第50話:再会


 全ては予定通り、何一つ問題なく順調だった。

 謎の冒険者Z、唯人はその日もまた迷宮の探索をしていた。

 深度『四』のダンジョンに、集まったのは五人の冒険者たち。

 『中階層になれてない人をパワーレベリングします!』と告知を出したのがつい先日。

 彼らはそれに応募し、そして選ばれてしまった者たちだった。


「はぁ……! ホントに凄いですね、このポーション!」

「あぁ、信じられないぐらいに力が漲ってくる……!」


 水薬の空き瓶を放り捨てながら、二人の冒険者が感嘆の声を漏らした。

 ダンジョン探索を初めてから、全員で平均しても三本目。

 今回は十分な数を用意した上で、混ぜた霊血も濃くしてある。

 かなり『転生』が進行している冒険者たちを見て、唯人は満足げに頷いた。


「そいつを呑んで冒険を重ねれば、皆も俺みたいに凄い冒険者になれる。

 言った通りだったろう?」

「はい! 最初は正直、半信半疑ではありましたけど……」

「やっぱり冒険者Zさんは凄いな! こんなのどうやって用意してるんですか?」

「それは企業秘密──だけど、実際にポーションを作ってくれてるのは、こっちの彼女だ」


 口々に賞賛する冒険者たちに、唯人は撮影用のカメラを構えるオフィーリアを示した。

 話を振られて、不死エルフの姫は穏やかに微笑んだ。


「ポーションはまだまだ用意してありますから、もし足らなければ仰って下さいね」

「ありがとう御座います……!」

「凄い美人のエルフさんだなぁ、冒険者Zさんの恋人ですか?」

「まぁ……恋人だなんて、そんな……!」

「ハッハッハ、プライベートの詮索は無しで頼みますよ」


 恥じらうように頬を染めるオフィーリア。

 その様子に胸を高鳴らせながらも、唯人は営業スマイルで応じた。

 半ば『転生』が進行した冒険者たちは、自然とオフィーリアの周りに集まっていた。

 それは蜜を求めて花に群がる虫にも似ていた。


「オフィーリアさん、呑み切ってしまったので新しいポーションを下さい!」

「あ、オレにも下さい!」

「はい、慌てないで下さいね。ちゃんと数はありますから」


 肩から下げた魔法の鞄から、次々に新しい水薬の瓶が取り出される。

 このまま呑ませ続け、五人とも完全に『転生』を終わらせるか。

 それとも今日はある程度の量で済ませて、また後日に改めて『転生』を進めるか。

 既に何人かの冒険者は、『転生』をほぼ完了した状態にしてある。

 ここで一気に数を増やしておくべきかは、少々悩ましいところだった。


「タダヒト様? どうかなさいましたか?」

「あぁ、いや。少々考え事をしていました。すみません、オフィーリア」

「いいえ、悩み事でしたら遠慮なく仰って下さいね?」

「ええ、お心遣いに感謝します」


 穏やかに微笑むオフィーリアに、唯人は心の底からの笑顔で応えた。

 幸せだ。これほどの幸福に満たされた事は、今までの人生で一度もなかった。

 親兄弟も親友も、何もかもが色褪せた過去に変わった。


 ──あぁ、俺はこれから彼女と素晴らしい世界を作るんだ。

 誰もが自分と同じ幸せを享受する、そんな傷ひとつない理想郷。

 まだ遥か遠い未来だとしても、手を伸ばせばきっといつかは届くのだと。

 人ではない不死と成り果てた男は、何の疑いもなくそう信じていた。


「冒険者Zさん、そろそろ行きましょうよ!

 オレ、この力を試してみたくてウズウズしてるんですよ!」

「あぁ、今ならどんな魔物だって怖くないな!」

「ははは、そうだな。オフィーリアも、問題は無いですか?」

「ええ、私は平気ですよ。参りましょうか」


 薬物をキメたみたいにハイになっている冒険者たち。

 彼らを微笑ましげに眺めながら、オフィーリアは小さく頷いた。

 武器を手に取り、唯人たちは再びダンジョンの探索を──。


「やぁ、君たち! 少し構わないかな?」

「? はい?」


 迷宮の薄闇に、力強い女の声が良く響いた。

 訝しむ冒険者の一人が、通路の奥からやってくる金髪の女の姿を捉えた。

 金色に縁取られた黒い甲冑に、真っ赤に燃える刀身を持つ大剣。

 風もないのにたなびく外套など、思わず目を奪われるほど幻想的な出で立ち。

 冒険者たちの多くは、彼女が何者なのかは一目では分からなかった。

 唯人だけが、驚きの余り目を見開いていた。


「君たちの中に、『謎の冒険者Z』という配信者がいるはずだ。

 少し話をしたいのだが、宜しいかね?」

「な、なんだよアンタ。急に出てきて」

「そうだぞ、名乗りもしないでちょっと失礼じゃないか」

「……? タダヒト様、あの方は……?」

「…………」


 さっと壁になる形で、霊血に酔った冒険者たちが女の前に立つ。

 女──《迷宮王》アリスは、牙を見せるように美しく微笑んでみせた。


「私はアリス、《迷宮組合》の長を務めている者だ」

「……は? 《組合》の長って……」

「め、《迷宮王》? おいマジかよ、嘘だろ」

「何でこんなところに《迷宮王》が……い、いや、本物か? 嘘言ってんじゃないのか?」

「ふむ、身分証でも見せたら信じてくれるのかな? まぁそれは良い。

 先ほど言った通り、用があるのは君たちではないんだ」


 どよめく冒険者たちは無視して、視線は後方へ。

 立ち尽くしている謎の冒険者Z──唯人と、彼の傍らに立つオフィーリア。

 二人の容姿を確認し、アリスは鋭く目を細める。


「そちらの彼が、謎の冒険者Z……《組合》の登録名は睦亥 唯人。

 後、隣にいる彼女の名はオフィーリアで間違いないかな?」

「っ……何故、オフィーリアの名前を……!?」

「うむ、間違いはないようだな。これで人違いです、では骨折り損だからな」


 動揺する唯人を見ながら、安堵の息と共に頷く《迷宮王》。

 ──どうして、何故このタイミングで……!?

 少なくとも、まだそれほど目立つ行動は取っていなかったはず。

 何より、何故オフィーリアの名が《迷宮王》に知られてしまっているのか。

 分からない。唯人には分かりようもない話だが、確実に理解できる事は一つ。

 自分とオフィーリアの身が、窮地に立たされているという事。


「楽しいダンジョン探索中に済まないとは思っている。

 だが、今日の私は一冒険者でなく《組合》の長としてこの場に立っている。

 なぁに、ほんのちょっと話をするだけだ。別に手荒な真似をするつもりは──」

「逃げましょう、オフィーリア!」

「っ、は、はい!」


 アリスの『警告』を遮り、唯人はオフィーリアの手を取る。

 細い指をしっかりと握って、迷いなくまだ未探索な通路に向かって駆け出した。

 慌てたのは、アリスの前に立っていた他の冒険者たちだ。


「あっ、待って下さいよ冒険者Zさん!?」

「一体どうしたんですか! こんなの無視すれば」

「その女の足止めに、二人残れ!!」

「「ハイ、仰せのままに!!」」


 逃走する唯人が一声『命令』すると、五人の内の二人が即座に反応した。

 瞳から正気の光が失せ、腰に下げていた剣をそれぞれ抜き放つ。

 本来、冒険者同士の私闘はご法度だ。

 条件付きで交戦が許される場合もあるが、今回は当然そんな例外事項ではない。


「お、おい、お前ら何を……!?」

「他の三人はこっちだ! 急げ!!」

「「「ハイ! 仰せのままに!!」」」


 困惑した残る三人も、唯人が命じただけで一瞬で切り替わる。

 虫のように構える冒険者──元冒険者二人を見て、アリスは不快げに眉根を寄せた。


「邪魔立てするなら……と言っても、もう聞こえはせんか」

「オフィーリア様のために!」

「我らが英雄のために!!」


 問答無用とばかりに、刃を振りかざして襲いかかってくる元冒険者たち。

 こうなった以上、アリスの方に容赦をする理由はなかった。

 一閃。隙だらけの胴体を、纏めて横薙ぎに切り払う。

 辛うじて両断はまぬがれた程度の状態で、二人とも床に転がって血をぶち撒けた。

 考えるまでもなく即死だ。が、既に彼らは尋常な生命ではない。


「まったく悍ましいな、《永劫宮廷》め」

「オフィーリア様の……ために……」


 飛び散った血が、こぼれだした内臓が。

 まるで逆再生の早回しのように、切り裂かれた腹の中へ戻っていく。

 半端とはいえ、彼らは既に『転生者』。

 体内を巡る不死エルフの霊血は、致命傷ぐらいでは生命活動を停止しない。させない。


「さて、どれだけ切り刻めば動かなくなるやら」


 ゾンビめいた動きで起き上がる相手に、アリスは剣を構え直した。

 通路の向こうに僅かに視線を向けてみるが、既に目標の姿は見えなくなっていた。


「大丈夫ですか、タダヒト様……!」

「ええ、大丈夫です! 貴女は何も心配しなくて良い!!」


 走る、走る、走る。

 まだ探索していない通路を脇目も振らず走るなど、本来なら自殺行為だ。

 しかし遮る魔物は片手で打ち払い、罠は発動しても構わず突き進む。

 『転生者』である唯人なら、この程度は何の問題もない。

 やや遅れているが、三人の元冒険者たちもちゃんと付いてきていた。


「先ほどの人は、《迷宮組合》の長と名乗っていましたが……」

「ええ、《迷宮王》です。最強の冒険者とも言われてる人物です。

 まさか、こんなに早く俺たちの事がバレるなんて……」


 いつかは発覚すると分かっていた。だが、まさかこんなに早く知られるなんて。

 ダンジョン内を駆け抜けながら、唯人は思考を巡らせる。

 こうなった以上、水面下でゆっくりと『転生』を広めていくのは困難になった。

 幸い、手駒となる『転生者』は少ないながらも揃っている。

 彼らを上手く活用すれば、多少強引にでも『転生』を施す事は出来るだろう。

 今は兎に角、この窮地を切り抜けなければ。


「……! タダヒト様、前に誰かいます!」

「ッ……まさか、待ち伏せされていたのか……!?」


 オフィーリアの言葉に、唯人は驚きながらも剣を抜き放つ。

 合わせて、背後についていた三人の元冒険者たちが素早く二人の前に立った。

 通路の奥に立ちふさがっている影も、丁度三人分だ。


「ん。予定通り、こっちに来たね」

「ええ。上手く行ったようで何よりです」


 大鎚を担いだ黒髪長身の美女は、唯人は知らない相手だった。

 腰に一振りの剣を下げたエルフの女も初めて見る。

 けれど、もう一人。魔力に満ちた直剣を携える少年の事は、良く覚えていた。

 たった一度だけだが、以前に出会った事のある相手。


「夜賀 マヒロ……!」

「謎の冒険者Z……いや、睦亥 唯人さん、ですね。

 出来れば、大人しくして欲しい。貴方と一緒にいるその人は、危険な存在だ」


 油断なく剣の柄を握りながら、マヒロは唯人の傍らに立つオフィーリアを見た。

 美しい女性だった。最近のマヒロは、美人は見慣れた気になっていた。

 そんな彼でさえ、思わず目を奪われそうになる造形美。

 オフィーリアはあまりにも美しく、同時に危険な気配を纏っていた。

 手を出したが最後、二度とは這い上がれない無明の深淵。

 見た目の可憐さや儚さとは裏腹に、彼女が『強大な存在』だと一目で分かってしまった。


「抵抗するようならぶっ飛ばすしかないけど、どうする?」

「俺たちの邪魔をするなよ、定命モータルがっ!!」


 おざなりに発せられたくるいの警告に被せて、唯人は憤怒を叫んだ。

 同時に、元冒険者二人がタイミングを合わせて飛びかかってくる。

 マヒロは剣を構え、迎え撃とうとしたが。


「ウザい」


 一言。心底鬱陶しそうな言葉と共に、くるいが大鎚をフルスイングした。

 アリスさえ凌ぐ、巨人にも優る圧倒的な腕力。

 超高速で打ち込まれた鉄塊が直撃し、元冒険者二人は派手に床を転がった。

 殺す事に何の躊躇いもない一撃を見て、マヒロは絶句したが。


「オ、フィーリア様、の、ために」

「ハッハッハ、メチャクチャ痛いはずなのに、すげぇ気持ち良い……!」

「……嘘だろ」


 手足が折れ曲がり、頭蓋も半ば砕けて中身が露出している。

 そんな状態であるにも関わらず、地を這っていた元冒険者たちは即座に身を起こす。

 曲がった手足は元に戻り、割れた頭も見る間に傷が塞がっていく。

 魔法無しではあり得ないレベルの再生能力。

 言葉を失うマヒロの様子を目にし、唯人は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「お強い有名冒険者様を連れてりゃあ、元底辺相手なんて余裕だと思ったか?

 ザマァないな夜賀 マヒロ! 俺たちは素晴らしき『転生者』!

 普通の人間みたいに簡単に殺せると思うなよ! 俺たちは今や不死だ!」

「……パパが《永劫宮廷》がヤバいって言ってた理由、良く分かった。

 確かにコレは無茶苦茶ヤバいね」

「ええ、本当に」


 ほぼ完全に再生を果たした元冒険者を睨み、くるいとマヒロは唸るように言葉を交わす。

 致命傷を与えた程度では死なない。それはハッキリした。

 ならばこの元人間の怪物を仕留めるには、どうするのが最適か。

 再生の限界まで殺し続けるとなれば、かなり面倒だが……。


「お二人とも、ここは私にお任せ下さい」


 そう言いながら、後ろに控えていたアレクトが前に出た。

 腰に下げた剣の柄に指をかけ、何事かを小さく呟く。

 カチリと、涼やかに響く金属音。鞘からゆっくりと、片刃の剣が抜き放たれる。

 瞬間、アレクトの姿が消えた。

 マヒロは完全に見失っていたが、くるいは彼女が超高速で踏み込んだのが見えていた。

 反応出来ていない元冒険者二人の身体を、銀色の光がなぞる。


「あ──えっ?」

「な、にが……起こっ……?」


 両腕と両足、最後に首。

 二人ともに綺麗に切断され、床に力なく落ちる。

 流れる血に溺れる元冒険者たちの傷は、再生する事はなかった。


「……オイ、お前たち。何をしてる? その程度の傷、簡単に再生するはずだろ?」

「いいえ、彼らは二度と蘇りません」


 困惑する唯人に、アレクトは静かに告げる。

 唇の端からこぼれ落ちる血を、白い指先で拭いながら。


「我が刃は《不死殺しイモータルスレイヤー》。

 この呪われた剣に断たれたが最後、例え不死者でも死からは逃れられませぬ」

「そんなものが……っ!」

「……アレクト?」


 ぽつりと。狼狽する男の傍らで、不死エルフの姫はその名を口にする。

 呼ばれたエルフの剣士は、奥に炎を秘めた瞳で彼女を見た。

 呪いを帯びた剣を握り、ここまで追い求めてきた怨敵を。


「アレクト……まさか、貴女は本当に、アレクトなのですか?」

「ええ、そうです。アレクトです。

 久しぶりですね、オフィーリア。我が祖にして、呪われた不死の姫よ」


 溢れんばかりの愛を込めて、アレクトの名を繰り返すオフィーリア。

 対するアレクトは、愛と憎悪が綯い交ぜになった声で彼女の名を口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る