第24話:再遭遇


 迷宮は広大だ。深度に関わらず、日常的に未探索の領域が発見される程度には。

 そこを動き回る目標を見つけるというのは、実際のところ難しい。

 一定範囲を掃除する『駆除』より『討伐』が大変なのは、対象を探す必要があるからだ。

 今回の相手はオークの小集団。目撃地点は複数報告されている。

 だが、その周辺だけに限定しても十分に範囲は広い。

 最悪発見できなければ、依頼は後日に持ち越しの可能性もあったが。


「こんなあっさり出くわすとは、ラッキーだったな!」

『ガアアアァァっ!!』


 オークの一頭が放つ咆哮に、斎藤の振るう剣が激突する。

 魔法で鍛えられた刃が、分厚い筋肉の鎧をものともせずに切り裂いた。


「っし……!!」


 手応えは十二分。彼もまた、迷宮のより深い場所を目指して鍛錬と経験を積んできた。

 今や戦士としての実力は、オーク程度なら問題なく対処できる。

 しかし、オークもまたゴブリンよりも遥かに危険な魔物だ。


『ギィアアァアアアア!!』


 常人なら間違いなく致命傷だ。しかし、オークはまだ生きていた。

 苦痛に塗れた絶叫には、燃えるような憤怒と敵意に満ちている。

 血を流しながらも、瀕死のオークは手にした石槍をデタラメに振り回す。

 鋭く風を切る穂先は、まだ十分に人を殺傷する威力が込められていた。


「チッ、流石にしぶといな……!」

「撃て! 撃て! 頭は硬いから狙うなよ!」


 一旦距離を置く斎藤の後ろから、三人ほどが構えていた銃器で狙いを定める。

 大口径の拳銃から放たれた弾丸は、誤らずオークの胴体に突き刺さる。

 筋肉を裂き、骨を砕きながら内臓を貫く。まだ止まらない。

 首を刎ねるかと、斎藤が剣を強く握り締めた時。


「……先ずは、一つ」


 斎藤のように切り込みはせず、後方で様子を窺っていたマヒロが動いた。

 銃弾が命中し、オークが僅かに怯んで石槍が止まった瞬間。

 迷わず前へと踏み込み、手にした剣でオークの身体を刺し貫いていた。

 狙ったのは、先ほど斎藤が袈裟懸けに刻んだ傷。

 断裂した筋肉の隙間と、折れた骨の隙間を縫う形で剣の切っ先が心臓を潰す。


『ギッ……!?』

「っ……ヨシ」


 迷いなく狙えたのは、これまで死線を抜けてきた経験によるものか。

 一度だけオークの巨体が跳ねると、膝から崩れ落ちた。

 巻き込まれる前に剣を素早く抜き去り、視線は次の標的を定める。

 通路の向こうから、様子を伺っていたオークが更に二体。

 石槍と石斧を構えながら、耳障りな雄叫びを上げて威嚇してくる。


「俺が隙を作るから、タイミングを合わせて切り込んで欲しい!」

「そりゃ良いが、出来るのか?」

「やってみる!」


 こちらが上手くやれれば、後は斎藤がどうにかしてくれる。

 信頼を胸に、呼吸を整えて前を見る。

 吠えながら武器を振り上げ、向かってくる凶暴なオークたち。

 正直恐ろしさはあるが、自分だけで対処する必要はない。

 やるべき事は一つ、己のするべき事をするのみ。


「“雷よ、我が歩みを助けたまえ。《電光歩法ライトニング・ステップ》”」


 呪文を唱えると同時に、周囲の動きが停滞する。

 周りが遅くなったのではなく、マヒロの方が加速した結果だ。

 走る。《早足の靴》の助けもあり、今の速力は以前とは比較にならない。

 のろのろと武器を振り回すオークの間を、マヒロは飛び込むように駆け抜けた。

 体感では数秒後、魔法の効果が解けた。


『ギャアッ!?』

『グギッ!?』


 マヒロはただすぐ脇を掠めただけだが、二体のオークは驚きの悲鳴を上げる。

 《雷光歩法》は、瞬間的に術者を加速移動させる魔法だ。

 効果はそれだけではなく、移動と同時に一定範囲に強い雷撃を放出する。

 横からの雷をモロに受けた結果、オークたちは思わず動きを止めてしまったのだ。


「よし、このまま仕留めるぞ!!」

「撃て! 撃て!」


 痺れて麻痺しているオークの頭に、斎藤の剣が振り下ろされる。

 一度ではなく、二度三度と打ち付ける事で硬い頭蓋も力任せに叩き割る。

 もう片方には次々と銃弾が突き刺さり、オークは耐えきれずにその場に膝をついた。

 同時に、後方から別の戦士二人が駆け寄り、手にした槍でオークの胴を貫いた。


「……これで三つ」

「はははは、すげぇな夜賀! 何だよ今の魔法!

 いつの間に《ハズレガチャ》じゃなくなったんだ?」


 数を確かめ、少しだけ吐息を漏らすマヒロ。

 彼の肩を、斎藤は笑いながらバシバシと叩いてきた。


「っ、言ったろ? 努力したって。

 でも、まだまともに使えるのは指で数える程度だけど」

「十分だろ。そもそも、魔法使える奴が滅多にいねぇんだから」


 実際、マヒロが巌の手ほどきで新たに使えるようになった魔法は三つ。

 その全てが移動系で、攻撃性能があるのは今使った《雷光歩法》のみだった。

 どうやら、自分の魔法──《奇跡》は、移動に関するモノに適性があるらしい。

 確かなのはまだそれだけだが、暴発を繰り返した頃と比べたら随分と前進したはずだ。


 あるいは、魔女から貰った護符の効果もあるかもしれない。

 練習で使っていた時より、魔法の発動が楽になったようにも感じられる。

 巌の教えも含めて、マヒロは与えて貰ったものに強く感謝した。


「で、オークどもはこれで最後か?」

「一応、《組合》の報告じゃあ四か五ぐらいはいるって話だったよな」

「……近くに、それらしい気配はないと思う」


 周囲を警戒する冒険者たちの言葉に、マヒロは呟くように応える。

 今のところ、近くにはもう魔物の気配らしいものは感じない。

 恐れをなして逃げたのか、そもそもこの場にいなかったかは不明だが。


「探索を続けるしかないな。

 少なくとも、この辺りには確実にいないってハッキリするまではな」

「きっついなぁ。向こうから襲ってきてくれりゃ楽なんだが」

「討伐依頼なんてのは、逃げ回る魔物との追いかけっこが基本だからな。

 こればっかりは仕方ねェ」

「オーク相手にバラけるのも危険だな。面倒だが、固まっての探索になるな」


 既に半分以上を仕留めた。残るは多くても二体、問題なく片付けられる仕事だ。

 冒険者たちはそう考え、マヒロ自身も似た事を思っていた。

 問題ない。何も問題はなく、全て順調だ。

 けれど、本当にそうか? ここは迷宮、一秒後には何が起こるか分からない。

 やや弛緩した空気の中で、オークの残党を探すために動き出した──。


「……ッ?」


 瞬間、マヒロは背筋に冷たいものを感じ取った。

 視線を辺りに向けるが、何も無い。にも関わらず、嫌な予感が止まらないのだ。

 迷宮ではいつ、何が起こるか分からない。


「? どうした、夜賀。早く行こうぜ」


 足を止め、様子がおかしいマヒロに斎藤が声をかけた。

 声につられてそちらを向いた時──見た。見てしまった。

 通路の一部が、ぐにゃりと不自然に歪むのを。


「“此処から彼処へ! 《空渡りディメンジョン・ステップ》”!!」


 ほぼ反射的に、マヒロは新たな魔法を唱えていた。

 景色が一瞬だけ切り取られ、マヒロを含めた冒険者たち全員を浮遊感が包み込む。

 一秒以下の時間の後、全員の立ち位置が先ほどから十数メートルほど移動していた。


「な、何だ今の? 夜賀の魔法か?」

「おい、いきなりどうした!? つーか、お前大丈夫か!?」

「っ……何とか……」


 《空渡り》は、複数を対象に指定可能な短距離限定の瞬間移動だ。

 マヒロが使える中では一番の大魔法で、当然使った場合の肉体的反動も大きい。

 胸元にしまってある魔女の護符を、自然と握るように触れていた。

 苦しげに呼吸を乱すマヒロに、近くの斎藤が気遣おうとするが。


「それ、より……アレ……!!」

「……は?」


 指で示したのは、さっきまで全員が立っていた辺りの空間。

 オークの死体が転がっていた石造りの通路が、ごっそりと消えてなくなっていた。

 突然、迷宮を貫通するように現れた縦穴。

 理解できない現象に、目にした冒険者たちは例外なく絶句してしまう。

 そんな愚か者たちを嘲るように、『ソレ』はゆっくりと穴の底から姿を現した。


「……蛇……?」


 誰かが呟く。現れたものは、その単語通りの存在だった。

 蛇。白い鱗を持つ蛇。ただし、人間を軽々一呑みにできそうなサイズの蛇だ。

 左右に三つずつ並ぶ赤い瞳には、不可解な知性の光が宿っている。

 口から垂れた真っ赤な舌をちらりと揺らしながら、巨大な蛇はかま首をもたげる。

 誰も動けない。並の魔物とは到底思えない、明確に異常な存在が目の前にいるのに。

 誰も彼も、蛇の眼光に射すくめられてピクリとも動けない。

 声すら出せず、沈黙と静寂が迷宮の中を流れ──そして。


『──見つけた』


 三対の視線をマヒロに向け、蛇は聞き覚えのある悪夢に等しい声で呟いた。

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