨時雇いで連携に不安はありましたし。

 単純に頭数が増えるなら、その分だけ使える手も多くなります」

「そうだねー。あ、二人がどんなこと出来るか確認していい?」

「妹よ、姉である私の話はまだ済んでいないぞ!」

「うんうん、後でね」


 荒ぶる姉を、妹が慣れた感じで受け流す。

 仲が良いんだなと、マヒロは少しだけ笑ってしまった。


「で、どうかな? 勿論、言える範囲で全然構わないから。

 ちなみに私は魔法使いね。一応は棒術も学んでるから、殴り合いも出来る感じで」

「俺は一応、斥候寄りの前衛ですね。

 《奇跡》が使えるので、回復も出来ます。

 あとはちょっとワケありで、個人レベルの《転移》はほぼ無制限に使えます」

「えっ、何それ凄くない?」

「……凄いんですか、由結さん」

「個人単位の《転移》でも普通に大魔法ですからね」


 魔法について、朱美は知識が薄いらしい。

 懐から取り出した飴玉を口に放り込みつつ、由結は難しい顔で応えた。

 出来れば追求したいと、視線からも伝わって来るが。


「ヨシ、次はそっちのステラ……さん? ちゃん?」

「どちらでも、好きな呼び方で大丈夫ですよ。

 私も剣以外は、魔法を少しばかり。

 血を媒介に行使する術式で、お役に立てれば良いのですが……」

「二人とも魔法も使えて前で戦えるのかー、凄い凄い!

 ウチは純前衛少ないし、前で戦える人が増えるのはありがたいね!」

「私とかモヤシですからね、ホント助かりますよ」


 何やら唸る朱美はスルーで、コロコロと笑う葵海。

 そういえば、明らかに後衛だろう由結はどんな技能を有しているのか。


「私は錬金術師アルケミストですね。

 魔法も多少使えますが、主に頭脳労働が役目のチームのお荷物です」

「こんなこと言ってるけど、魔法薬の調合資格を持ってるからねこの人。

 必要な《資源》があればだけど、その場で簡易な水薬ポーションとか作れちゃうの」

「あんなの調合表があれば誰だって出来ますよ」


 勿論、誰にでも出来る事ではない。

 そもそも、一部の薬品系の《遺物》は解析されたとはいえ非常に扱いの難しい代物だ。

 専用の設備が十分に揃った施設ならまだしも、現場で調合可能とか神業に近い。

 ある意味、魔法使いよりもよほど希少な技能だ。


「みんな多芸で良いよなぁ。

 オレは剣を振り回すぐらいしか能が無いから羨ましいぜ」

「私だって、別に多芸ではないぞ。嫌味か貴様」

「お姉ちゃんはそれ完全に被害妄想だからね?

 タンク役がいないと魔物が多い時とか大変だし」

「一人でタンクやってた人が、無理し過ぎてしばし戦線離脱ですからね。

 斎藤さんが来てくれてホントに助かってますよ。

 どうですか? このまま正式にウチに入りませんか?」

「ちょっと由結さん、そんな重要な話を勝手に進めないで下さいよ!」

「あー、ありがたい話だけど、流石にこの流れで決める事じゃないだろ。

 それより、先ずは目の前の仕事からどうにかしようぜ?」


 それは冗談ではなく、割と本気の勧誘だったはずだ。

 けれど斎藤は苦笑いで答えをはぐらかした。

 素直に受けても良かったのではと、マヒロは簡単に考えてしまったが。

 言い出した由結も、「それはそうですね」と強くこだわる事はしなかった。


「《迷宮王》のチームと共同で、海の下にある《扉》の封鎖を行うと。

 ぶっちゃけ言いますけど、これ私たち必要ですか?」

「それ言い出したらおしまいだよ由結さん!」

「向こうは《迷宮王》以外に、少なくとも《八鋼衆》の三位とかいるもんなぁ」

「……こちらだって、全く不要というわけでも無いだろう」


 朱美はやや不服そうに呟くが、内心では由結と同意見のようだ。

 しかし葵海の言う通り、それを言い出したら話が終わってしまう。


「海の中に入るなら、先ずは準備だな。

 向こうは万端だから、オレらの支度が終わったらあっちに合流だな」

「どうして斎藤が仕切ってるんだ」

「早いとこ話を進めないと日が傾いちまうだろ」


 夜間潜水とか嫌だぞ、という斎藤の言葉に誰も異論はなかった。


「ちなみに私泳げないんで、多分死にます。皆さんお世話になりました」

「あの、アリスさんが水中呼吸の《遺物》を余分に持ち込んでいるので。

 この人数でもギリギリ足りると思いますよ」

「さっすが《迷宮王》、そんな同じ《遺物》をいっぱい持ってるとかすごーい」

「もしもの時は、私の術式である程度は対処できますから」


 大丈夫ですよ、とステラは笑う。

 彼女の魔法がどれだけの事を出来るのか、マヒロもまだ詳しくは知らない。

 今回の仕事で、それを見る事も出来るだろう。

 自分の力は、このチームをどこまで助けられるか。

 不安はあれど、それ以上の高揚もある。

 ──大丈夫だ。自分のやれる事を、全力でやろう。

 普段と同じ事を、普段とは違う環境で行う事。

 アリスが言っていた通り、そこに学べることもあるはずだ。


「よーし、身支度しちゃうから男子二人は離れてねー。

 あ、ステラちゃんは二人が邪な事を考えないよう見張りをお願いします」

「あ、はい。分かりましたっ」

「信用度が低過ぎないか?」

「まぁ、臨時雇いだから仕方ないだろう」


 なんて馬鹿な話をしつつ、マヒロは斎藤とステラと一緒に近くの茂みに移動する。

 これからまた、新たな冒険が始まる。

 胸中でなかなか消えない不安以上に、今はそれが楽しみだった。

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