第99話:《グレイハウンズ》


 立派に鍛え上げられた大柄な身体に、全体的にやや暑苦しい雰囲気。

 見間違えるはずもない。マヒロにとっては数少ない顔見知りの冒険者、斎藤だ。

 彼も驚いた顔をしながら、頭をぽりぽり掻いて。


「……お前、こんな場所で女連れて水遊びか?」

「見た目はそうかもしれないけど、これでも仕事に来てるんだよ」

「いやいやホントかよ」

「そっちこそ、なんでこんな無人島に?」

「そりゃあ俺の方だって仕事だよ」


 遊びに来ているワケじゃないぞ、と。

 彼が主張する通り、身に帯びた装備は迷宮に入る時と変わらない完全武装。

 当たり前だが水着ではない。

 いや、アリスたちの水着は冒険者用で魔法的な防護が施された鎧に近いものだが。


「仕事と言ったか? 斎藤青年」

「うぉっ、でっか……いや、誰かと思ったら《迷宮王》かよ……!?」

「うむ、似合っているだろう? それで、仕事とは具体的に何か聞いて構わないかな」

「あー……そう、ですね」


 問いかけて来た水着美女がアリスと気付き、先ほど以上に驚愕する斎藤。

 つい口から出た本音を誤魔化すため、こほんと咳払い。

 マヒロからの視線が微妙に痛いのは気にしないフリをして。


「オレたちは《組合》からの依頼で、この辺りに開いた《扉》を封鎖しに来たんですよ」

「やはり同じ内容か……と、『オレたち』と言ったかね?」

「そりゃ、初期段階とはいえ外部ダンジョンに一人で来たりは……」

「……斎藤、誰と話をしてる?」


 新たな声は、斎藤が出てきたのと同じ茂みから聞こえてきた。

 木の枝が一度だけがさりと揺れて、後は無音で姿を見せる影が一人。

 日差しはそれなりに暑いのに、露出度完全ゼロの黒ずくめ。

 見える武装は腰に佩いた短めの刀と、ベルトに並べた複数の投げナイフ。

 顔も半分以上、灰色の猟犬が刺繍された覆面で隠れたいわゆるニンジャスタイル。

 声の感じからして、恐らく若い女性だろうか。


「様子を見て来いとだけ言ったはずだぞ。

 誰だか知らないけど、仕事の内容まで口にして……」

「ほう、まさか君は《グレイハウンズ》かね」

「《グレイハウンズ》?」


 警戒した眼で睨みながら、不機嫌そうに唸る女ニンジャ。

 彼女を見て、アリスはその名を口にした。

 くるいは首を傾げているが、《グレイハウンズ》の名はマヒロも知っていた。

 現在、主に迷宮深度『五』の辺りで活動している冒険者チームだ。

 最前線にはまだ及ばないが、実力の高さと勢いの強さで注目を集めている。

 マヒロが聞いた話では、確か四人組の若いチームとの事だが……。


「斎藤、まさか《グレイハウンズ》に入ったのか?」

「いや、違う違う。オレは助っ人というか、臨時雇いの肉壁だよ」

「臨時雇いはまだしも、肉壁って……」

「……この前の冒険で前衛の一人が負傷してしまい、その一時の穴埋めだ」


 覆面で表情は読みにくいが、女ニンジャは顔をしかめて唸っているようだ。


「私の事は知っているようだが、先ずは自分の素性を明かすのが礼儀ではないのか?」

「あぁ、失礼した。私はアリスという。

 《迷宮王》と名乗った方が分かりやすいかな?」

「……………………え」


 あっさりと言われた名前に、完全に絶句してしまった女ニンジャ。

 そうなると予想していた斎藤は、何でもない事のように肩を竦めてみせた。


「ちなみに冗談じゃなくマジだぞ、朱美あけみ

 ほらそっちの冴えない感じの奴。

 そいつが《組合》で今一番噂されてる男、《迷宮王》の彼氏だからな」

「噂云々はともかく、冴えない感じの奴は余計だ」


 遠慮のない斎藤の物言いに、マヒロは苦笑いで応える。

 女ニンジャ──朱美は未だにフリーズしたまま。

 無理からぬ事だろう。威嚇した相手が伝説の冒険者など普通は想定しない事態だ。


「そ、その、組合長……いえ、《迷宮王》……!

 私は、ええと、貴女に無礼を働くつもりは……!」

「気にしなくて構わんぞ。受けた依頼が他のチームとブッキングしている状態なんだ。

 君が警戒する気持ちは分かる」


 朱美の狼狽えっぷりは同情に値するものだった。

 そんな彼女を落ち着けようと、アリスはポンポンと肩を叩いた。

 瞬間、女ニンジャは一気に直立不動の体勢に変わる。

 見ていて面白いなと、マヒロもほんの少しだけ失礼な事を考えてしまった。


「……しっかし、オレら以外で仕事を請けたチームがいる、なんて聞いてないんだけどな」

「複数のチームで当たるのなら、普通は事前に説明されているはず。

 何も知らずに出会い頭に攻撃など仕掛けては、それこそ大惨事だからな」


 稀にだがそういう事故が起こるので、事前の確認は非常に大事だ。


「朱美くんと言ったかな? 君たちにこの仕事を依頼したのは誰か、教えて欲しいのだが」

「…………」

「言っても良いと思うぜ。アリスさんは《組合》のボスなんだ。

 今回の仕事、基本は《組合》からの直接依頼って形だろ」

「……確かに、斎藤の言う通りか。分かりました、お話します」


 斎藤の助言(?)に、朱美は観念したように大きく息を吐き出した。

 それから真剣な目でアリスの方を見る。


「今回の依頼は私たち《グレイハウンズ》に対し、《組合》が直接打診してきました。

 詳細な説明を行ってくれたのは、《五冠》である氷神副組合長代理でした」

「む、氷神の坊やが?」


 意外と言えば意外な名前が飛び出して、眉根にシワが寄る。

 氷神副組合長代理。それはつまり、本来の副組合長ではなく息子の氷神 京の方だ。

 生真面目な彼が、果たして依頼のブッキングなんて初歩的なミスを犯すだろうか。

 いや、彼がどれだけ優秀だと言っても人間なのだから手違いの一つぐらい起きるだろう。

 それ以前に、この仕事の出処は同じであるのか。

 《組合》と言っても内部は一枚岩ではなく、連携が完璧に取れているとは言い難い。

 同時期に似た依頼が出される可能性だってゼロではないのだ。

 正直、アリスも《組合》からの依頼という事で確認を怠った面もある。


「これではろくに中身も見ず、契約書にハンコを押してしまったのと大して変わらんな。

 いや、これは完全に私の方の落ち度だな。すまなかった」

「い、いえ、そんな事は……!」

「《五冠》から頼まれた仕事だって、こっちもちょっと舞い上がり過ぎたしな」


 余計な事は言わなくていい、とばかりに朱美に睨まれたが、斎藤は華麗にスルー。


「そういや、何でそっちは全員水着なんだ? あと地味に知らない顔が多いが……」

「ははは、どうか我々の事は気になさらず」


 訝しむ斎藤に、胡散臭い眼鏡が朗らかに応えた。

 何気ない疑問でしかなかったのに、今ので怪しさが爆発してしまった。

 ちらりと、マヒロの方を見ると。


「気にしないで欲しい」

「……オッケー、分かった気にしない」


 即座に返って来た言葉に、斎藤は素直に頷いた。

 目の前にある竜の尾を、そうと知りながら踏んづけるのは愚か者の所業だ。

 明らか過ぎる厄介事の気配に、それ以上突っ込む事はしなかった。


「で、水着なのは《扉》の所在が海の下っぽいからだよ。

 とりあえず全員、身体を海に慣らしてから潜って調査する予定」

「……可能性として考慮はしてたし、一応準備はしてきたけど。

 まさかマジで水の中とはなぁ……」

「水の中での活動は、私たちも浅い湖程度ならあるが……」


 準一線級の冒険者でも、やはり深い水での経験は乏しいようだ。

 人間は補助無しでは水中を自由には動けない。

 水場などの地形は、避けられるなら避けるものだから仕方のない話ではある。

 そんなやり取りを、特に興味なさげに聞いていたくるいだが。


「で、結局これからどうするの?

 ワタシたちとそっちの請けた依頼が被っちゃったみたいだけど」


 緩く首を傾げながら、改めてそう問いかけた。

 顔を見合わせる斎藤と朱美。


「……どうする?」

「どうするも何も、後から来たのはこちらなんだ。

 道理で考えるなら、身を引くべきは私たちの方だろう」

「道理っつーか、相手が《迷宮王》だと分かって腰が引けてるだけだろ」

「やかましい……!」


 遠慮なしにぶっちゃけてくる斎藤の脚を、朱美はつま先で思い切り蹴る。

 頑丈な戦士は平気な顔なので、ますます腹立たしい。

 さらに蹴ってやろうかと思ったが。


「まあまあ、待ちたまえ」


 やんわりと、笑顔の《迷宮王》がストップをかけた。


「今回の件、不手際があるとしたら《組合》の側と私の確認不足だ。

 なのに君らに依頼放棄をさせる、というのは何とも心苦しい。

 そこで提案だが、このまま我々と君たちの二チーム合同で引き受けないかね?」

「二チーム合同で……ですか?」

「そりゃあ、こっちは問題ない……ないよな?」

「そう、だな。一応、待機している残り二人には確認しなければだが……」


 あまりに予想外の言葉に、斎藤と朱美は困惑した様子だ。

 マヒロも意図は測りかねたが、とりあえず口を挟まずに見守る。

 うんうんと、アリスは機嫌良さげに頷いて。


「もとより人数制限のある仕事でもなし。

 仮に《組合》から文句が出た場合、そちらは私が責任を持って対処しよう。

 なにせこれでも、《組合》で一番エラい責任者だからな!」


 物凄いドヤ顔だった。確かに言ってる事には何一つ間違いはない。

 間違いはないのだが。


「まぁ半ば以上に職務放棄気味ですけど、責任者である事は間違いないですね……」

「《八鋼衆》のワタシが言う事じゃないけど、もうちょっと責任感持ったら?」

「突然背中から撃つのは大変どうかと思うぞ若人たち……!!」


 マヒロとくるいの正論に、情けない顔で呻くアリス。

 ちなみに流れ弾を受けたアレクトが、波打ち際で膝をついたりしていたが。

 そちらは責任者のステラがフォローに入ってくれたので置いておく。


「そりゃ《迷宮王》がそう言ってくれるのはありがたいが、ホントに良いんですか?

 ぶっちゃけ、こっちしかメリットが無いような……」

「うむ、そう思ってしまうだろう。

 なので代わりと言うのもおかしいが、君らに一つ頼みがある」

「頼みですか?」

「あぁ、難しい事ではない」


 訝しげな朱美にアリスは微笑みかけて、不意にマヒロの肩をぽんと叩いた。


「仕事を共にするに当たって、私の少年を君らのチームで一時預かって欲しい。

 ついでに、あちらのステラという少女もだ」

「アリスさん?」

「……私も、ですか?」


 それは誰にとっても予想していなかった話だ。

 驚くマヒロを見ながら、アリスは悪戯を仕掛けた子供のように笑う。


「何事も経験だし、これは良い機会だ。

 君の努力とその成果は素晴らしい、私も他の者も認めるところだ。

 その上で、君の実力は私やくるいと比べればまだまだ大きな差がある。

 それは君も自覚しているな?」

「……はい」

「上を見るのも大事だが、時には自分の近くを見るのも必要な事だ。

 彼らならば、今の少年とも実力はかなり近いだろう。

 そこからしか学べない事も確実にあるはずだ」


 内心の悩みを見透かされているようで、少しだけドキリとした。

 ──本当に、この人には敵わないな。

 苦笑いを返して、それからマヒロは斎藤たちを見た。

 アリスからの提案だけでなく、自分の意思で。


「俺からも頼むよ。この依頼の間だけ、仲間として行動させて欲しい」

「……だ、そうだが」

「……組合長の、《迷宮王》からの頼みなら是非もない。

 ただし、足手まといと判断したらその時点でチームからは外れて貰う。

 その条件で良ければ、受け入れよう」

「決まりだな。さて、ステラはどうする?」


 皇帝である少女も、先ほどまでは驚いた顔をしていたが。


「はい。私からも是非お願いします」

「良い返事をありがとう。

 ──あぁ、朱美くんの出した条件も問題ないとも。だが心したまえよ?」

「……と言うと?」


 聞き返す朱美に、アリスは悪い大人の顔をする。

 彼女のプライドが高い事を見越した上で、更に挑発めいた事を口にした。


「こちらの少年少女も、相応以上に修羅場をくぐって来ている。

 マヒロ少年の活躍については、君らも噂で耳にした事があるのではないか?

 逆に足手まといになってしまわぬよう、是非とも全力を尽くして欲しいね」

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