第47話:水面下にて蠢く
「はーいこんにちわー! 謎の冒険者Zでーす!
毎度ご視聴頂きありがとうございます!」
わざとらしいぐらいの営業スマイルで、唯人はカメラに向かって声を上げた。
スマホを構えるオフィーリアが手を振ったので、唯人も笑顔で手を振り返す。
営業スマイルがだらしなく崩れかけたが、撮影中だと思い出し何とか引き締めた。
こほん、と咳払いを一つして仕切り直す。
「えー、皆さん知っての通り、普段の俺はソロ専です!
やっぱり冒険者たる者は孤高と言うべきか。
何かそんな風な方が、なんとなくカッコいいじゃないですか。
あっ、ぼっちとか友達いないだけとか、そういうのは禁止で!!
人が傷つく事を軽々しく言っちゃいけないと思うんですよね俺は!
正論パンチ駄目、ゼッタイ!!」
戯けて言っているが、仮にそんな事をコメントされても唯人は気にしないだろう。
確かに友人らしい友人はいない。
だが、今の彼には最愛の恋人がいてくれるのだから。
「失礼、なんか盛大に脱線しましたね。
えーと、何の話でしたっけ?
あぁそうだそうだ、俺が普段はソロ専って話。
この謎の冒険者Zにかかれば、どんな危険な魔物も余裕なんですが……」
ちらりと、オフィーリアに視線で指示を出す。
エルフの姫君は可愛らしく頷くと、予め言われていた通りにスマホを動かす。
カメラのレンズは、唯人からその周りに焦点を合わせた。
画面に映し出されるのは、水晶に似た鉱物で作られた通路だ。
魔力が宿っているのか、全体が青白い光を放っている。
その通路のど真ん中に立ち、唯人は再び画面の中心を陣取る。
「はい、ここがどこだか分かりますか?
比較的最近、迷宮深度『四』で見つかったダンジョン《水晶寺院》です!
現在探索が進められているこのダンジョンに、今回はお邪魔させてもらいます!」
《水晶寺院》。その通称が示す通り、全体が水晶に似た鉱物で作られている。
各所に宗教的な雰囲気を持つ彫刻や文字などが見られるが、解読はまだ進んでいない。
罠は少ないが、魔物は多数徘徊している。
特に数が多く危険なのは、大小様々な姿で徘徊するクリスタルゴーレムだ。
守護者として配置されているのか、彼らは侵入者を発見すると容赦なく襲ってくる。
総じて、深度『四』としては比較的に危険度の高い中規模ダンジョンだ。
「いやぁ、ダンジョンアタックですよダンジョンアタック!
みんな好きですよね、俺も大好きです!
そしてダンジョンアタックするなら、やっぱり頼れる仲間が必要ですよね!」
テンション高めに言いながら、唯人は画面の外を指差す。
同時にカメラが移動し、三人の冒険者の姿を映した。
戦士らしい重装備の男に、斥候役と思しき軽装の男。最後は黒ローブを身に纏った人物。
画面に映ると同時に、三人はぴったりのタイミングで手を振った。
「多分視聴してる皆の中にも、知ってる人は多いんじゃないですかね?
こちらのお三方、俺と同じビーチューバーの『迷宮三羽烏』の皆さんです!」
「はーい、『迷宮三羽烏』でーす!」
「みんなの三バカでーす、よろしくお願いしまーす!」
「誰が三バカだよ誰が!」
お決まりの挨拶に合わせて、その場にいる全員が声を上げて笑った。
落ち着いたところで、唯人が一つ咳払い。
『三羽烏』の傍に立ち、彼ら全員と握手を交わす。
「今日はよろしくお願いします、『三羽烏』の皆さん。
早速ですけど、《水晶寺院》の探索は初めてではないんでしたっけ?」
「ええ、これで三度目ですね。
そもそもこの《水晶寺院》を最初に発見したのって、実はオレらなんですよね」
「えっ、マジですか!?」
「マジマジ。いやぁ、見つけた時は久々に興奮で泣きそうでしたねぇ」
しみじみと硬る戦士の男が、『迷宮三羽烏』のリーダー。
彼らは主に、未発見のダンジョンを探す過程を動画として配信するチームだ。
これまでにも何度か新たなダンジョンを発見しており、人気はかなり高い。
冒険者としての位置づけだけで言えば、恐らくは中の上になるかどうかだろう。
それでもほんの少し前の唯人からすれば、文字通り雲の上の存在だ。
「いやぁ、そんな『三羽烏』さんたちと一緒に冒険できるなんて光栄ですよ」
「何を言ってんですか、こっちも謎の冒険者Zさんの動画見ましたよ!」
「ベヒモス討伐した奴はヤバかったよな」
「スゲェよな、あんなデカブツをソロで倒し切るなんて。
あんなの、それこそ《迷宮王》とかでもないと無理でしょ」
社交辞令と言うには、三人とも熱の込もった言葉だった。
憧れだった人気配信者に、逆に羨望の眼差しを向けられている。
姫君への愛よりは劣る喜びだが、それでも唯人は満足げな笑みを浮かべていた。
「これ、あくまでオレの勘なんですけどね。
この《水晶寺院》、きっとまだまだ奥がありますよ」
「えっ、それホントですか?」
「あくまでリーダーの勘だから、そこはあんま期待しない方が良いかも」
「でも二度目の探索の時、お前もちょっと怪しいとか言ってただろ」
ダンジョンの奥に、更に別のダンジョンへの入り口が発見される。
それ自体は、別にそれほど珍しい事ではない。
『三羽烏』はそう知った上で、動画を盛り上げるためあえて仰々しく言ったのだ。
唯人もそれに乗っかる形で、見た目分かりやすくテンションを上げていく。
「いやぁ、今の話を聞いたら俄然ワクワクしてきましたねぇ!
ほら、早速奥を目指して行きましょう!」
「あっちょっと冒険者Zさん! そっちの通路は、まだ罠の確認が出来て……」
言い終わるより早く、ガタンっと音を立てて床が開いた。
丁度、唯人が無警戒に踏み込んだ位置だ。
「ぐえっ!!」
「冒険者Zさーん!?」
「早くロープ、ロープ! ひっぱり上げないと!」
場は壮絶となり、慌てて『三羽烏』たちは開いた落とし穴にロープを垂らす。
穴の底からは染み付いた血の臭いが微かに漂ってきて、思わず顔をしかめていた。
ロープをしっかり掴み、引き上げられた唯人だが。
「うわ、やばっ……」
「ちょっと、マジで大丈夫ですか!?」
「こ、このぐらいは全然平気っすよ……」
血まみれとしか言いようがない。
落とし穴の下には、鋭い剣山が隙間なく敷き詰められていた。
自由落下で叩きつけられた身体は、完全にズタボロの状態だった。
焦る『三羽烏』の前で、唯人は慎重に懐を探る。
気を抜けば、すぐにでも肉体の再生が始まってしまう。
負傷した状態を維持しながら、唯人は水薬の瓶を一本取り出した。
「いや、その怪我は安い水薬ぐらいじゃ……」
「ま、まぁ、見てて下さいよ」
『三羽烏』のリーダーに軽く笑いかけながら、唯人は瓶の中身を一気に飲み干す。
合わせて、肉体に掛けていたブレーキを解いた。
しゅうしゅうと、音を立てながら身体から湯気が立ち上る。
通常の水薬ならあり得ない勢いで、唯人が受けた傷があっという間に塞がっていく。
その光景に驚き、『三羽烏』たちは息を呑んだ。
「すごっ、回復の水薬ってこんな治るっけ?」
「いや、普通なら一定以上の重傷には効果ないはずだけど……」
「なんか変なモノ飲んでないですよね、コレ」
「ふー……あぁ、驚かせちゃってすみません。
ホントは秘密にしときたかったんですけど、思い切り見られちゃいましたしね」
既に傷一つなく、どころか流れ出た血の一滴すら見当たらない。
『新品』同然に綺麗な身体になった唯人は、あたかも『しくじった』ような顔をする。
「ここだけの話、コイツは俺が迷宮で見つけた特別なレシピなんですよ。
見た目は完全に普通の水薬と同じですけど……」
「なぁ、動画はまだ撮影してるんだろ? 良いのか?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。問題あれば後で編集しちゃいますから」
そう、何も問題はない。
あの位置に落とし穴がある事も、唯人は最初から分かっていた。
この『特別な水薬』を、自然に人前で使えるよう、全て予定された事だった。
何も知らない生贄の三人は、明らかに興味津々な様子だ。
彼らに見せるため、新たな水薬の瓶を一つ取り出す。
「流石に中身については、ちょっと企業秘密ですけどね。
一番安い回復の水薬と他の材料少々。
それだけで、こんな凄い水薬が調合出来ちゃうんですよ」
「マジだったら凄いけど……」
「効果は今、実際に見た通りですよ」
信じ難くはあるが、見たものは確かに現実だ。
戸惑う『三羽烏』たちの前で、唯人は更に追加で水薬を手に取る。
丁度人数分。差し出された瓶を受け取るのを、拒む者は一人もいなかった。
「ここだけの話、コイツの効果は回復だけじゃないんですよ。
怪我とかなくても、呑めばそれだけで凄いパワーが付くんです。
俺が強くなれた秘密も、実はこの水薬にあると言っても決して大袈裟じゃないですね」
「いやぁ、流石にそれは言い過ぎじゃあ……」
「ホントホント! 嘘だと思うなら、試しに一本呑んでみて下さいよっ」
勧められ、一瞬だが顔を見合わせる三人。
正直に言ってしまえば、彼らの中にも不信感はあった。
明らかに効果のおかしい水薬に、唯人の意図の分からない言動。
迷宮探索という非日常の中であっても、隠し切れない違和感。
ここで拒絶したなら、流石に唯人も無理強いはしなかっただろう。
今はまだ、あくまで自発的に呑んで貰わなければ意味がないからだ。
「……よし、オレから飲むわ!」
言うが早いか、水薬に口をつけたのは『三羽烏』のリーダーだった。
他の二人が何か言うより早く、一息に瓶の中身を飲み干す。
数秒ほどの間を置いて、リーダーはカッと目を見開いた。
「うおぉぉっ!! スゲェ、なんだこれ!?」
「だ、大丈夫なのかよリーダー!」
「大丈夫なんてもんじゃないよ、ホントにスゲェぞこれ!
身体の奥から凄い力が湧いてくるって言うか!」
「そんなに効果があるのか……」
あまりに激しいリアクションに、残り二人は困惑を強める。
だが、信頼するリーダーの言葉が彼らを後押しした。
「うわっ、本当に凄いじゃんコレ!」
「だから言っただろっ? いやぁ、今なら何でも出来そうだわ!」
「あーヤバい、ヤバいヤバい、マジでヤバい。
頭の中が沸騰しちゃってるよ」
オフィーリアの血が少量混ざっているだけの、回復の水薬。
本当に数滴程度だが、効果は実に劇的だった。
少しでも体内に入れば、不死エルフの霊血はそこから肉体を作り変える。
三人の体内も、まだ彼らが気づかない範囲で変化が起こっていた。
全体としては微々たるものだが、回数を重ねればいずれ完成に至る。
脆く儚い定命の身から、永遠を約束された完全な不死に。
「どうですか? 良ければまだありますよ?」
「い、良いのかい?」
「勿論! 一緒に冒険する仲間なんですから、遠慮は無しですよ」
更に追加で一本ずつ、唯人は哀れな犠牲者三人に霊血入りの水薬を渡す。
「手持ちは今はこれだけですが、もし欲しければダンジョン探索の後にでも」
「いやぁ、ありがとう冒険者Zさん!
まさかこんな素晴らしい物がこの世にあるなんて……!」
どんな薬物にも優る多幸感が、完全に彼らの脳髄を支配していた。
『三羽烏』の様子を観察しながら、唯人は笑う。
視線を向けた先には、喜びに満ちた微笑みを見せるオフィーリアの姿があった。
「上手く行ったようですね」
「ええ、まだ第一段階が完了した程度ではありますが」
先ずはこれで、『転生』を拡大するための足がかりは出来た。
売れている配信者である『三羽烏』の名と共に、水薬の効果を広めていく。
次は不慣れな新人辺りを引っ張り込み、一気に使用者の数を増やしても良いだろう。
慎重かつ大胆に、理想は遠く険しいけれど、確実に前へと進んでいた。
「もっと、頑張りましょうね。タダヒト様」
「ええ、オフィーリア。貴女がいてくれれば、不可能なんてありませんよ」
愛を囁き合い、主従は水晶の通路を共に歩んでいく。
前方では、溢れる力のままに魔物を蹂躙する『三羽烏』たちの姿があった。
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