第44話:呪いの剣


「ワタシの知らない間に、何だか面白いことになってるね?」

「拗ねるな拗ねるな」

「別に拗ねてなんかないですしー」


 わざとらしくツンとした態度を取るくるいに、アリスは苦笑いをこぼした。

 迷宮でアレクトを保護してから、次の日。

 結局、マヒロの実技試験は一時保留となり地上へ戻る事となった。

 深度『五』からほぼ休み無しで上ってきたアレクトは、本人が思う以上に疲弊していた。

 なので人探しをするにしても、とりあえず休ませた方が良いと判断した結果だ。

 ただ、そこで問題となったのは彼女をどこに連れていくかだった。


「マヒロもさ、どうせならすぐワタシにも連絡してくれたら良かったのに」

「いや、ホントにすいません。ちょっとドタバタしちゃってて……」

「まぁ勝手に《アンダー》の住人を、迷宮の外に連れ出したんだもんね」

「結構危ないことしてる自覚はしてます、ハイ」


 今いるのは、アリスの自宅内にある一室。

 以前に試験勉強をしたのと同じ部屋だ。

 テーブルを囲んで座っているのは、マヒロにアリス、それにくるい。

 そして少し離れたところに置かれた椅子に、もう一人。


「……まさか、一時の宿まで貸して頂けるなんて。

 本当に、感謝の言葉もありません」

「これバレたら、多分マヒロとかすっごく困るよね」

「分かってるんですが、選択の余地がなかったので……」

「ハッハッハ、最悪の場合は私が責任を取るから少年が気にする必要はないぞ?」


 呆れ顔でため息を吐くくるいに、アリスは堂々と胸を張って宣言する。

 《アンダー》の住人、特に亜人種は本来であれば簡単には地上へは出られない。

 地上の法的には、亜人と魔物は区別されていないからだ。

 『移住者』の多くが法に基づく根拠はなく、半ば黙認状態なのもそのせいだ。


 彼らは人間と変わらない知性を持ち、言葉による意思疎通もできる。

 しかし《アンダー》に生まれ、人間とは異なる姿や能力を持つ知的生物。

 果たして彼らと魔物はどう違う? 違うなら、人間と同じ扱いをするべきなのか?

 未だに法の議論に結論は出ず、曖昧な状態で今日まで来てしまった。

 なので、今のアレクトはこっそりと地上に連れ出された形だ。


「言ってくれたら、《百騎八鋼ウチ》で預かることも出来たよ?」

「私も、それは少し考えたのだがな。

 お前のところは、《汎人類帝国》とも確か取引があったはずだ」

「うん、《工房ファクトリー》で作った武器を向こうに卸してるね」

「アレクトは、半ば独断で国許を離れている身らしい。

 推測だが、《汎人類帝国》も探すために手を尽くしている可能性は十分ある」

「……はい。私を連れ戻すため、追っ手が動いている事も考えられます」

「もし《百騎八鋼》に預けたとして、《帝国》から引き渡しを要求されたら困るだろ?

 巌はお人好しだからな、変な庇い方をして話が拗れても面倒だ」

「パパはそういうとこあるもんねぇ……」


 納得したと、くるいは一つ頷いた。

 そんな話を聞きつつ、マヒロは軽くソファーに身を沈めた。

 向けた視線は、椅子に座っているアレクトを捉える。

 身につけているのはボロボロの衣服や防具ではなく、アリスから借りた質素な部屋着だ。

 薄いピンク色のワンピースは、可愛らしくてアレクトには良く似合っていた。


「マヒロ少年?」

「あっ、ハイなんでしょうか?」

「年長者からのアドバイスだが、女性をそうジロジロ見るものではないぞ」

「み、見てないとは言いませんけど、別にジロジロとは……!!」

「なに? マヒロは思春期のヤらしい感じなの?」

「くるいちゃんも誤解を招くようなこと言わないで……!」

「あの……すみません、私は別に気にしませんので、ええ……」

「いやホントにすみません、そんなつもりでは全然無かったので変な気遣いは……!」


 最早土下座でもしそうな勢いの青少年に、反応は三者三様だ。

 アリスは神妙な顔つきで大人ぶり、くるいは明らかにからかい半分な様子で。

 アレクトだけは真剣に申し訳無さそうにしているので、マヒロは額を床に擦りつけた。


「まぁ冗談は置くとして、エルフという時点で絶世の美形だからな。

 迷宮以外の状況でなら思わず目を引かれても仕方あるまい」

「そうだよねー。ワタシも一応知り合いにエルフいるけど、全員美形だもん。

 アレクトも凄い美人だよね」

「そ、そうでしょうか……?

 すみません、故郷ではありふれた顔だと思っていたので……」


 戸惑うアレクトの反応は、エルフにとっては一般的なリアクションだった。

 多少の差異はあれど、基本種族全体として美形揃い。

 なので人間にとって美しい顔立ちも、彼らにとってはありふれたものなのだ。

 もしアレクトがそこらの道を歩いていたら、十人が十人振り向くレベルのはずだが。


「俺は、アリスさんもくるいちゃんも同じぐらい綺麗だと思いますよ?」

「ハッハッハ、そういうところだぞ少年」

「マヒロね、割とナチュラルにこういうこと言うから、アレクトは気をつけてね?」

「? は、はい、分かりました」

「今そんなに悪いこと言いましたかね俺?」


 思った事を自然と口に出しただけなのに、扱いが突然アウェイになってしまった。

 這いつくばるマヒロは置いて、アリスは胸の前で腕を組む。


「確かオフィーリア、だったか。アレクトが探している相手の名前は。

 くるいは聞いた覚えはないか?」

「んー、知らない。

 アリスこそ、地上に出てるエルフなら《組合》で把握してないの?」

「しているとも。だが、その中にオフィーリアという名は無かった。

 まぁ偽名を使っていた場合は分からんが」


 『移住者』、もしくは《組合》の管理下で地上に出ている亜人種は全て洗い出した。

 だが、その中にアレクトが求めている名前は含まれていなかった。

 個人情報などの問題もあるため、資料を直接確認したのはアリスのみ。

 一応、事前に聞いた特徴に合致するエルフに関しては、顔写真ぐらいは用意できたが。


「この中に探し人はいない。間違いないか?」

「はい……ただ、魔法で姿形を変えてしまっている可能性はあるので……」

「うむ、そこまで考えたらもう何も信じられんわけだな。

 そも魔法で変化出来るのであれば、見た目上の種族がエルフですらないかもしれん」

「エルフってプライド高いし、他の種族に変身なんてしたりするかな?」

「私からは何とも言えんな。

 どれだけ馬鹿げた可能性でも、ゼロでない以上は『あり得ない』とは切り捨てられんさ」


 現時点では、有力な情報は見つからない。それが結論だった。

 思い詰めた表情のアレクトを、アリスはちらりと横目で観察した。

 いや、彼女が見たのはアレクトよりも、その傍らに置かれた剣の方だった。

 冒険者が武器の所持を認められているのは、《組合》支部を含めた限られた範囲のみ。

 本来なら、アレクトの剣も《組合》で一時預からねばならなかった。


「ねぇ、ちょっと気になってたんだけど」

「? 何でしょうか?」

「その剣、なに?」


 剛速球ストレート。くるいは不信感を隠しもせず、アレクトの剣を指さした。

 古びた鞘に収められた、飾り気のほとんどない一振りの直剣。

 微かに感じる魔力は、特別なものには思えなかった。

 少なくともマヒロの目には、《組合》でも良く見かける普通の魔剣にしか見えない。

 だがそれは、アレクトは一時でも手放す事を頑なに拒んだ代物だった。

 くるいの言葉に、アレクトは小さく喉を鳴らした。


「……父祖から代々受け継がれ、今代は私が継承した家伝の宝剣です。

 余計な迷惑をおかけしてしまった事、深くお詫び致します。

 ですが大事な一振りゆえ、僅かにでも手元から離しておくのは……」

「呪いが掛かってるよね、それ。むしろ持ってる方が危なくないの?」


 訝しむくるいの一言に、今度こそアレクトは凍りついてしまう。

 呪い。読んで字の如しだ。呪われた《遺物》というのは、実は大して珍しくない。

 単なる魔剣かと思って握ったら、たちの悪い呪いに取り憑かれてしまった。

 そういう『迂闊な冒険者』は、《組合》ではほぼ毎日のように出ている。

 一口に呪いと言っても、その効果や強度は千差万別。

 子供の悪戯レベルに、それこそ『死んだ方がマシ』ぐらいのものまで幅広い。

 勘の鋭いくるいが指摘する以上、アレクトの剣は相当な呪いを帯びているのだろう。


「……呪われている事は、百も承知です。

 なればこそ、危険であるため私の手元に置かねばならないのです」

「だから、鞘の方も特別性?」

「お若いでしょうに、良く見ていらっしゃる……。

 ええ、くるい殿の仰る通り。この鞘は、刃に宿る呪いを抑制するためのもの。

 簡単には抜けないよう、細工も施してあります」

「……そんなに、危ない代物なんですか?」

「扱いを誤ったが最後、簡単に生命を落としてしまう程度には」


 脅しではなく、それは単なる事実を表す言葉だった。

 たった一人だけで、大量の魔物を斬り殺しながら深層から上がってきたエルフの女。

 しかも得物は、人の生命を容易く奪うほどの呪いを帯びた魔剣一振り。

 改めて考えると、とんでもない厄ネタかもしれない。

 今更己の迂闊さを思ったマヒロだが、自分の決めた事に後悔はなかった。


「一体どういう呪いで、実際にはどんな来歴のある剣なのか。

 聞いても構わないかね? いや、それも『話せない事』の中に含まれているのか?」

「……申し訳ありません、アリス殿」

「まぁ仕方ない、我々の信頼度がまだ低いと考えるさ」

「いえ、決して信頼していないわけでは……!」

「だが一線は引いている。使命はあくまで自分が背負うもの。

 マヒロ少年からの協力の申し出は、『必要だ』と判断したから受け入れた。

 助けては貰いたいが、やり遂げるのは己の力でなければ意味がない。

 考えてるのは大体そんなところかな?」

「…………」

「良いさ、何も言わなくていい。

 私も、別にお前が我々を騙そうとか、何か悪事を考えてるとは思っていない。

 目の届かないところで問題を起こされては困る、という側面もある。

 思惑は異なれど、我々の利害は一致しているんだ。アレクト」


 沈黙し、僅かに目を伏せるアレクトに、アリスは軽く笑ってみせた。


「ま、一番大きな理由はマヒロ少年のためなんだがね。

 むしろそれ以外の要素はおまけ、と言い切っても良いぐらいだ」

「……ありがとう御座います、アリスさん」

「迷宮内で助けが必要な者がいるなら、可能な限りこれを助ける。

 冒険者の心構えとしては正しい。胸を張れよ、少年」

「そうだね。ワタシもマヒロのそういうところは、エラいと思うよ」

「あ、ありがとう」


 エラいエラいと、年上である少年の頭をぐりぐりと撫でるくるい。

 流石に気恥ずかしくて、マヒロは頬が熱くなるのを感じた。

 そんな様子を、アレクトは黙って見ていた。

 微笑ましそうな、けれど眩しいものを目にしたような。

 あるいは、もう遠くに過ぎ去ってしまった記憶を思い出しているような。

 エルフの表情に気付いていたのは、今のところアリスだけだった。


「さて、これからどうするかについてはまた話し合うとしてだ。

 アレクト、君はしばらくは私の保護下にいて貰う。

 が、私一人では目が届かない場合も考えられるからな。

 くるい、すまないがしばらくこちらに滞在できるか?」

「ん、良いよ。何日か泊まってくかもとは、パパには言ってあるし」

「それ、ちゃんと巌の返事は聞いたのか?」

「同じような事しか言わないし」

「重ね重ね、ご面倒をおかけしますが、宜しくお願い致します」

「俺の方からも……」

「おいおいマヒロ少年、何を他人事みたいに言ってるんだ?」

「……はい?」


 アレクトさんの事をお願いしますと、マヒロは言うつもりだった。

 しかしその言葉は、満面の笑みを浮かべたアリスの手で遮られてしまった。

 なんだか、とても嫌な予感がする。


「そもそも言い出しっぺは君なのだから、君にも果たすべき責任があるだろう」

「は、はい。それはもう、俺に出来ることなら何でも」

「今何でもすると言ったな? 良いぞ、実に良い返事だ。男はそうでなければな」

「……あの、アリスさん?」

「君もしばらく、この家で寝泊まりしたまえ。手数は多い方が良いからな」

「…………はい?」


 この家で寝泊まりする。誰が? 自分が? アリスたちがいる家で?

 一瞬全てが空白になってしまった少年に、女は優しく微笑む。


「まさか、男に二言はないだろう? マヒロ少年」


 当然、頷く以外の選択肢など最初から存在しなかった。

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